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逃げられると、追いたくなる  作者: 蒼凰
1幕目 幼馴染と歪な愛
6/13

拾われた元令嬢と拾った暗殺者 I

意識が朦朧とする。足が、ふわふわと、地面についていない気がしてきた。歩くのをやめ、通りの人が少ない場所でしゃがむ。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん。腹でも壊したか?」


道路に蹲り、これからどうしようか考えていた時、声を掛けられた。


「……大丈夫です」


簡潔に答える。

人身販売をしている人かもしれない。私の持っている金目当ての人かもしれない。幼女をいたぶるのが好きな、とんでもない輩かもしれない。

情報は、あまり開示すべきでない。


「いや、その顔で大丈夫はないだろう。上手くローブで隠しているとは言っても上質すぎるぜ」


声をかけてきた人は私の前にしゃがみ、手を頬に当てた。


「ほーら、熱があるじゃねえか。怪しいやつじゃねえ、って言ったらちっと嘘になるけど、俺はあんたになんかしようなんて考えちゃあいねえよ」


地面からその人へ目を移し、瞳を覗き込んだ。

嘘偽りのない瞳だ。澄んでいて、まるで冬の日の湖の様な静けさ。


「このままここにいちゃあ死ぬか、おうちに逆戻りになるぜ。神の御子さん」


私をキンクス家の令嬢だと分かっていて、こうやって声を掛けてきている。おまけに、ご丁寧にも忠告まで。


「私は、どうすれば良いのでしょうか……」


頬に当てられた手に手を重ね、気持ち良い冷たさを逃すまいとする。その人は嫌そうな顔もせず、面白そうに笑った。


「とりあえず、風邪を治せ」


心細くなって手に力を込める。


「御指南頂きたいです」


「面白え」


手を引かずに、逆に私をくい、と持ち上げたその人は金色の瞳を揺らめかせて耳元で言った。


「家に連れてくわ。あんたの事。んで、介抱して生き残る術を教えてやる」


安心してしまったのか、体から力が抜け、寝てしまっていた。次に目を覚ました時には藁のようなもので作られた天井のみが目に入った。浮遊感はもう感じない。


「おお、よく寝ていたなあ。起きられるか?」


右には土を固めたような壁。左から声がし、目を向けると私を拾った男が火に肉をかざしていた。じゅうじゅうと美味しそうな音がする。

きゅるきゅるとお腹が鳴って空腹を感じる。


「はは、令嬢も腹が減ったらなるんだなあ」


失礼な。私だって人間だ。他の人と同じ体の作りをしている。お腹が鳴るのも当然だろう。


「ほーら、野生動物の肉なんて、食った事ねえだろ。ちゃんと臭みは取ってやったから、試してみろ」


恐る恐る近付いて串に刺さった肉を齧ると、なんとも言えない、香ばしい香りが鼻から抜けていった。


「ん、美味しい」


はふはふ、と急いで食べて、噎せてしまった。


「おいおい、急いで食わなくてもすでに死んでるんだから逃げねえよ」


呆れたように笑いながら水をグラスに注いでくれた。そして、自己紹介をしてくれた。


金の瞳に銅色の髪。異国の顔付き。女受けの良さそうな、整った顔立ち。

私を拾ってくれた人は『メーク』と名乗った。そして、本業が密偵、暗殺者であることも隠さずに私に言った。


「怖くなったか?」


私に肉の刺さった串を渡しながら、若干不安そうに言う。金属でできた串。木ではなく。


「いいえ、だって、私には害はなさそうですし、優しそうですもん」


私を殺そうとするなら、串は木のものにする。金属では、毒の反応が出てしまうから。この人は私を殺さない。


「分かんないぞ?」


「暗殺者は自分の職業をほいほい人に言いません」


ぺろり、と平らげてもう一本要求する。メークは二本同時に渡す。

……食いしん坊に見えるじゃないか。両手に串だと。


「じゃあ、約束しろ。俺以外の大人は信用すんじゃないぞ。あんたほどの可愛い子は拐われやすいからな。基礎的な事は教える。身の守り方とか、話し方とかな。でもな、いつまでも守れるわけじゃないから、俺に何かあったら一人で頑張って生きろよ」


メークは私の保護者になってくれるようだ。


「何かあったら、というのはどういう事?」


指についた、肉の旨味を舐めながら聴くと、メークは「そんなこと聞くな、阿呆」とおでこを小突いてきた。痛かった。


「だから、俺は暗殺者だぞ。つまり、暗殺する相手の暗殺者に殺される可能性があんだ。分かったか、温室」


分かったけれど、私は温室という名ではない。シェファーヌと呼ばれるよりかは幾分マシであるが、嫌だ。


「私の名前、下さい。温室は嫌です」


さらに肉を要求しようとしたら「食い過ぎだ」と手を叩かれた。じゃあ、野菜を、というと葉物の何かを渡された。匂いを嗅ぐと薬草に似た、健康に良さそうな感じだった。つまり、美味しくなさそう。


「じゃあ、ちんちくりん」


「却下です」


試しにそれを食んでみると、やっぱり苦かった。


「何が好きですか」


メークの好きなものをこれからの私の名前にしようーー


「金」


ダメだ。私はどうすれば良いんだ。


「ファー、はどうだ」


メークが提案してきた。ご飯を片付けながら、チラッと見てきた。


「シェファーヌからちょっととった。あと、俺は獣の毛皮の臭いが好きだからな。野性味溢れていて」


綺麗な白い歯を見せてニカっと笑っている。長髪を括っている枯れ草が落ち、メークの髪が広がる。


ーー色気ありすぎて失神しそうになったのは、内緒だ。


「じゃあ、私はファーです。メークがくれた、大切な名前。一生大事にします」


「重いぞ」


「私は平均より体重は軽いそうですが」


「そうじゃなくてだなあ」


優しく頭を撫でられた。ポカポカと心地良い暖かさに包まれる。


「まあ、良いや。ちびっこにはもう遅い時間だ。今起きたばっかしだが、寝ろ」


「でも」


「明日から、生き方を教えてやるから。今はぐっすり寝ろ」

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