訓練 8
「にゃ! にゃ! にゃ~!」
木剣の代わりに、手ごろな太さと長さの木の枝を振り回すマール。
用意されている木剣は、どれもマールの身体には合わないって事で、スタンリー様が近くの雑木から枝を一本折り取ってくれたものだ。
その木の枝を剣に見立てて、握り方から構え方、素振りの仕方まで指導されて、今現在に至る。
マールはさっきまでの持ち上げる事も出来なかった木剣とは違い、軽々扱える木の枝が気に入ったのか上機嫌だ。
でも、木の枝をブンブンと振り回す姿は、さっきスタンリー様に教わった物とはちょっと、いや、だいぶ違う気がする。
指導したスタンリー様も、その様子を見て苦笑を浮かべていた。
みんなが木の枝を振り回すマールを眺めてほっこりしていると、たった一人、引き締まった表情をした人物が訓練場の中心に向かって行く。
栗色の長い髪をポニーテールに纏めた超絶美少女。
お転婆姫ことエルミーユ様だ。片手に細めの木剣を持ち、その視線はマールではなく、スタンリー様に向かっている。
「マール君?」
「にゃ?」
そう、マールに声を掛けるけど、視線はスタンリー様から外さないエルミーユ様。
「マール君は、木剣を振るよりも先に、体を鍛えて稽古に耐えるだけの体力を付けてたほうが良いわよ」
「にゃ~? 筋肉いっぱいつければ良いにゃ?」
「そう、ね。強くなってルミを守るんでしょう?」
「にゃ! もちろんにゃ!」
そんな会話が聞こえてきて、思わずマールがボディビルダーの様なポーズを取る姿を想像してしまう。
うへぇ……。わたしを守るためとはいえ、マールがムキムキになったら嫌だなぁ。
「そういうわけで、次は私の番って事で良い?」
「いいにゃ~。マールは端っこの方で筋トレしながら見てるにゃ」
「き、きんとれ? なんか良く分からないけど、譲ってくれてありがとう、マール。……そういうわけで父さま? 父さまも、次の相手は私で良いわよね?」
「NO」という返事は許すつもりは無いって顔だ。
スタンリー様の方は、呆れたように頭を抱えている。
「エルねーちゃん頑張れー」
「俺たちの仇をとってくれー」
先に稽古を終えた子供達からは応援の声。
まぁ、超絶美少女と巨漢男性が対峙したら、日本のアニメやライトノベルならば間違いなく超絶美少女が主人公サイド。
子供達がどっちを応援するかと言われれば、それは超絶美少女の方に生るのも当たり前だ。
スタンリー様だって厳つい顔ではあっても悪人顔じゃないんだけどね。
「お前らなぁ……」
「今日こそは、父さまから一本取らせてもらうわよ!」
そう言って木剣を突き付けるエルミーユ様が無茶苦茶カッコいい。
スタンリー様は、大きくため息をついて小さく頭を振った。
「……そんなんだから、お前はいつまで経っても婚約者の一人も出来ずに……。少しはルミフィーナの事を見習ってお淑やかになったらどうだ?」
「婚約者が出来ないのは今は関係ないでしょ! それに、婚約者ができないのは私の相手として相応しい男が現れないだけよ!」
「お前が『私より優れた男じゃないと認めない』なんて言うからだろうが……」
ん??
わたしはスタンリー様の言葉に首を傾げてしまう。
それってエルミーユ様より強い男の人じゃないとダメって事?
それなのに、婚約者が現れないって事は、エルミーユ様って無茶苦茶強いって事?
気になったので、こっそりポリーちゃんに聞いてみる。
「えっと、エルミーユ様が強いのは間違いないんですけど……でも、それはやっぱり女性にしてはって感じで、普通にエルミーユ様より強い男の人は一杯いると思います。ギーンゲンだけでも、剣の勝負でエルミーユ様に勝てる男の人は大勢いるはずです。女の人で勝てる人は居ないと思いますけど」
「え? それじゃなんで婚約者が居ないの?」
エルミーユ様ってば、同性のわたしから見ても美少女。
たまに『男と女でカワイイの基準が違う』というのはよく聞く話だけど、わたしは父親の影響でそこそこ中立的な立場で見えてると思う。
つまり、わたしが見て美少女と思えるエルミーユ様は、他の男の人達から見てもかなりの美少女の筈なのだ。
こういう世界だから、結婚相手は親同士が決めるものなのかもしれない。
だけど、聞いたところによると、一夫多妻も認められてるらしいし、全ての結婚が家柄とか爵位とか資産とか派閥とかで決まるわけでも無いんじゃないかと思うんだよね。
現に、スタンリー様とシャルロット様の結婚は、スタンリー様が知的なシャルロット様に一目惚れしてからの熱烈アタックで成就したものだって聞いたし。
つまりは、多少は本人の意向も考慮されるはず。
と、いう事は、超絶美少女のエルミーユ様を娶ろうと、打診してくる男性が列を作っていてもおかしくない筈なのだ。
その全員が、エルミーユ様より弱いってあり得るだろうか?
答えは、ポリーちゃんの言うように否だと思う。
「じゃぁ、なんでエルミーユ様に決まった婚約者が居ないの?」
「……以前、エルミーユ様が仰ってた事なんですけど……。スペンサー家は領主様もシャルロット様も、レンヴィーゴ様も、もちろんエルミーユ様も凄い人、ですよね? それでエルミーユ様と結婚するという事は、エルミーユ様が相手の方の家に入る事になるはずですけど、スペンサー家とのつながりが出来る事は間違いないわけで……その時に、お相手の男性が何をやってもスペンサー家の人達より上に行けるものが無いのは、本人が惨めになるだけだって……。だから、貴族家の一員として何か一つでもスペンサー家の誰と比べても一番になれる様なものが無い男とは結婚できないと……」
うわぁ……。
それって、貴族として必須とされる分野については、スペンサー家の誰かしらがトップクラスに位置しているって事じゃん……。
あ、だから『私より強い』じゃなくて『私より優れている』なのか。
わたしとポリーちゃんが小声でそんな話をしていると、トテトテとマールがわたしの所に戻って来てて、訓練場の中央ではスタンリー様とエルミーユ様の対戦が始まっていた。
対戦と言っても、実際には対人稽古なんだろうけど、エルミーユ様の気迫がスゴイ。
気合の声と共に、剣を振るう様はさっきまでの子供達とは全く違う。
さすがはお転婆姫。
目にも止まらぬスピードで剣撃を打ち込んでいく姿は、美しい舞のようにも見える。
……速すぎて、良く分からないけど。
フィギュアスケートとか体操とかの採点競技で、素人には細かいミスとか分からないのと同じで、刀剣を用いた戦いも細かい所は良く分かんないんだよね。
フィギュアスケートなんて、普通に見てたら三回転ジャンプなのか三回転半なのか、それとも四回転したのかも良く分かんないし。
それと同じで、見ていてエルミーユ様が攻撃を仕掛けてスタンリー様が受けに回っているって言うのは分かるんだけど、それがどの程度の攻防なのか、どっちが優位に立っているのかなんてのは全く分からない。
ただ、表情から読み取る限りだと、スタンリー様には余裕がタップリ残っているように見える。
これはラッキーパンチ的な物も期待するのは厳しいかも。
そんな事を考えていると、わたしと同じように、父娘の攻防をジッと見つめていたマールがつぶやいた。
「スタンリーしゃま凄いにゃ~」
「え!? マール、あれが見えるの?」
「?? ルミしゃまには見えないにゃ?」
「わたしに見えるはずないじゃん!」
思わずそう答えてから、猫は動体視力は凄いって聞いた事があるのを思い出す。
動体視力っていうのは、動いているモノを認識するチカラ。
野球選手が投げられたボールの縫い目が見えるなんていうのは、この動体視力というのが優れているからなんだそうな。
もちろんわたしにそんな特殊能力は備わっていない。
この世界に転移してきたとき、神様からチート能力貰えなかったしね。そもそも神様に会えてないけど。
「スタンリーしゃまは、エルミーユしゃまの攻撃を全部弾いてるにゃ」
マールに言われて改めて見てみると、たしかにスタンリー様は右手に持った木剣でエルミーユ様の放つ連撃を全て弾いているように見える。
逆に言えば、すべての攻撃を弾く事で、最初の場所から一歩も動いていない。
スタンリー様……バケモノか。
猫って動体視力が高いというのは知っていたんですが
この話を書いてる時にちょっと調べてみたら、人間の4倍なんだとか。
でも、どこがどう4倍なのかは全く分かりません。
あと、サブタイトル変更しました。
もっとサクッとお話が進む予定で付けたサブタイトルだったんですが……
この作品のお話のテンポも他の方の作品の4倍くらいのような気がします。
もちろん、4倍速ではなく、4倍の時間かかっているという意味で……




