訓練 4
訓練場に集まっている子供達が、一人の男性に注目している。
わたしは、マールやエルミーユ様、ポリーちゃん、ノエル君と固まって、同じ様に男性に視線を送っていた。
わたし達の視線の先に立っているのは、この領地の領主のスタンリー様だ。
最近、執務室で書類仕事ばかりだったから、たまに顔を見かけた時でも|萎≪しお≫れたような表情が多かった。
だけど、この日のスタンリー様は違う。
執務机から解放されたスタンリー様は、緊張に張り詰めた表情の中にも、どこか子供たち以上に活き活きワクワクしているような目をしている。
よっぽど書類仕事が嫌だったんだね……。
スタンリー様の両隣には、二人の大人の男性。
一人は、目測で190センチくらいはありそうなくらい背が高く、筋骨隆々といった感じの男性。たぶんスタンリー様と同世代くらいかな?
もう一人は中肉中背といった感じの、やっぱりスタンリー様と同世代くらいの男性。
以前、レンヴィーゴ様にギーンゲンの村を案内してもらった時に、見た覚えがある人たちだ。失礼ながら名前は憶えてないけど。
背が高く筋骨隆々な男性は、町唯一の酒場で働いてる人だった記憶がある様な無い様な。
もう一人の中肉中背の方の男性は、何となく紹介してもらった印象はあるんだけど、全く記憶に残っていない。
紹介してくれたのは有難かったけど、一度に覚えきるには人数が多過ぎだったんだよ!
それに、同じ日に紹介してくれた中に、ファンタジー異種族のドワーフまで居たんだよ!? 普通の人なんて、記憶に残るはずが無いじゃん!
それでも、なんとか名前を思い出そうと頭をひねっていると、みんなの視線の先にいるスタンリー様がゴホンッと一つ咳払いをした。
「あー。ちょっと聞いてくれ。皆も知っているとは思うが、昨日、猟師のブルーノが森で魔物に襲撃されて大きな傷を負った。ブルーノ本人によると、その魔物は今まで見た事がない姿をしていたらしい。今、ブルーノの話を基に、ウチのレンとシャルロットが色々調べているが、まだ魔物の正体は分かっていない」
スタンリー様が話し始めると同時に、子供達がざわつき始める。
女の子たちは怯えたような表情で近くの者同士で寄り添って、お互いの身体に縋っている。
だけど、男の子たちは分かっていないのか、それとも強がっているのか、さっきまでと特別変わった様子は見えないね。
「領民の安全を守るのは、領主である俺の義務だが、もし魔物が攻めてきたとき、みんながあちこちに散らばってると、助けに行くのが間に合わなくなる事もあるかもしれない。なので、もし村に魔物が攻めてきたら、みんなはすぐに神殿に避難して欲しい」
スタンリー様がそう言い終わった所で、わたしの隣に立っていたマールが小さく首を傾げる。
「どうしたの、マール?」
「にゃぁ……。訓練って言ってたのに、戦わないのにゃ?」
ションボリ顔のマール。
「ん~。わたし達は戦わないで避難って事になるんじゃない? レンヴィーゴ様とかの話だと、この領地って強い人が多いらしいし?」
スペンサー領は、もともとスタンリー様が立ち上げた傭兵団を母体としている。
もちろん領民の全てが戦闘が得意って訳じゃないんだろうけど、それなり以上に戦いには慣れているはずだ。
わたしとしては、わたし自身が戦いに参加しても役に立つとは思えないし、逆に足を引っ張る結果になると思っている。
なので戦闘訓練なんて必要ないと思っているんだけど、マールは違うみたいだ。
「なに? マールは戦闘訓練にも参加したいの?」
隣に居たエルミーユ様にも聞こえてたみたいで、会話に混ざってくる。
「にゃぁ……」
そう小さく返事をして、頷くマール。
「たたかうの、いたいよ?」
「でも、戦わないと守れない事もあるにゃ」
マールは、心配そうなノエル君に真剣な表情で答えた。
「それなら、避難訓練の後にちょっとだけ戦闘訓練もするはずだから、ちょっと参加させてもらえば良いじゃない。今日は、ある程度の年齢の子には戦闘訓練もさせる予定らしいわよ?」
「マールも参加して良いにゃ!?」
「もちろんよ! 私から父様に話をしてあげるわ。……ルミも参加する?」
……え?
運動が苦手で、ケンカもした事が無いわたしが戦闘訓練ですか?
ちょっと前に魔法の訓練はやったけど、あの時以来、魔法も使ってないわたしが?
「ちなみにどんな訓練なんですか?」
「んっと、ちょっと聞いた話だと、今日は子供が多いでしょう? だから各自が家で出来る訓練の方法を教えるって感じみたいね。走り込みとか、木剣の素振りとかね。あ、魔法はやらないらしいわよ。魔法が使える子はまた別の日に時間を割くって言ってたわ」
あれ? それってわたしとマールは、もう一日訓練に参加しなくちゃならないって事?
わたし達がヒソヒソと話をしていると、不意にポリーちゃんに袖を引っ張られた。
不思議に思って振り返ってみると、ポリーちゃんは困ったような顔でスタンリー様達の居る方向を指さした。
ポリーちゃんの指が示す先を見てみると、スタンリー様が苦笑していた。
「話は終わったか? そろそろ、神殿への避難する練習をしたいんだが?」
気まずい。
「すいませんっ! 話は終わりました! 大丈夫です!」
そんなわたしの反応を見て、周囲の子供達が面白そうに笑っている。
偉い人が話をしているときはちゃんと聞いてなきゃダメだよね。……反省。
「それじゃ、話も終わったようなので、神殿に向かうぞ。年長の子は小さな子たちの面倒を見ながら、小さな子は年長の子の言う事を聞きながら、慌てず騒がず落ち着いて行動するようにな」
はーいという元気な返事がそこかしこであがる。
その返事に満足そうに頷いたスタンリー様がチラリとエルミーユ様の方を見た。
「エルミーユはこの中では年が上の方になるからな。先頭を走って、皆を引っ張って走ってくれ」
「分かったわ、任せといて」
「ちゃんと後ろの事を気にしながら走るんだぞ? 他の子供たちを引き離したりしないようにな? わかってるか? 競争じゃないんだからな?」
「そんなこと分かってるってば!」
プンプンと怒った様子のエルミーユ様に、周りの子供達がまたも笑いだす。
スペンサー領に居ると、お貴族様のイメージがドンドン崩れていくよ……。
マールは戦闘訓練を頑張って、強くなってルミを守れるようになりたいと思っているらしいですが・・・
チート積んで「俺TUEEE」させるか、常識的な強さに落ち着かせるべきか。
それとも、「訓練したってみんながみんな強くなれるとは限らないよね」っていう感じに持って行くか。
こういうので悩むのも楽しいです (*‘ω‘ *)
20211123 サブタイトル変更しました <(_ _)>




