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5 冤罪

 それから先は、悪夢のようだった。

 私、アディリル・スフォートは、キャシーを操って国王アスキス六世陛下に光弾を打ち込み、陛下がひるんだところを隠し持っていた短剣で刺し殺した、らしい。そう言われた。

 イズナス様が駆けつけたときには、陛下の胸に短剣が突き立っていて、私はキャシーで逃亡を図ろうとした、らしい。そう言われた。

 

 私は厳しい尋問に晒された。

「短剣なんて知りません! 陛下がイズナス様に剣を振り上げていたから、イズナス様をお守りしようとして!」

「竜に陛下を攻撃させるとは、何という罪深いことを」

「でもっ、陛下は気を失っただけで、ちゃんと息がありました!」

「当たり前だ、神々の伝令である竜が、神の一族である陛下のお身体に傷をつけるわけがない。竜が攻撃を逸らしたのだろう。それなのにお前がとどめを」

「やっていません!」

「では誰が刺したというのだ」

「あの場にいらしたイズナス様がご存じのはずです!」

「そのイズナス様が、お前がやったとおっしゃっているのだ。まさかイズナス様が嘘をついているとでも言うのか?」


 そんなはずはない。あのイズナス様が嘘をつくなんて、あるはずがないのだ。

 でも。

『私のためにしたのだな』とおっしゃったのに、『竜のところへ行け』と私をその場から離れさせた。直後、突然イズナス様は私を『大罪人』と糾弾した。

 短剣だって、王族は身体検査するのも恐れ多くて簡単にしかされないから、隠し持てるかもしれない。

 どうしても「イズナス様が私に罪を着せたのでは」という方へ考えが行ってしまって、私は必死で他の可能性を探す。

(そんなはずない。そんなはずないんだから)


 数日間、ろくに食べ物や水を与えられないまま閉じこめられ、尋問された。

 追及されるうちに、もしかして本当に私がやったんじゃないかと思いこみそうになる。イズナス様と私、どちらかがやったというなら、イズナス様であるはずがないのだから……

(でも、違う。私はやってない!)


 ルードや竜騎士仲間がきっと心配している、私を助けるために動いてくれているかもしれない。

 わずかな希望を持ってはいたけれど、外の情報は何も入ってこず、誰とも面会は許されなかった。キャシーがどうしているのかも、教えてもらえない。


「お前、イズナス様の推薦で聖女騎士になったそうだな」

「庶民上がりの分際で、イズナス様に懸想したか?」

「イズナス様を国王に押し上げて恩を売って、自分は愛妾に収まろうとしたんだろう!」

 事実と違うことが、勝手に積み重ねられていく。


(まさかルード、こんな話、信じてないよね……)

 どうしようもできず、朦朧としながら、私は「自分がやりました」と言わないようにするだけで精一杯だった。



 そして、私への刑が決まった。

 異界への追放だ。

 死刑のないこの国では、異界への追放が一番、刑が重い。魔物などの異形の者が現れる遺跡を通じて、異界へと落とすのだから、実質、死刑のようなものだ。運が良ければ追放先で生き延びられるかもしれないけれど、武器すら持たされないのだから、可能性はゼロに等しい。

  

 刑場でもある荒野の古代遺跡に、私は連行された。

 弱っていた私は、それでも駄目で元々と、官吏に訴える。

「追放の前に、夫にひと目、会わせてもらえませんか」

「お前の夫なら、あそこにいるぞ」

 笑い混じりに言われて、反射的に顔をそちらに向ける。


 遺跡の脇に、ルードが立っていた。

「アディリル」

「ルード」

 私は目を見張った。ルードの白いローブに縫いつけられた階級章は、二段階下がったものになっている。妻の私の一件で、降格処分になったのだろう。


 けれど、私が目にしたのは、それだけではなかった。


「ルード……? 何で、あなたが、それ」

 彼は、大きな焼きごてを手にしていたのだ。


 ゆっくりとした動作でそれを持ち上げながら、ルードは顔をゆがめ、口を開いた。

「罪人の烙印を君に押す役割を、代わってもらったんだ。これくらいさせてもらわなくては、夫の僕も気が済まない」


 私は愕然とした。

(まさかルード……私とイズナス様が姦通していたという話を、信じている!?)


「待って。私、あなたを裏切ったりしてない。それに陛下のことも本当に……ねぇ、ルード!」

 再び連行されながら、悲鳴混じりに叫んだけれど、返事はなかった。


 地面に引き倒された私に、とうとうと罪状が述べられた。

 真っ赤な焼きごてを手にしたルードが、近づいてきて――



 ――私は起き上がる。

 網戸越しに庭を見ると、小さな光がすうっと動いていた。夏の虫だそうだ。

 飛んでいく小さな緑色の光は、ルードの爪先の光を思い出させた。


(ルード。私たち、仲良く暮らしていたよね? それなのに本当に……本当に、あんな嘘を信じたの?)

 私は右手を寝間着の胸元に手を差し入れると、そのまま左の肩の後ろに伸ばした。

 焼き付けられた、罪人の烙印が、指先に触れる。

 どんなに信じられなくても、自分をごまかそうとしても、ルードの手でこの烙印を焼きつけられたという事実は消えない。

 あの時の熱さと痛みを思い出して、歯を食いしばった。涙がにじむ。


 神殿は、この烙印を通じて、罪人の生死を把握しているのだという。神殿の鏡にこの烙印が映っている間は、罪人は生きていて、映らなくなれば罪人の肉体は滅びたことになる――そんなふうに。

 もし生き延びて何らかの方法でサーデットに戻ってきたら、魔法神官たちにはわかるのだそうだ。そんな例は未だかつてないけれど、もしそうなったら、もう一度捕らえて追放する。


(バカな男。何が『僕が一番、付き合いは長い』よ。長くたって何もわかってないじゃないか!)

 ルードが私を信じなかったと、受け入れるしかないのだ。

 そう悟った私は、心の中で叫ぶ。

(悔しい。憎い。もし次に会うことがあったら、同じ目に遭わせてやる!)

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