彼女と死体と部屋と俺
「起きなさいってばっ!」
と俺の顔ギリギリに鼻をつきだすのは、可愛い、けどやたら高飛車な女のコ。髪飾りのついた茶色の巻き毛が肩のあたりで揺れていた。
床に大の字になっていたようだ。体を起こしゆっくりと立ち上がってみれば、足元には死体があった。
背中と無残に変な方に向いた首には、獣の噛み跡のようなものが。
しかし彼女はそんな死体より気にかかることがるようだ。
俺を起こした後は、しきりに周囲の様子をうかがっている。
俺はここまでの経緯を思い出そうとするが、かわいた雑巾をしぼるがごとく何もでてこない。
「いったい何があったんだ?」
頭を振ってみると、後頭部に痛みを感じた。
「何も覚えてないの? アンタはあそこから無様に落っこちたの」
と彼女はクイッと顎を持ち上げた。
示す先には半分開いた高窓があった。
そこから複数の獣の唸り声が流れ込んでくる。
なんだこの状況は? ゾンビか野獣かに俺らは追われているのだろうか?
それにしても、あんな高いところから落ちて気を失っていたのならもう少し俺を気遣ってくれてもいいんじゃないか?
「ヤツらに追われて、やっとここを見つけてなんとか転がり込んだのに、なのにアンタは足を滑らせて落ちたあげく気を失うとか、信じられない鈍臭さ!」
……顔は可愛いがかなりの毒舌。気づかいは期待できそうにない。
「ごめん。本当になにも思い出せなくて」
まだまだ続きそうな文句を制して、俺らのいる部屋を見回した。
プレハブ造りの簡素な部屋で、高窓の反対にはドアがある。
どうやら建築関連の資材置き場らしく、木材や足場のパイプらしいものが積まれていたり立てかけられていて、部屋の半分以上を占めていた。
窓は他にもあるがその資材のせいで塞がれた形になっている。
天井に灯りはあるが、今はついておらず、高窓と資材の隙間からの光で薄暗いが十分に全体が見渡せた。
彼女は俺の視線の動きに気づいたのか、
「あの高い窓からヤツらは入ってこられない。低い窓は見ての通り塞がれている。
ドアも鍵がかかってるからしばらくは大丈夫。
OK? 」
最後のOKとは状況がわかったか、という意味か。
コイツ、なんでこんなに上から目線なんだ。
「ヤツらが1匹ならなんとかなるけど、集団になるとヤバいよ… …」
と彼女は少し離れたところに横たわる死体に目をやる。
そうか、そういうことなのか。敵はゾンビか何かか。
まだ頭は薄らぼんやりしているがなんとか状況は飲み込めた。
と思った瞬間。
ガリガリガリ、ドアをひっかく音がはじまった。
ガリガリガリ。ガリガリガリ。ガリガリガリ。
音は次第に大きく数が増えていく。
敵は2、3匹ではなくもっといるのか?
ドアを見つめる彼女の目が大きく見開かれた。
「ヤツらなんかに、あんなノロマな低能どもに、ドアが開けられるかっての」
相変わらずの毒舌だが声が少し震えている。精一杯の強がりだろう。
「今ヤツらがドアの前に集まっているなら、あの高窓から逃げるか?」
提案してみる。
「何言ってるの? バカじゃない? 低能でノロマだけどヤツらは数がいるのよ。
場合によっては連携もするしそれに鼻もいい。危険すぎるわ」
「ヤツらがあきらめて去るのを待つか、助けがくるのを待ちましょう」
「助け?」
てっきり孤立無援だと思っていた俺にはその言葉は意外だった。
「わたしがいないと気がつけばママとパパが探すでしょう」
どこのお嬢様だ。いや、そんな雰囲気ではあるがそうじゃなくて。
この状況ならそのパパとママとやらもヤツらと出会ったら危ないだろうに。
いやいや、この格差時代。彼女の家は超お金持ちで私設警備隊を引き連れて救出作戦に臨むのかもしれない。
それはそれで助かる。
少し安堵したとたん、
「ところでアンタ、この死体はどうする気?」
爆弾発言をかまされた。
「へっ? ヤツらにやられたんじゃないの?」
「アンタが運んだんじゃない。それであの窓を越えるときに一緒に落ちちゃって」
「ちょ、ちょまっ!?
俺が? この死体を運んで落とした?」
「あら、運んでいるときにはまだ生きていたわよ。窓のところでアンタと一緒に落ちたら首が変な方向に向いちゃって死体になったってわけ」
「じゃあ、俺が殺したってこと?」
「まぁ、そうなるんじゃない?」
「そもそも、コイツは誰なんだ?」
「知らない。アンタがつれてきたんだもん」
「じゃあ、俺と君の関係は?」
「アンタがわたしに告白しようとしてた関係」
「で、なんでこんなことになってるの?」
「本当に何も覚えてないんだ?」
彼女はマジマジと俺の顔を覗き込む。
ぱっちりとした目元につんとした鼻。マジ可愛らしい。
見かけはたしかに好きなタイプではある。
「アンタがわたしを呼び出すから、こっそり家を出て落ち合ったらこうなった」
「だ〜か〜ら〜、その途中経過を詳しくプリーズ!」
その時バン、とドアから大きな音。
ヤツら体当たりをかましてきたらしい。
ガリガリという音が止み、バン、バンと続け様に続け様にドアが揺れた。
「ドアにバリケードでも作ればいいいけど、大きいものばかりで二人でも動かせそうにないな」
華奢な彼女の体つきではなおさらだ。
「とりあえず高窓のそばまで登って様子をみましょう。いざとなったら外に逃げ……」
彼女が言いかけたとき、ドアが開いた。
やばい!
身構える俺たちに向かって光がなだれ込んでくる。
そこには1つの人影があった。
「ミア!? ここにいるのっ?」
人影は叫んだ。顔ははっきり見えないが上品そうな服装の女性だった。
「ママ!」
彼女が人影に飛びつく。
さきほどまでドアの外にいたヤツらはどこへ? 俺たちは助かったのか?
俺の頭の中は混乱する。
助かったとしても、俺は事故とはいえこの足元のヤツを殺してしまった。
どうなるんだろう?
それにしても、彼女の母親は死体を目にしているはずだ。
だが、そんなことはどうでもいいかのように彼女の無事を確認し、愛おしげに抱きしめている。
一体、これは……。
茫然と立ち尽くすだけの俺の耳に二人の会話が入ってくる。
「野犬の群れがこの倉庫に集まっていると言うので、もしかして中にミアちゃんがいるかもと思ったの。見に来てよかった。犬たちは今保健所の人たちが捕獲しているところ。もう大丈夫だからね」
「ごめんね、ママ。勝手に家をでちゃって」と甘える彼女の声、というか喉鳴らし。
満足そうに三角の耳を「ママ」の顎に擦りつける、茶色の長毛が美しい彼女。
そのしっぽが、さよなら、またね、とばかりに俺に向かって振られた。
俺は自分が誰だか思い出しつつあった。
……足元の、ついさっき彼女へのプレゼントとして苦労して獲ったばかりの鳩の死骸を見ながら。
pixivで公募のあった一部屋だけで展開される物語用に書き下ろした作品。重複禁止事項がなかったのでこちらにも掲載です。
とまぁ業務連絡はこの辺にして、ご無沙汰しています。お元気ですか? ごくごく少数のわたしの小説を読んでくださる方(←ひらきなおり)!
新型コロナのせいで外出自粛が続きますので、拙作のような作品でもお暇つぶしになれば幸い。
みなさん、この期間、息災で乗り切りましょうね!