露呈する想い
「シェファーヌ。これはどういうことなのですか」
再び目を覚ました時、私は違う部屋で寝かされていた。
「シェファーヌとは一体どなたのことでしょうか」
「この期に及んでしらばっくれるのですね」
メルクスは無表情で手鏡を向けてきた。そこに映るは、金の髪の、私。
「どうして」
綺麗に梳かれ、良い香りのする髪を思い切り掴む。貴族の証である、ほとんどの人が羨む色を、手の中で握り潰した。
「どうして、気付いたのですか」
ああ、これは夢だ、メルクスにバレるはずなんてない、第一寝ている間に湯あみなぞ、不可能だーー
そこで気付く。
幼き頃、メルクスにプレゼントされ、家出の際に持っていったもので唯一売らなかったペンダントが首にかかっていないことに。
「ペンダント」
メルクスが特注で私のために作らせたものだ。世界に一品のペンダント。
それがメルクスの手にあるのを見て確信する。が、無駄な足掻きをしてみる。
「市場で出されていたのです。それで購入しまして」
「持ち主が変わったら僕に分かる様に魔法をかけておいたから」
無駄な足掻きで終わった。
綺麗な瞳が私を捉えて離さない。真実を話すまでは目を逸らしてくれなさそうだ。
「貴族に嫌気がさして、逃げました」
観念して正直な気持ちを話す。
「それは、皇太子殿下に召されてしまいそうになったからですか?」
メルクスはさらさらとした髪で目を隠し、問う。
「それが決定打ではありますが、原因は他にもあります」
体力が削がれていた様で話終わると激しく咳き込んでしまった。手で口を押さえ、ねちょりとした感覚を手に感じ、ゆっくりと手を開けば血が広がっていた。つう、と肘まで流れ、真っ白な寝巻きとシーツに赤い花を咲かせた。
メルクスが背中をさすってきた。やんわりと体を離し、微笑む。
「幼き頃であれば良かったですが、現在メルクス様は婚約者がおられる身です。他の女と触れ合ってあては不謹慎だと、叩かれかねません。噂は広がりやすいですし。メルクス様ほどの方であれば妬まれることも少なくないでしょう?」
最後の方は喘ぎながら、言葉を振り絞る様な感じになってしまった。
「ええ。僕には婚約者がいますが、ある条件付きの婚約です。そして、現在婚約破棄の条件を満たしています。先程先方には破棄の旨をお伝えし了承されました」
「何を仰っているのですか、仲睦まじい、政略結婚ではなく愛のある結婚だ、喜ばしいと言われていたのに」
「彼女の事は好きでしたよ」
「なら何故婚約破棄などを」
「愛してはいませんでしたから」
条件付きで婚約をした、男爵家の令嬢レナ。
外見は小動物の様でいて、中身は猛獣。シェファーヌの事を神の様に崇め、シェファーヌが幸せになる事を望んでいる、いわばシェファーヌ教の信者。盲目的に慕い、ひっそりとシェファーヌが危機の時に助けに入っていた記憶がある。
シェファーヌが消えて。
皇太子が荒ぶり、多くの臣下がその犠牲となった翌年。
皇太子がシェファーヌを召す、という知らせが入る迄はシェファーヌはメルクスと婚約する予定だった。それが不可能になったが家を存続させる事が必須とされる貴族であるが故、嫌でも誰かとは婚約しなくてはならない。そこで白羽の矢が立ったのがレナ嬢であった。
『一つ、約束していただきたいのですが』
初めて婚約者として対面した際、レナ嬢は冷たい声で言った。
『なんでしょうか。飲める条件であれば、いたしましょう』
『シェファーヌ様のことです』
そう前置きをして饒舌に語った。どれだけシェファーヌが人と垣根を作り、親しもうとしないか。皇太子と一度謁見した事があったシェファーヌがそのあとどれだけ苦痛に歪んだ顔をしていたか。
シェファーヌが唯一、心から安心して笑っていた人物が、シェファーヌの両親でもなく兄弟でもなく、
僕であったか。
『シェファーヌと仲が良かったのが僕であった、という事はわかりました。何をして欲しいのですか』
『もし、シェファーヌ様が戻られた際には婚約を破棄し、シェファーヌ様と婚約して下さい。皇太子に気付かれるより早く』
レナ嬢との約束は履行されることなどないと思っていたが。
目の前で僕の動向を不審そうに見ているシェファーヌを見て思う。
レナ嬢と約束をしていなくても。
ただ一人、心が狂うほどに恋い焦がれた人が鳥籠に戻ってきたというのに手放すはずがない。
婚約破棄をしていただろう。
シェファーヌ。
どうやら僕はもう狂ってしまっているのかもしれない。貴女が持っていた高い魔力を『弟』なるものに分け与え、死にそうになっていたのを見て『弟』を殺してやろうか、殺したらシェファーヌは心の傷を埋める為に僕を頼ってくれるのかな、なんて考えてはいけない事を考えてしまっていた。
だから、僕の前に姿を現してしまった以上は、姿を消すなんて事はしないで。