訓練 1
ブルーノさんという人が荷馬車に乗せられスペンサー家の敷地に担ぎ込まれた。
遠目なのでハッキリとは分からないけど、ブルーノさんの状態は、すぐさま命に係わるって感じには見えない。
意識はしっかりあって、今もうめき声を上げながら必死に痛みをこらえている様子が見て取れる。
ブルーノさんの脇で体を支える役目をしていた男性が、荷馬車から飛び降り玄関まで走り出したのと同時に、玄関の方からレンヴィーゴ様が現れ、すぐに荷馬車の方に駆け寄っていく様子が見えた。
その様子を、わたしは二階の窓から見下ろしながらオロオロする事しか出来ない。
何かした方が良いのかな? 何か出来る事があるかな?
「あの、わたし達も下に行った方が良いでしょか?」
「やめておいた方が良いわよ」
「なぜですか? 何かお役に立てる事があるかもしれないですし、少しでも人出が多い方が良くないですか?」
「レンが行ったから、もう大丈夫よ」
「でもっ……」
「大丈夫だってば。……それに、男の人って気にするでしょう?」
何を気にするというのだろう?
エルミーユ様の言葉の意味が分からず、思わず首を傾げてしまう。
「男の人って、異性にカッコ悪い所を見られたくない生き物なのよ。相手がどんな異性であってもね」
あぁ。なんとなくエルミーユ様の言いたい事が分かった。
確かに、父さんとかは娘のわたし達に対してさえカッコ悪いところを見せたがらなかった気がする。
そう考えれば、確かにわたし達は姿を見せず、気が付いていない振りをしてあげた方がブルーノさんにとっては良いのかもしれない。
わたし達がそんな話をしている間にも、レンヴィーゴ様はブルーノさんの様子を確認して、小脇に抱えていた木箱から小さな瓶を何本か取り出していた。
その中の一つは、わたしも見覚えのあるポーションの瓶だ。
ポーションの蓋を取ったレンヴィーゴ様は、ブルーノさんの上体を起こすと口元にポーションの瓶を突き付ける。
ありゃ。ブルーノさん、思いっきり顔を背けちゃったよ……。
まぁ、あの味を知ってるなら、仕方ない。仮にあの味を知らなかったとしても、あの匂いが鼻を刺激したら顔を背けちゃうと思うけども。
ブルーノさんが顔を背けたのを見たレンヴィーゴ様は、ムッとしたような表情を浮かべて周りの男の人たちに指示を出す。
指示を出された男の人たちは、ブルーノさんの両脇からガッチリと身体と頭を固定。
レンヴィーゴ様が身動きの出来なくなったブルーノさんの口にポーション瓶を無理矢理突っ込んだ。
無理矢理ポーションを飲まされて、もがき苦しむブルーノさん。
分かる。分かるよ。ホント不味いもんね、そのポーション。
「うわぁ……」
「飲みたくないのは分かるけど、仕方ないわよ。飲まなければ治らないんだから」
わたしの隣で一緒にその様子を見ていたエルミーユ様が、苦笑するような、それでいてどこか安心したような表情で言った。
ポーションが間に合ったって事で、ひとまずは一安心って所なのかな。
引き続き、レンヴィーゴ様達の様子を見ていると、ポーションの後にも二本の瓶をブルーノさんに差し出している。
「あの、あとから渡した二本の瓶はなんですか?」
「よく見えないから分からないけど、血が流れ過ぎって判断したのかもしれないわね。もう一本は、毒を中和する薬かもしれないわ」
「毒、ですか?」
「多分だけどね。もし毒ならちょっと騒がしくなるかもしれないわよ……」
エルミーユ様はそう言って考え事を始め、ブツブツと口の中で何やら呟きはじめた。
蛇とか蜘蛛とか蜂とか。毒を持った生き物の名前が聞こえる。
怪我の原因となった相手を特定しようとしてるのかな?
エルミーユ様の考え事が終わる前に、ブルーノさんの治療は終わったようだ。
馬車から降ろされたブルーノさんが、肩を支えられながらお屋敷の玄関の方に向かっていくのが見えた。
「何があったのか、父様に報告するみたいね。もしかしたら、討伐隊が組まれるかも」
「それってどういう……?」
「あの怪我をしていたブルーノって、うちの領の若手の中ではかなり優秀な狩人なのよ。その彼が逃げる事も出来ずにあれだけの大怪我をするって事は、それだけ危険な魔物が近くまで来ているって事になる。そんなのが村の近くをウロウロしてたら、戦うことが出来ない女性や子供が犠牲になっちゃうかもしれないでしょ?」
「被害が出る前に退治してしまおうって事ですか?」
「そういう事ね」
確かに、そんな危険な魔物が森の中に潜んでいるとしたら、怖くてゆっくり寝る事も出来ない。
日本でも、たまにクマが町中に出没して猟師の人たちが対応したなんて話があった。
わたしが住んでいた所は、クマが出るような地域じゃなかったから、当時はあんまりピンと来なかったんだけど、実際に自分がその町に住む立場になると、正直怖い。
しかも、ここはわたしが住んでいた世界とは違う。クマよりも恐ろしい魔物と呼ばれる危険生物が徘徊している世界なのだ。
人の住んでいる場所だから、ちょっと油断していた部分があるけど、村の外へ一歩踏み出せば、すぐにでも襲われる可能性だってゼロじゃないのだ。
今更ながらにその事実に思い至ったわたしがガクガクと震える身体を必死に押さえつけていると、エルミーユ様が優しく肩を抱きしめてきた。
「心配しなくても大丈夫よ。ウチの領はもともと傭兵上がりの集団なのよ? 若い世代だって戦闘訓練はしてるし、親世代から色々教わって、実際に森で討伐してる。うちの領民からすれば、魔物の討伐なんて農民が小麦を収穫するような物でしか無いわ」
そう言って笑うエルミーユ様が頼もしい。
いや、エルミーユ様が討伐するわけじゃ無いだろうけどさ。
やっとお屋敷の外のお話になりそうです
あと3話くらいしたらですがw
20211123 サブタイトル変更しました <(_ _)>
だってだってだって! サクッと話が進む予定だったんだもん!(´;ω;`)ウゥゥ




