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8 理由

 森の木々の切れ間から見える空は、どんよりと曇っているけれど、真っ昼間のようだ。

 私は、あれから起こった出来事をニューバルから聞いていた。母国語が懐かしく耳に馴染む。


「お前が追放された後、キャステリットは西支部の竜騎士に引き取られた」

 ニューバルは説明した。

「しかし、キャステリットは異常なほどおとなしくてな。騎士を背中に乗せて歩いたり走ったりはするんだが、飛ばないんだ」


「…………」

 私は唇をかみしめる。

(飛ぶことがあんなに好きだったのに。キャシー……)


「まあ、それでもそれなりに任務をこなすことはできるから、西支部で働いていた。ところが、今年の初めにエミルトゥールが老衰で死んでな」

 ニューバルは眉根を寄せる。

「そのとたん、西支部のキャステリットが“名乗り”を上げた」

 竜同士は、遠くにいてもある程度は心が通じ合う。エミルトゥールが死んだ瞬間、竜たちはすぐに気づいたはずだ。

 そして、次の“王”にならんとする竜たちは名乗りの雄叫びを上げる。


「キャステリット以外にももう一頭、竜が“名乗り”を上げ、王都近くの平原で戦った」

「キャシーが勝った?」

「そうだ」


 キャシーが新しい“王”、女王になったのだ。

“王”になった竜には、団長が乗ることになっている。団を統率するためだ。もちろん、元々の“王”の乗り手が団長に昇格することもあるけれど、時と場合による。

 とにかく、“王”と団長が相棒になることだけは決まっていた。

 前団長はその機会に引退し、ニューバルに後を託したのだろう。


 ニューバルは厳しい表情のまま続けた。

「しかしそれ以降、キャステリットは騎士の言うことを聞かなくなった。新しい相棒になった俺が言い聞かせても、気まぐれな動きを繰り返す」

「ニューバルの言うことも聞かないなんて」

 私は思わずつぶやいた。


 ニューバルは竜を大事に扱うし、竜に自分を信用してもらう努力をする人だ。というか、そういう人が団長に相応しいとされ、選ばれる。

 私はキャシーとは最初から通じるものがあって仲良くなったけど、他の竜たちには完全に舐められていた。たぶん、単なる世話係くらいに思われている。

 でもニューバルは、竜たちに『認められて』いる竜騎士のはずなのに。


(そもそも、私が追放されて以降、様子が変わってしまったんだから、やっぱり私の件がショックだったんだろうな……)

 早くキャシーに会いたい。私は大丈夫だと教えたい。


「しかしお前……」

 ニューバル団長は声を低めて、私にささやく。

「いったい、どう過ごしていたんだ。俺はてっきり、お前が生きていたとしても、魔物の跋扈する世界で食べるのもやっと、みたいな……つまり、痩せたり怪我をしたりして見るも無惨な姿になっているのを想像してた。でも、まるでまっとうな暮らしをしていたように見える。その格好も」

 彼は、イトさんに買ってもらったチュニックにジーンズ、スニーカーという格好の私をじろじろと観察する。

「変わった服装だが生地も仕立てもいいし、健康そうだし。むしろ太っ」

「おかげさまで平和な世界に落ちて、まっとうな暮らしをしてました」

 失礼な発言を遮り、私は言う。


 私とニューバルは、短い間だけれど恋人として付き合っていたことがあった。成り行きから始まった関係だった上に喧嘩ばかりだったので、さっさと別れてしまったけれど、そのせいか彼は私に遠慮がない。


 ニューバルは、軽くため息をつく。

「それならまあ、よかった。神は、お前を救いたもうたんだな」

「……もしかして、ニューバルは私を信じてるの?」

「半々といったところだな。お前がイズナス様を慕っていたのは知っていたし。ただ、俺はお前の何もかもを知っているわけじゃない。絶対にやりそうにない奴がやる、って例なんかいくらでもある」

 彼は正直だ。私は思わず苦笑した。

「半分でも疑ってくれたなら、ちょっとは嬉しいよ」


「お前、俺と結婚しときゃ良かったんだ。こうして団長に出世したわけだしさ。惜しいことしたな?」

 冗談に紛らせているが、ニューバルは思ってくれているのだろう。私がイズナス様に懸想しないようにしたかった、そうすれば罪人になどならずに済んだ、と。

 以前のように、私はやり返す。

「よく言う、二股かけてたくせに」

「違っ、あれは前の彼女と切れてなかっただけで!」

「はいはい」

 私はさらっと流して、そして、つい聞いてしまった。

「……ルード、どうしてる?」


 ニューバルは口をつぐみ、瞬きをした。でも、すぐに教えてくれる。

「魔法神官を続けてる。自分にできる償いはこれしかないから、と言って。階級も、一度は下がったけど今は元に戻った」


(償い、ね。妻を止められなかった責任を感じてるわけだ?)

 そう思ったとたん、胸が痛んだ。

 胸が痛むのは、まだ心のどこかでルードを信じているせいだ。あんな目に遭わされてもなお、そんな気持ちが残っているなんて。

 さすがに呆れて、私は自嘲の笑みを漏らした。

「あの人、私をちっとも信じなかった」

 すると、ニューバルはしばらく黙り込んでから、言った。

「……愛憎が絡むと、冷静でいられないこともある。ルードは、お前を……すごく愛していたから」


(だから、私とイズナス様が通じていると思ってカッとなった? 私の言い分も聞いてないくせに……!)

 私は口をつぐみ、それ以降はただ黙って足を運んだ。

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