訓練 9
エルミーユ様とスタンリー様の剣の稽古は続いている。
マールによると、エルミーユ様がガンガンに攻めて、スタンリー様が余裕でいなしている、らしい。
エルミーユ様は、素早い動きでスタンリー様を翻弄しようとしているみたいだけど、スタンリー様の方が数段上って感じで、まるで相手になって無いっぽい。
スタンリー様の方からは一切しかける事無く、受け止めたり受け流したりするだけ。
それが、素人目にはエルミーユ様の方が攻撃しているもんだから優勢なのかなって思ってたんだけどね。
いつ決着が付くのかなぁ? どういう形で決着するんだろう?
そんな事を考え始めた頃、ふとエルミーユ様の動きが最初に比べて悪くなっている事に気が付いた。
その場からほとんど動かないで、相手の剣を受け止めたり受け流したりするだけのスタンリー様と、何とか突破口を開こうと素早く激しい動きで翻弄しようとするエルミーユ様。
肩で大きく息をして、全身から汗を拭きだしているエルミーユ様の瞳はまだまだギラギラと燃えているように見えるけど、身体はついてこないみたい。
剣を振る速度も明らかに落ちてきてる。
「そろそろ腹も減ってきたな……」
スタンリー様の言葉を聞いて、わたしのお腹もグゥゥゥ~と反応した。
そういえば今日は、避難訓練の為に早起きして朝ご飯なんて食べてない。
頭上を確認すると、太陽はかなり高い位置にあって、そろそろお昼になるかもって時間帯になるはずだ。
お屋敷から訓練場に、訓練場から神殿へ、そこからまた訓練場に戻って、子供達の剣の訓練って感じのスケジュールだったんだから、お昼近くになっててもおかしくないよね。
「そろそろ終わりにするか」
言葉と同時にニヤリと笑みを浮かべたスタンリー様が、初めて自分から動いた。
そう気が付いた時には間合いが一気に縮まっていて、木剣同士のぶつかる乾いた音とともにエルミーユ様の手にあったはずの木剣が空高く舞い上がる。
何が起こったのか分からず、思わず木剣の行く先を目で追ってしまい、その後、はっと気が付いて視線を戻した時には、スタンリー様の持つ木剣がエルミーユ様の喉元直前で寸止めされていた。
「……ッ、まいりました……」
エルミーユ様が降参の言葉を告げると、ギャラリーの子供達から「あぁ~~」とため息にも似た声が漏れる。
「まだまだ、エルミーユに負けてやるわけにはいかんからな」
「次こそは一本取って見せるわよ」
「俺から一本取る前に、男の一人でも捕まえてこい」
そういって豪快に笑うスタンリー様。
父親って、娘が嫁に行くのを嫌がるモノかと思ってたけど、そうでも無いのかな?
うちの父さんは、メグ姉に彼氏がいると発覚しただけで、飲めないお酒を無理矢理飲んでへべれけに酔いつぶれてたけど。
「父さまより凄い男捕まえてきてあげるわよ!」
そう言い放って、弾き飛ばされてしまった木剣を回収し、わたし達の方に戻ってくるエルミーユ様。
その表情は、悔しそうではあるけど、どこか嬉しそうにも見える。
ポリーちゃんが懐から取り出したハンカチを差し出すと、エルミーユ様は、貴族令嬢らしからぬ仕草でハンカチを広げて顔の汗を拭っている。
それ、おじさんがオシボリでやるやつだよ! 女の子がやっちゃダメなやつ!
「負けちゃいましたね」
「私もまだまだダメね。稽古の時間増やそうかしら?」
「エルミーユ様は今でも十分強いですよ。ギーンゲンでエルミーユ様に勝てる女の子は一人もいないじゃないですか」
「でも、父様には勝てないままなのは悔しいじゃない?」
スタンリー様に視線を送るその表情は、苦々しげだ。
勝てなくて当たり前だと思うんだけど、本気で悔しいんだろうなぁ。
「さて、それじゃ次はどっちが行く? ルミ? それとも、ポリー?」
エルミーユ様は、そういってわたし達の方に木剣を差し出してくる。
差し出された木剣を見て、お互いの顔を見つめるわたしとポリーちゃん。
なんか、気持ちが通じ合った気がする。
「さて。お腹がすいたね、ポリーちゃん」
「そうですね。母さんがお昼ご飯の準備をしているはずなので、急いで戻りましょう、ルミフィーナ様」
「ちょ、ちょっと! せっかくここまで来たのに父さまの指導を受けないで帰るつもりなの!?」
何とか誤魔化して帰ろうとするわたしとポリーちゃんをエルミーユ様が慌てて引き留めてくる。
「え~っと、わたしは体動かすの苦手ですし」
「私も苦手です。剣で戦う訓練をするくらいなら、逃げる訓練を増やした方が、まだ生き残れそうです」
「それはそうかもしれないけどさぁ……」
ちょっと呆れ顔のエルミーユ様。
「おーい。もう居ないのかー?」
わたし達がそんな話をしていると、スタンリー様が大声で確認してきた。
これで誰もスタンリー様の方へ進み出なければ、訓練は終わりになるはずだ。
「少しくらいはやっておいた方が良いと思うわよ?」
「魔法の訓練ならやりましたよ? ちょっと前に、レンヴィーゴ様に指導して貰ってですけど」
エルミーユ様にそう答えて、右手の指輪を見せる。魔法を発動するときに使う魔導装具だ。これがあるのは魔法使いの証だ。
「あぁ、ルミは魔力矢と魔力盾は使えるんだったわね。それなら、無理に剣の稽古を受ける事も無い……のかしら? じゃぁ、とりあえずポリーだけでも?」
ノエル君を抱っこしているポリーちゃんの指には、魔導装具の指輪は無い。他にそれっぽいアクセサリーの類も付けている様子も無い。
ポリーちゃんの年齢だと、まだ魔力の有無を確認して無いのかも。たしか10歳までに確認して、魔法を使えるほどの魔力があるなら魔法の勉強をするって聞いた覚えがある。
と、いうことは、改まって年齢を聞いた事なかったけど、ポリーちゃんって10歳以下なのかもしれない。
「えっと……、私が剣を持たなきゃならない状況だと、少しくらい戦えても仕方がないというか……」
ポリーちゃんがそこまで答えたところで、ノエル君がポリーちゃんの腕から抜け出して飛び降りた。
「ノエルがやるっ」
ノエル君がぴょこんぴょこんとスタンリー様の方へ駆けていく。
「ノエル!?」
慌てて後を追うように駆け出すポリーちゃん。
状況が呑み込めずにボーゼンとするわたし。
ピョコピョコと走るノエル君は、やがてスタンリー様の目の前で立ち止まると、じっとその顔を見上げている。その視線に気が付いたスタンリー様はノエル君と視線を合わせるように屈みこんだ。
「ん? どうした?」
「ノ、ノエルも……」
ノエル君の言葉が終わらない内に、追いついたポリーちゃんが抱き上げた。
「申し訳ございません! ほら、ノエル! 戻るよ!」
ポリーちゃんはノエル君を抱えたまま頭を下げてズザザザって後退ってくる。
わたしより体力はあるけど、運動神経が良いわけではなさそうなポリーちゃん。後退る姿はまるでザリガニのようだ。
「いや! ノエルも! マールみたいにやる!」
「ダメだよ、ノエル! いう事を聞いて!」
ポリーちゃんの腕の中で暴れるノエル君。
どうやら、ノエル君も戦闘訓練をしたいみたいだ。マールがやっているから、自分もやりたくなっちゃったのかな。
最近、ずっと一緒に遊んでたから、マールの戦闘訓練も遊びの一つって勘違いしちゃったのかも。わたしから見ても、チャンバラごっこにしか見えないし。
お兄ちゃん的な存在になっていたマールがやってるんだから、弟ポジションのノエル君もやりたくなる気持ちも分からないでもないんだけど……。
でも、ノエル君はマールと違って、ただの角の生えたウサギなんだよね。
マールみたいに、何かを掴んだり握ったりできる様な手じゃないから、武器を持っての戦闘訓練は難しいんじゃないかな?
多分、この場に居る全員が同じような事を考えたんだと思う。
ちょっと困ったような表情で、お互いに顔を見合わせている。
そんな、困惑しているわたし達の様子に気がついたマールが、わたし達の顔を見上げて首を傾げた。
「にゃ~? ノエルは訓練しちゃダメなのにゃ?」
「あ、えっと……ノエル君は武器が持てないでしょう? いくらスタンリー様だって、武器を使わない戦い方なんて教えられないんじゃない?」
ノエル君だって、戦うだけならできると思う。スタンリー様に通用するかは別として。
ただ、今ノエル君がやりたいのは、マールと同じように武器を使った戦闘訓練なんじゃないかな?
武器を振り回して遊びたいというか、チャンバラごっこというか。
「ノエルもー! やりたいー!」
「ダメだってば! もうっ! ノエル! 言うこと聞いて!」
一生懸命に宥めようとするポリーちゃん。
ノエル君は身体を右に左にと捩じるようにして、拘束から抜け出そうと藻掻き続けている。
「痛っ!」
その時、ノエル君が普通のウサギだったら起こらなかったはずの事故が起きてしまう。
ジャッカロープ。通称、角ウサギ。
ノエル君が力いっぱい身を捩る事で、その頭部に生えた二本の枝角がポリーちゃんの頬を掠め、真っ白な肌を切り裂いた。
時間いっぱい! (*>ω<)=3




