ノエルとポリー 4
訓練場に何人もの人たちが集まってきた。
最初に現れたのは、馬に乗ったレンヴィーゴ様。この世界に来て最初に出会った時と同じような厚手の服装だ。金属の鎧みたいな重装備ではないけど、普段、レンヴィーゴ様やスタンリー様が着ているようなシャツとかと比べれば、各段に防御力が高そうに見える。
イメージ的には明治時代とか大正時代の軍人さんの服装を、ファンタジー風にした感じって言えば伝わるかな?
普段のシンプルなシャツとかも似合っててカッコイイけど、こういう格好もやっぱりカッコイイね。
だけど、そんなレンヴィーゴ様の姿に眉をひそめる人も居た。スタンリー様だ。
「レン、なんでそんな恰好をしてるんだ?」
「話は聞いてます。ノエルが魔の森へ逃げてしまったんでしょう? 僕が何人か連れて探しに行きます」
「あ゛ぁ? 森には俺が行く。レンは村で警戒に当たれ」
「いえ。森には僕の方が適任でしょう。父上こそ村で警戒をなさってください」
「レンには言いつけておいた仕事があるだろう?」
「その仕事は元々領主である父上の仕事ではないですか。それに、その格好のまま森に入るのは流石の父上でも森を舐めているとしか思えません」
スタンリー様の格好は避難訓練の時のまま。つまりは、予期せぬタイミングで鳴った非常事態を知らせる鐘の音に、すぐさま反応して飛び出したという態だ。逃げるための訓練なのだから普段着。防具らしいものは身に付けていない。
本番だったら、それなりの防具に身を包み武器を手にして、外敵から領民を守らなくちゃならないのがスタンリー様の立場のはず。
だけど、領民を逃がすための訓練に、防具を着込んで武器を片手に参加するわけにはいかなかったのかもしれない。
そんな事をすれば、訓練に参加した子供達もそれなりに戦える準備をしてから避難しようとしてしまうかもしれないのだ。
まずは逃げる。その事を徹底させるために、領主であるスタンリー様が率先して行動で示した形だ。
今回はあくまで”避難”の為の訓練なのだから。
だけど、それが裏目に出てしまった形になる。
しっかりと森に入る準備を済ませてきたレンヴィーゴ様と、何の準備も出来ていないスタンリー様では、傍から見ればレンヴィーゴ様が捜索に行くべきってなるよね。
「森の中の捜索といっても、相手はノエルだ。生まれてすぐからほぼ人の手で育てられたノエルはそれほど奥地にまでは行かんだろう? このままで十分だ」
「いえいえ。つい先日、ブルーノが正体不明の相手に襲われ怪我をしたばかりで、今の森にはどんな魔物が居るのかも分からないような状況です。やはり準備は万全にするべきでしょう」
「むぅ……それなら今すぐに準備をしてくれば良いのだろう?」
「父上が屋敷まで戻って準備を整えて、またここまで来るのにどれだけの時間が掛かりますか? その間にノエルに危険が迫るかもしれません。捜索をするなら早い方が良いに決まっているので準備が出来ている僕が森に行くべきです」
あ~。これは完全にレンヴィーゴ様のペースだ。
スタンリー様は覆せなないんじゃないかなぁ~?
その証拠に、スタンリー様は苦々しい顔で「うぐぅ」とか呻いて次の言葉が出てこないよ。
領主親子が言い争いをしている間に、追加で何人かの男の人たちが到着した。
そして、到着して早々に領主親子の言い争いを見て呆れている。
「おい、見ろよ。また大将が坊に言い負かされてるぞ」
「クチじゃ勝てねえってのに、懲りねえなぁ」
新たに到着した男の人の数は5人で、20代前半から後半って感じの人ばかり。
全員が普段着ではなく、それっぽい格好をしている。それっぽい格好っていうのは、レンヴィーゴ様と同じような、重装備ではないけど何かと戦う事を目的とした衣服という意味だ。
もっと金属製の鎧の様なものが主流なのかと思ってたんだけど、この世界では重装甲による防御力よりも、軽装での機動力の方が重視されてるのかもしれない。
せいぜいが、胸とか手甲とかブーツとかに金属板が縫い付けられてるくらいっぽい。
あと気になったのは、あとから来たメンバーは全員が大きい小さいの差は有れど、弓を持ってるところ。
わたしのイメージだと、戦士がいて、魔法使いが居て、僧侶が居て、アーチャーが居てって感じでガチガチに役割分担ができているのかと思っていた。
だけど、全員が弓を持ってて、腰には剣がある。
全員が弓兵であり、また剣士でもあるって感じだ。
「大将~、いい加減諦めたらどうっすか~?」
「そうそう、レン坊の言ってる事の方が真っ当に聞こえますぜ~」
「書類仕事から逃げたいだけなんでしょ~?」
聞いてるこっちがヒヤヒヤするような気軽い声が飛ぶ。
男の人たちの野次とも取れる言葉を聞いたスタンリー様は、キッとキツイ視線を飛ばした。
だけど、誰も怖がっているようには見えないね。
曲がりなりにも貴族であるスタンリー様なんだけど。
これって、傭兵団だった頃からの名残なのかなぁ~?
もしそうなら、領民と領主の距離が近いというか、上下関係が曖昧な感じは、今の世代が残ってる内には変わらないじゃなかろうか。
わたしがそんな事を考えていると、わたしの近くで事の成り行きを見守っていたマールが不思議そうに首を傾げて小さな声で尋ねてくる。
「……なんで、ノエルを探しに行くのに、みんな剣とか弓矢とか持ってるのにゃ?」
「あ~、森の中は危険だからじゃない? 魔物とかと遭遇して戦う事になるかもしれないし」
「じゃぁ、ノエルを見つけたとして、どうやって捕まえるにゃ?」
「どうやってって……みんなで取り囲んで、とか?」
「ノエルは囲まれちゃう程、足が遅くないにゃ~」
あー。たしかに、ノエル君は足速いよね。
マールと一緒にお屋敷の中を駆け回ってるのを見てると、とても普通の人間が追いつける速度とは思えないもん。
「でも、今まで飼われてたんだから一度は捕まえたって事でしょう? 今回も同じやり方すれば、捕まえられるんじゃない?」
「あの……、普通、飼われてる角ウサギは生まれたばかりの子を捕まえるのが一般的で、大人になった角ウサギを生きたまま捕まえるのは難しいんじゃないかと思います。何しろ大人の角ウサギは足が速いですから……。ノエルも生まれたばかりの所をレンヴィーゴ様が見つけたらしいです」
わたしに抱きかかえられたままのポリーちゃんが言った。
ポリーちゃんにもどうやったらノエル君を捕まえることが出来るのか分からないんだと思う。その表情は不安そうだ。
「あー。じゃぁ罠を仕掛けるとかはどうかな?」
「ノエルは、普通のウサギとは違うから、普通の罠には掛からないと思うにゃー」
ごもっとも。
魔物だからなのかは分からないけど、頭いいよね、ノエル君って。
たどたどしい感じだけど、普通にヒトの言葉が分かるし喋るし、数の概念とか、左右の概念、時間の概念とかもあるっぽい。
普通のウサギならかかる様な罠だって、ノエル君なら簡単に見破るだろうね。
わたしたちがそんな話をしていると、どうやら決着が付いたらしいレンヴィーゴ様が近づいてきた。
「僕たちもなんの手立ても無くノエルを探しに行くつもりは無いですよ」
どうやら、わたし達の声が聞こえていたらしく苦笑を浮かべている。
「どうするんですか?」
「実は、角ウサギを捕まえる簡単な方法がありまして……」
わたしの質問に、レンヴィーゴ様はそう答えながら腰にさげた革製の水筒を指し示す。
水筒といっても、わたしが知ってるような金属製の水筒じゃなくて、動物の皮みたいなものを袋状にした物だ。
「角ウサギは、何故か酒の香りに寄って来る習性があるんです。大人の個体になると、このくらいの量なら、すぐに飲み切ってしまうくらい大好きみたいですね」
「まさかの呑兵衛……」
レンヴィーゴ様によると、角ウサギことジャッカロープを捕まえるには、森の中や草原などの角ウサギが生息している場所にお酒を置いておけば、その香りに釣られた角ウサギが勝手にお酒を発見して、勝手に飲んで、酔いつぶれて寝てしまっている所を捕まえるだけで良いとの事だ。
でも、野生のまま大人になったような角ウサギは人に馴れる事がなく、言葉も覚えない為にペットとしての価値は低く、結局は食卓に上がる事になるので、その場でとどめを刺して絞めてしまうそうな。
そして、どうせ食卓にあがるのなら、生きたまま捕まえてとどめを刺すのも、弓矢で射殺すのも同じだからという理由で、お酒を使った罠というのはほとんど行われる事が無いらしい。
お酒がもったいないから。まぁ、呑める人からしたら、角ウサギの罠に使うよりは自分で呑みたいだろうからね。
なので、結果的に大人の角ウサギは生きたまま村に運び込まれることが無い。
だから、ポリーちゃんは生きたまま捕まえるのは難しいって勘違いしちゃってたんだね。
「じゃぁ、そのお酒でノエル君をおびき出して、呑み潰れたところを捕まえるって事ですか?」
「そうですね。これだけの量があれば、さすがに潰れてくれると思います」
レンヴィーゴ様の説明を聞いてから改めて水筒を見ると、1リットルくらいは入りそうな大きさに見える。
……え。
ノエル君って、ちょっとぽっちゃり気味ではあるけど、サイズ的には子ウサギって感じなのに、そんなにいっぱい呑めちゃうの?
人間だって、アルコールを1リットル分も飲むのはかなりキツイと思うんだけど……。
実は、ウサギの身体に角が生えてるだけじゃなくて、ウワバミの肝臓も持ち合わせているんじゃ……。
作中の角ウサギことジャッカロープは、実在する(?)UMAなんですが
お酒が大好きらしいです。
一方、私はお酒は全く飲めません。ビールとかでもコップに半分も飲んだら起きていられなくなってしまいます。
お酒が飲めないことで、人生の10分の1くらいは損してるなぁと思う事はあります・・・(=_=)




