はじまりのテンプレ
『目を開けたら全てが終わっていた。』
一面、見渡す限りの大草原。季節はちょうど厳しい寒さを乗り越え、少し暖かくなってきた頃。時折、サワサワと気持ちの良い風が頬を撫でる。
なんだかどこかに飛び立ってしまいたいような、そんな陽気の中。なぜか…
そう、少女はぽつん…と武器を手に、大量の屍の中心に立っていた。
「あ…あれぇ………?」
少女はおもむろにポケットから一枚のカードを取り出す。世界共通ギルドカード。これさえあれば世界中のどのギルドでも依頼を受けることができる。勿論、国内を走る汽車や街の宿といった公共施設もこれを見せれば安く利用することができる、言わば身分証明書のようなものである。
そこにはつい先日、教会で更新してもらったばかりの彼女のステータス値が詳細に書かれていた。
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名前:立花 春
年齢:15
冒険家
Lv:12
攻撃力: 1
持久力: 10
すばやさ:10
MP: 0
備考:魔力値0
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ちなみに、このステータスは初期ステータス値で全体的に20前後が一般的である。
つまり、12Lvでこのステータスということは…お察しのとおりである。
何度、目をこすってもその事実は変わらない。
明らかに…というか誰の目から見ても、弱い。下手をしたらそこら辺の野生動物にすらコテンパンにやられてしまうほどのステータス値だ。
しかし今、彼女の目の前で倒れている魔物たちは、自身のレベルよりはるかに強い、『パチモンゼリー』……しかも、数にしておおよそ20体以上はいる。
周りには彼女以外に人影が見当たらない。この現状はまさしく彼女自身が引き起こしたことだと言える。
そして当の本人は、しゅばしゅばとカードと魔物の死骸を何度も交互に見比べる。
そして―――――
「ええーーーー!?」
屍だらけの草原で少女、ハルの悲鳴だけが鳴り響く。
それに応えてくれるものは誰もいない。
そもそも彼女はなぜ、凶悪な魔物が大量に出現するこの地にて、パーティも組まず、たった一人…それも雑魚ステータスの身で乗り込んだのか。
その理由は少し前の時間へ遡る―――
*
「ええーーーー!?」
受付で少女、ハルの悲鳴が鳴り響く。
キーンとした声に受付嬢のロッテンマイヤーは迷惑そうな顔で耳をふさいだ。
「タチバナさん、受付では静かにしてもらえませんか?」
「だだだ、だってだって!もう紹介できる仕事はないって!先月までは「庭の雑草取り」や、「屋根の雨漏り修理」、「おじいちゃんの昔話を聞く」みたいに、お仕事がたくさんあったのにっ!」
焦りのあまり膝が笑う、乗っている踏み台はこの国の人たちより背が低いハルのために用意されたものだ。踏み台は膝に合わせてカコカコと忙しなく音を立てる。
「タチバナさんは普段、新聞をお読みになりますか?」
「へ?えと、あんまり読んでないです。…へへっ。」
「では今この国がどういう情勢になっているのかもご存じない、と。」
「う…はい。存じてない…です。」
「ハァ…ではまずこちらをどうぞ。」
そう言って渡された紙束は今週発行されたばかりの新聞だった。
『相次ぐ魔物の被害に向け、新たな政策へ乗り出す―――』
『魔物の凶悪化、長期化が予測される戦い。人族の未来は―――』
『急募:魔物狩り冒険者募集!アットホームなパーティです!(ステータス値**以上―――』
『山の音楽家、コリスの冒険最終回―――』
「お分かりですか?」
「え!コリスの冒険最終回なの!?そんなぁ、唯一読んでいた記事なのに。」
「次の方、どうぞ。」
「わー!うそうそ!!ごめんなさい!真面目に読みますから!ごめんなさい!」
がたがたと踏み台を鳴らしながら、次の人を案内しようとするロッテンマイヤーさんの腕に必死で縋りついた。
早くして下さい、と冷たい目で刺され、慌ててハルはバッサバッサと新聞を捲る。
すると、何枚か捲るうちに気が付いた。新聞記事のほとんどが同じような単語で埋め尽くされていることに。
魔物、被害甚大、戦闘、人手がいる。楽しい話題はほとんどなく、どれも魔物による被害やその対策への記事ばかりだった。その中でも特に目を引いたのが
「魔物が強くなってる…?」
「そうです。」
ハルから受け取った新聞を折り目に沿って丁寧に畳みながらロッテンマイヤーは話を続けた。
「我が国だけでなく、近頃は近隣諸国まで魔物による被害は拡大しています。今週だけで、もう二つの村が地図から消されました。」
「二つも……。」
「そうです。それに今まで低レベル帯の冒険者でも倒せてた敵が今月に入ってから徐々に倒せなくなってきています。依頼の途中放棄も珍しくありません。お分かりですか?呑気に昔話をしている余裕も聞いている余裕も、最早ありません。」
「うぐっ…。」
日付順に畳まれた新聞が机の端に置かれる。ざらりとした表面を一撫でし、彼女はハルを一瞥した。
「タチバナさん、もう一度申し上げます。当ギルドはもう、あなたにご紹介出来るお仕事はありません。」
「……。」
「……魔物の被害も含めこの国にあなたの居場所はありません。…ご実家の方に」
「”お帰りになることを推奨します”でしょ?」
へらっと眉尻を下げてそう言うと、ロッテンマイヤーは微かに目を見開いた。
「もう何回も聞いてるもん。覚えちゃった。」
「……そうですか。」
「…ありがとう、ロッテンマイヤーさん。でも私、この国が好きだし、まだやりたいことがあるんだ…。だから懲りずにまた来ます!!じゃっ!」
「あ…。」
矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、ハルはピョンと踏み台から降りると風のようにその場を後にした。
だからハルは知らなかった。
ハルの背中に向けて伸ばされた彼女の手が、触れることなく胸の前で閉じられたことを。
*
「みぎゅぅぅっ……」
咄嗟に誤魔化しちゃったけど、やっぱり辛いなあ。
顔中に力を入れ、ぎゅっと上を向いて歩く。なるべく悪い事は考えないようにスタスタスタ、足早に進む。これはハルの小さなころからの癖だった。当の本人は至って真面目なのだが、傍から見れば変顔をしながら猛スピードで歩いていく変な人だ。
(ふぐおぉぉ、今回は中々収まらないっ。そうだ!なにか美味しい物でも考えよう!)
「塩辛…塩じゃけ…塩キャラメル…塩アイス…うぅ、塩分大事……ふぎゃっ」
ドンッと案の定、上を向いてたせいで人にぶつかった。
「ず、ずびばぜんっ…!」
「……ハルちゃん?」
見上げるとそこには滲んだイケメンさんがいました。