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3 結婚

 やがて、新しい幼竜が生まれ、魔法神官数人が近々、騎士探しの旅に出ると聞いた。


 ある夜、私はこっそりキャシーを連れ出して森に隠し、久しぶりに神殿の外でルードを捕まえた。

「アディリル、どうした? 久しぶりに泣き言か?」

「違うよっ。ちょっと来て」

 私はルードを森に連れて行くと、先にキャシーに乗ってから、無理矢理ルードを引っ張り上げた。

「おい、アディ……」

「私にしっかり掴まって。飛ぶよ!」

 キャシーが私の意志を汲んで助走を始め、やがて力強く地面を蹴った。


 新月の暗い夜を、キャシーは私とルードを乗せて飛んでいく。

 ルードは私の腰に手を回して掴まっていた。自分から掴まれと言ったんだけど、思いの外ルードの身体が大きくて私を包み込むようで、ちょっとドキドキした。


 やがて、山の中腹、王都を見下ろす場所に、私はキャシーを降ろした。

「どう、竜に乗って飛ぶ気分は?」

 ルードを下ろし、私も降りてから、私は得意げに言う。

「魔法神官は、魔法陣から魔法陣まで移動することはできても、空は飛べないもんね?」


「うん……すごかった。アディリルが飛ぶことが大好きだって言う理由は、よくわかったよ」

 まるで降参したかのように、ルードは両手を上げる。

 私は笑った。

「今度、また竜騎士探しに行くんでしょ? もし私の両親に会ったら、今日の素敵な体験を話してあげてよ。娘さんは立派にやってます、って」

「その話をしたくて、僕を乗せたのか?」

「そうだよ? もちろん」

 当たり前のように私がうなずくと、ルードは「そうか」と苦笑する。

 そして、町の灯りを見下ろしながら、黙り込んでしまった。


「え、何、なんかまずかった?」

 怒ったのかと心配になり、私は彼の顔をのぞき込む。

 彼は横目で私を見たかと思うと、また町に視線を戻すといった感じで、落ち着かない様子だった。けれど、とうとう私にまっすぐ向き直る。

「……アディリル、頼みがあるんだ」

 その声の調子が、妙に改まっていて、私はいぶかしみながらも聞いた。

「何? お金はあんまり持ってないんだけど」

「借金の申し込みじゃない。……騎士探しの旅で僕がいない間、他の男に泣きつかないでほしい」


「……はい?」

 一瞬、意味がわからなかった私だけれど、ふと気づく。

 恋人を作ったことは何度もあるのに、ルード以外に泣きつこうと思ったことは一度もなかった、と。


 ルードは照れくさそうに口元をもごもごさせた。

 そして、ゆっくりと私に近づくと、私の手を取った。

「僕と、一緒になってほしいんだ」

「一緒? 一緒に何を……えっ、一緒になる!?」

「そう」

 ようやく意味を理解して真っ赤になった私は、あわてて言った。

「何言ってんの!? 付き合ってもいないのに!」

「アディリルの過去の恋人たちの誰と比べても、僕が一番、付き合いが長い」

「うっ」

 確かに、私は恋人と長続きしないたちだ。返す言葉もない。


 夜の闇の中、ルードの瞳が光っている。

「もう、他の男の手に君を委ねたくない。僕が守りたい。素直で無防備で危なっかしい君を」

「ええと、褒めてる? けなしてる?」

「褒めてるに決まってる。……僕が戻ってきた時、君が一人だったら、待っていてくれたと思っていいよね。そうしたら、結婚しよう」

 私はなぜか、嫌だと言えなかった。


 ルードは真顔で、厳かに、私の額にキスをした。



 そして、一年と少し後。

 ルードが戻ってきた時、私はまんまと独り身で。

 私は十九歳、ルードは二十六歳で、結婚したのだ。

 ちなみに、ルードは私の両親に会って結婚話をしてきたそうで、手回しがよすぎてちょっと呆れてしまったものである。

「本当はずっと、君が、好きだった。君に恋人がいない時に打ち明けようとはしたんだけど、全然意識されてないみたいだとか、前の奴と別れてすぐの君に言うのはどうかとか、ためらってるうちに次の奴に先を越されるっていう繰り返しで」

 初めて二人で過ごす夜に、彼はそう告白し、そして強く私を抱きしめた。

「でももう、変な遠慮はしない。絶対、離さない」




 ちょうどその頃。

 サーデット王国の国王アスキス六世は愛妾に入れ込み、彼女の親戚を次々に要職に取り立てた。

 国王に気に入られたい重臣たちは、国王が愛妾のために金を使うのを黙認した。いさめた者もいたけれど、いつの間にか王宮から姿を消した。


 数年が経ち、国庫は傾きつつあった。税は重くなり、足りない分は他の土地から奪おうと、戦争も起こした。国王は政治に倦み、表にほとんど出てこなくなった。


 けれど、サーデット王国は神が国王を選び、神の意を受けた竜が騎士を選ぶ、神の国。そんな国王に逆らうことは、神に逆らうこと。

 人々はそんな信仰心に縛られ、どうすることもできなかった。

 

 少しずつ、人々は望み始める。

 国王の弟、イズナス様ならば、兄のアスキス六世に代わって国を治めても神はお許しになるのではないか。いずれはイズナス様が決断して下さるのではないか、と。



 やがて、私は二十二歳になった。

 農家に生まれた私と、職人の家に生まれて苦学の末に魔法神官になったルードは、性格は全然違っても価値観が似ている。そのためか、多少の喧嘩はあるけれど意外にも仲良く、幸せな日々を過ごしていた。


 ルードは大人っぽく物静かに見えて、実は気持ちが表情に出にくいだけだった。心のうちには情熱的なものを秘めているし、その一方で可愛いところや不器用で情けないところもある。

 お互い忙しい身なのもあって、たまの休みが合うと、ルードは私と二人で家で過ごしたがった。彼は料理がとてもうまいので、胃袋をつかまれた私に文句などない。美味しい、と褒めると、目を細めて優しく微笑んだ。


 その頃は戦争も休戦状態になっていて、私たちはいつかのようにこっそり、夜の散歩に出かけることもあった。

 私用でキャシーに乗ることは軍紀違反ではあったけれど、そういうとこ、私はユルい。


「『聖女騎士』に選ばれた?」

 丘の上で、倒木に腰掛けたルードが目を見張る。

 私は笑いながらうなずいた。

「笑っちゃうでしょ、私が聖女だってさ。人妻でも聖女になれるんだね?」

「まあ、元々は死後に列聖された女性騎士ナイアの代理人みたいな立場だからね……ナイアは既婚者だったわけだし」

 ルードは軽く、顎に拳を当てる。


 ナイアは、最初に竜に選ばれた竜騎士だと言われている。彼女は竜に乗って国王に危機を知らせ、サーデット王国を救い、竜騎士団の初代団長になって戦いの中で命を落とした。


「しかし、アディリルとキャシーとで神殿の仕事にも関わるのか。それはすごいな」

 感心するルードに、私は得意げに説明する。

「実はね。ほら、少し前に、王弟イズナス様の国境視察にお供したって言ったでしょ?」

 王弟イズナス殿下は、サーデット王国の将軍だ。剣の腕も素晴らしいし、国王の補佐として有能な方で、人望も厚い。私も尊敬している。

「その時にイズナス様が私たちの様子を見て、推薦して下さったみたいなの。キャシーは私の言うことをよく聞くから、この仕事もこなせるだろうって。来月、二百五十年祭の神事にも出るから、見ててよね」

 私が得意げに言うと、ルードは私の肩を軽く抱いた。

「妻がそんな晴れがましい舞台に立つなんて、誇らしいよ」


 身を寄せ合って夜空を見上げていると、星たちまでがキラキラと私たちを祝福してくれているようだった。

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