ノエルとポリー 2
「ノエル君!」
わたしの声は、ウサギ型の魔物であるノエル君にはしっかり届いたはずだった。
だけど、ノエル君は一瞬立ち止まるものの、そのまま振り返る事も無く再び走り出し、訓練場から飛び出してしまう。
「……? ノエルが、どうかしたんですか?」
わたしが抱きかかえていて死角になっていた為、その様子が見えなかったらしいポリーちゃんが聞いてくる。
わたしが反応に困っていると、ポリーちゃんは不安そうにノエル君が居たはずの方向へ視線を投げた。
でも、すでにその場所にはノエル君の姿は無い。
「あの、ノエルはどこに……?」
「ノエルは、森の方に逃げちまったぞ」
キョロキョロと辺りを見回すポリーちゃんの問いかけに、答えたのはスタンリー様だ。
「っ!? すぐに探しに行かないと!」
角ウサギと呼ばれるジャッカロープは、弱い魔物の一種だ。
普通に戦えば、普通の狼とかクマにも負けちゃうくらいに弱いとされている。その弱い角ウサギが人の手がほとんど入っていない森に入っていくというのは、肉食獣の餌食になりに行くようなものだ。
すぐに保護しないと、命を落とす事にも繋がりかねない。
立ち上がろうとするポリーちゃん。
それをスタンリー様がやさしく押さえつけた。
「ポリーが行って何になる? 森の中でポリーが危険な目にあうだけだ」
「でもっ!」
反論しようとするポリーちゃんの頭を大きな手が優しく撫でる。
「安心しろ。俺が何人か連れて探してきてやる。小さな頃からヒトの手で飼われていたような角ウサギなんざ、すぐに見つけ出して連れ帰ってやるさ」
スタンリー様、カッコイイ……。
正直、俳優とか歌手とかみたいな見た目のカッコ良さじゃない。だけど、ニヤリと笑うその姿はナイスガイで男前なカッコよさを感じる。
スタンリー様は訓練場で他の子供達の面倒を見させていた二人の男の人たちに幾つか指示をだして、一人をお屋敷の方に走らせた。
聞こえてきた話は、レンヴィーゴ様と他にも何人かの男手を集めて、森に捜索に行くという内容だった。
その内容は当然、ポリーちゃんにも聞こえている。
「私も連れてってくださいっ!」
「あ~、駄目だ。ノエルもそこまで奥にまでは行ってないだろうが、森の中は何があるか分からん。もし、魔物に遭遇なんてしちまったら、ポリーを守りながら戦うなんて無理だからな」
「でも、私が飼い主で……、私のせいでノエルがっ!」
ポリーちゃんが大きな瞳を涙に濡らしながら訴えるも、スタンリー様はハッキリと首を左右に振った。
「……だが森の中が危険なのは分かってるだろう?」
「でもっ、でも……。私のペットなのに、私が行かないのは違うと思うんですっ!」
ん~。ポリーちゃんの気持ちは分かるし、スタンリー様の心配も分かる。
スタンリー様みたいに強い人なら問題無いのかもしれないけど、ポリーちゃんみたいに小さな子が森に入るのは、やっぱり危ない。
でも、ポリーちゃんの気持ちも分かるんだよね~。
自分のペットなんだから、自分で何とかしたいって気持ちになるのは当たり前だ。
仮に、自分が探索に加わった所で役に立つ事はないとしても、だからと言って他の人に全てを任せて自分は安全な場所でお留守番をしているだけって言うのは、やりきれない思いになっちゃうと思う。
もし、わたしがポリーちゃんの立場だったら、ポリーちゃんと同じように一緒に連れて行って欲しいって言うと思う。
だからこそ、わたしはポリーちゃんの小さな体を強く抱きしめた。
「ポリーちゃん。わたしはスタンリー様にお任せした方が良いと思う」
「でもっ! でも……」
涙目のポリーちゃんは必死の形相だ。
「ポリーちゃんの気持ちは分かるけど、森は危ないのは知ってるよね? コボルトとか居るんだよ? ムッチャ怖いよ?」
「いや、コボルトなんざ、そこらの子供とそう変わらんが……」
口を挟んでくるスタンリー様を視線で牽制。
わたしが森で遭遇したのはコボルトだけで、他にどんな魔物が居るのかなんて知らないんだからしょうがないじゃん!
余計な事は言わないで!
「ポリーちゃんは、ノエル君が逃げ出しちゃった事に責任を感じてるんだと思うけど、あれは誰かが悪いって訳じゃなかったと思うの」
「違います! 私が、ノエルの事をしっかり抱いていれば、こんな怪我なんてしなくて済んだし、それでノエルが逃げちゃう事も無かった筈です!」
ポリーちゃん、喋れば裂けた傷が痛いだろうに。
わたしはポリーちゃんにハッキリ伝わるように首を大きく左右に振った。
「ノエル君だけじゃなくてポリーちゃんもまだ子供なんだから、ポリーちゃんがしっかり抱っこ出来無いのはしょうがないんだよ。むしろ、わたし達大人が補ってあげなきゃいけない場面だったんだよ」
「でも、ノエルの飼い主は私ですっ! 私がしっかりしないといけなかったのに……」
「それは違うよポリーちゃん。子供がやらかしちゃった時、その責任は周りの大人にあるんだよ。つまり、ここで一番大人のスタンリー様が悪いんだよ」
「俺かよ……いや、考え方自体は間違っちゃいないと思うが」
スタンリー様の他にも大人の人は居るけど、見た目はスタンリー様が一番年上っぽいし、立場的にも間違いなくスタンリー様が一番上の筈だ。
苦笑するスタンリー様を横目で見つつ、一呼吸おいて続ける。
「それからね、もしポリーちゃんがノエル君を探しに行って、それで森の中で怪我しちゃったら、レジーナさんはどう思うかも考えて欲しいんだ」
わたしの質問に、ポリーちゃんは質問の意味が分からないといった表情を浮かべた。
「お母さんが?」
「もし、ポリーちゃんが森で怪我をしちゃったら、レジーナさんは悲しむと思わない? それで、なんで戦えない、自分の身を護る事が出来ないポリーちゃんを森に連れて行ったの? ってスタンリー様に怒ると思うんだよね」
「でも、それは私がノエルの事を探しに行きたいから……。スタンリー様は悪く無いです」
「ううん、スタンリー様が悪いって事になるの。ポリーちゃんには森は危険だと分かってて、それでも連れて行くのか、村で留守番させるのかを判断するのはスタンリー様だからね。だから、もしポリーちゃんを捜索に同行させて、森の中で魔物に襲われて怪我をしたら、レジーナさんはスタンリー様を許さないと思う」
少なくともわたしなら許さない。
「あと……。ポリーちゃんを連れて行くって事は、誰かがポリーちゃんを守りながら歩かなきゃならないって事になるでしょ? ポリーちゃんは一人でも大丈夫って思うかもしれないけど、戦うことが出来ないポリーちゃんを一人にはしておけないから」
ポリーちゃんはきつく唇をかんで俯いてしまう。
まだ子供のポリーちゃんを相手に、厳しい事を言っている自覚はある。
もしこれで、わたしがポリーちゃんに嫌われるような事になっても仕方ない。
ポリーちゃんが捜索に加わって怪我をしたり、最悪、命を落とすような事になるかもしれないって考えれば、わたしが嫌われるだけで済むなら全然マシだ。
「それでもし魔物に襲われたら、ポリーちゃんを守る為に他の誰かが怪我しちゃうかもしれないんだよ? 一人なら勝てる様な魔物が相手でも、誰かを守りながら戦うなんて難しいから……それは分かるよね?」
コクリと頷くポリーちゃん。
自分では魔物と戦った事なんて無くても、護らなくてはならない存在がいる戦闘がどれだけ大変か、なんとなくイメージできるっぽい。
「ポリーちゃんだけじゃなくて、他のノエル君を探しに行ってくれる人たちの安全の為にも、わたし達は、お留守番をしてよう?」
ポリーちゃんの小さな体を抱きしめながら問いかけると、腕の中で小さく頷いてくれたのが分かった。
「体力無くて森に慣れてないわたし達が一緒に行くより、森に慣れてる人たちだけで探しに行った方が、きっとノエル君も早く見つかるよ。安心して待ってれば良いよ」
最後は笑いながら、自虐めいた言葉を言っておいた。
わたしもポリーちゃんも、自他共に認めるインドア派だからね。
ポリーちゃんは、ちょっとビックリしたような表情でわたしの顔を見上げてから、小さく「はい」って答えてくる。
納得してくれたかな?
ポリーちゃんは頭の良い子だから、これで納得して、気持ちが落ち着いたなら、隠れて一人で森に探しに行くなんて事もしないと思う。
ほっと安心した所で、遠くの方から「ルミしゃまー」と叫ぶマールの声が聞こえた。
声のした方向を振り向くと、マールが大きく手を振りながらこちらに走ってくるのが見える。
さすがにマールの足の速さにはついて来れなかったみたいで、お転婆姫のエルミーユ様の姿は見えないね。
「|不味≪まず≫~~~いポーションが届いたみたいだよ」
「今日は、美味しいご飯は食べられなくなりそうです……」
走ってくるマールの方を見ながら、うんざりした様な顔でそう言ったポリーちゃん。
さっきまでとは違う、だけど、やっぱり涙目になっていた。
ポリーちゃんやルミを森に行かせないのか・・・( 一一)
森に行かせた方が、話が作りやすくなるのになぁと自分でも思ってしまいます。




