本音
「エヴァル……!」
翌朝、メイドにがっちり脇を挟まれた姉さんが部屋にやってきた。
「姉さん」
ぎゅう、と力一杯に、でも僕からしたら柔い力で抱擁され、胸が弾む。嬉しいけれど、気になる点が一つ。
「髪、どうしたの」
金の髪。
他の貴族よりも艶やかで、光を放つ、絹の髪。
髪が貴族色に染まっていた。
「染まってしまっただけ。帰ったら元に戻すわ」
ふんわりと微笑む姉さんを見て思う。
ほら、貴族様は姉さんの気持ちなんて考えていない。自分が良ければ、の精神だ。
「何処へ帰るのですか。キンクス家ですか」
かつかつ、と靴が近付いてくる音とともに降ってきた声は吐き気がするほどに甘かった。優しい色をしていた。
「メルクス様、何を仰っているのですか。私は平民ですよ」
はっきりと拒絶の反応を示した姉さんだが、メルクス様は聞いていない。
「いいえ、貴女はキンクス家の令嬢、シェファーヌです。本日、キンクス家の方をこちらにお招きしておりますのでそこで判明するでしょう」
「きっと人違いです」
姉さんは体を硬らせ、僕の手をぎゅう、と握った。気のせいか、手から振動が伝わってくる。
姉さんは震えている。怖がっている。
僕が守らなくては。
そう思ってメルクス様に楯突こうと思った刹那、姉さんはふるふると震えながら言い放った。
「メルー。お願い。わたくしの願いを、邪魔しないで」
怒りの震え。
凛とした、聞くものを従わせる力のある声だった。絶対服従の力を、その声は持っていた。
「何故。何故貴女はこのタイミングでその名で呼ぶのですか」
愛に溺れた、僕と同じ目。
姉さんの目はメルクス様だけに向いていた。青白い炎が目の奥で爆ぜる。
「私は、メルクス様だけは信じていました。前日にあんな事を言ったのにキンクス家に言わなかったから。でも、それは間違っていたのですね」
メルクス様は愕然とした顔で姉さんを見た。姉さんは続ける。僕の手を離し、いつも首からかけているペンダントを握りしめ、メルクス様に致命傷を与える。
「貴方は、ただ私の言葉を本気だと受け止めていなかっただけでした。あの日、家出をしてお金になるそうな装飾品を持って行った時、このペンダント以外は売り、これだけはいつも持ち歩いていました。一番お金になるのに」
ぼろぼろの布切れで、毎晩磨いていたペンダント。それを磨く時、愛おしそうな表情をしていた。悲しそうな表情をしていた。
「メルクス様。私は、あの当時、確かに貴方をお慕いしておりました。私は、幸せになってほしいと毎晩願っておりました。あの時、曇りない瞳で『シェファーヌの望みは何でも叶える。言う事に疑いは持たないよ』と言ってくれた貴方だから」
姉さんは目から涙を流し、嗤った。
「変わってしまったのですね」
「シェファーヌ」
「私は、名もない平民です。家もない、平民です」
「シェファーヌではありません」
姉さんはメイド二人を回し蹴りで昏睡させ、メルクス様に近付く。
「さようなら、私の、初恋」
手際良く鼻にハンカチを近付ける姉さん。
目を閉じる寸前、メルクス様は呟いた。
「愛している、シェファーヌ」
姉さんは目を閉じたメルクス様を床に下ろして唇に一つ、キスをした。
「私は、どうすれば良かったのでしょうか」
僕は、どうすることも出来なかった。
「さあ、逃げましょう」
目を赤くした姉さんに、頷きかけることしか出来なかった。