拾われた元令嬢と拾った暗殺者 Ⅳ
「シェファーヌ様、というのはどなたの事でしょうか。よく存じませんが、私はメークに拾われた平民です。あなた方の思っている人ではないでしょう」
狼狽えてしまったが、すぐに幼い頃に教わった、令嬢の武器『鉄の仮面』を貼りつけて笑う。
「しかし! その美しさはシェファーヌ様と同じ物!」
魔導師は食い下がり、さっきまでの強気な調子はどこかに消え去っていた。
「いえ! それにそのペンダントはメルクス様がシェファーヌ様に贈られたと言われるものではありませんか」
「闇市でたまたま購入した物です。格安で売っていたので思わず買ってしまいまして」
「しかし、これで行方不明のシェファーヌ様本人であった場合、殺してしまっては大変なことになります。出来ましたらーー」
私は暗器を手に持ちちらつかせた。
「私は平民のファーです。人違いで連れて行かれ、不敬罪などで死にたくありませんし、お断りいたします」
魔導師は誰の命を受けてメークを殺そうとしているのか分からない。どこに連れて行かれるのかも分からない以上、ついて行きたくない。
その時、落ち葉を踏む音が聞こえ、メークが相手をしていたであろう魔導師がやって来た。
「死の執行者が死にました」
死の、執行者が、死んだ?
魔導師がどこか嬉しそうな色を滲ませた声で報告していた。私を追いかけていた二人の魔導師はホッと息をつき、私を見やる。
「保護者は死にました、令嬢である貴女にはこの世界は生きづらいでしょう」
メークが死ぬなんて、有り得ない。
「でも、先鋭の魔導師八人を一気に相手し、七人を道連れにするなど、とんでもない人でした」
メークが、死んだなんて。
「で、こちらはまだ片付いていなかったのですか。刑の番人も死にましたし、保護なんて生温いことはせずにここで始末してしまいましょう」
メークは、死なない。ありえない。
私は魔導師三人の不意をついてメーク手作りの家があった方へ駆けた。燃え盛る炎の中に魔導師の服、そしてメークの愛用していた暗器があった。
メークの服も、メークの、燃えている体も。
言葉にならない慟哭が喉から発せられる。私に追いついた三人の魔導師はそんな私を憐んだ目で見ていた。
「お可哀想に。でも、貴女の居るべき場所はここではないのでしょう?」
後から来た魔導師が猫なで声で言う。私がシェファーヌかもしれない、と言われたのだろう。
ふざけるな。
「さあ、居るべき場所へお戻りになる時間です。羽は、もう十分に伸ばされたのでは」
シュ、と暗器を投げつけて魔導師を黙らせた。
「ふざけるな。私の唯一の家族を奪っておきながら、何を!」
ふつふつと怒りが沸いてくる。メークが死んだのはなぜ。こんな、不意打ちで殺そうとしたのはなぜ。
「死して、償え!」
気付けば、三人の魔導師を殺していた。感情の赴くままに暗器を振り回し、投げていて。
夜の冷気に正気を戻して、左足に力が入らないのを思い出し、その場に座り込む。
私は遂に、人を殺めてしまった。
もう、後戻りはできない。血に濡れたこの私の手は、か弱い令嬢のものではない。
魔導師達はきっと、雇い主に言われて動いていただけ。個人的に恨みなんてない。きっと。それに、家族だって居るだろう。命まで奪わずとも良かったのだ。意識を失わせる程度で良かったのだ。
私は最後に殺めた魔導師の短剣を拾い上げる。闇の様に昏い眼が空をぼんやりと眺めている。手でまぶたを下ろし、短剣の鞘に描かれた家紋を見つめる。そして、他の魔導師も同じものを持っているのを確認した。
この魔導師達の雇い主は、この家紋を持つものなのだろう。
先程、怒りを向ける先を間違えてしまった。きっと、私はこの家紋を持つものにこの怒りをぶつけるべきなのだ。
ふ、と家のあった方を見やる。
メーク、ごめんなさい。すぐに動けなくて。あの時、すぐに反応してメークと連携していたらメークは死なずに済んだ?
がらがら、と音を立てて崩れる家をただ見つめ、火が完全に消えるまで立っていた。火が消え、メークの亡骸をその場に埋めて私は森の中へ歩いて行った。