検証作業 20
マールを模したぬいぐるみには、マールの被毛を入れた。
ポリーちゃんの作った角ウサギのぬいぐるみには、同じく角ウサギであるノエル君の被毛を入れる事になっている。
そうなると、問題になるのがエルミーユ様の作ったドラゴンのぬいぐるみだ。
日本のラノベやアニメ・ゲームとかだと主人公にあっさり倒されちゃう事も多いドラゴンだけど、この世界では違う。ムッチャ強いらしい。
具体的にどのくらい強いかというと、今わたしの居るアルテジーナ王国を建国した初代国王ラトウィッジ・アルテジーナは自身を含む仲間たちの圧倒的な武力で周辺地域を平定したらしいんだけど、そんなラトウィッジ・アルテジーナでもドラゴンと闘う事は可能な限り回避しようとする程。
もちろん、ラトウィッジ・アルテジーナ個人ではマトモな戦闘になんかならなくて、大軍を率いての総力戦で何とか追い返すことが出来るかどうかという位らしい。
しかもそのドラゴン戦に参加する兵士たちのほとんどは死を覚悟しなくちゃならないとか。
そんなドラゴンの身体の一部をどうやって手に入れるのか。まぁ、普通に考えれば不可能だよね。
「姉上のドラゴンのぬいぐるみには、なにか代替できそうな物を入れてみるしかありませんね」
「そんなのあるの?」
「例えば、ワームやワイバーン、他にはレッサー種と呼ばれるドラゴンあたりですかね」
「それだって、そう簡単には手に入らないじゃない!」
ワームとかワイバーン、レッサー種っていうのは、ドラゴンに近いけどドラゴンではないモンスターらしい。
この世界ではまだ生物の分類とかの考え方が進んでるわけじゃ無いから、ドラゴンとワームやワイバーン、レッサー種の関係は見た目が似てるとかの判断でしか無いらしく、本当にドラゴンの近縁種なのかは不明だ。
「確かに、普通なら手に入れるのは難しいでしょうが……。レッサー種なら父上が若いころに何度か討伐した事があるはずです。今でも鱗の欠片位なら持ってる人が領内に居るかもしれませんよ」
以前にレンヴィーゴ様から聞いた話によると、ここスペンサー領の成り立ちは、もともとスタンリー様が中心になって立ち上げた傭兵団にあるという事だった。
貴族家の三男として生まれ家督を継げないスタンリー様は、成人と同時に騎士団に入利そこそこ出世をするも、騎士団上層部である他家の子息とそりが合わず退団。その後、傭兵団を立ち上げて、国中を回りながら各地で依頼を受けつつ仲間を増やし、やがて隣国との戦争で活躍した事を認められ、新たな貴族家として爵位と領地を貰ったらしい。
その為、初期の領民のほとんどは元々の傭兵団の関係者で、傭兵団として活動していた時の戦利品の一つであるパチモノドラゴンの鱗やら爪やら角やらが残ってても不思議じゃないんだとか。
「もしかしたら、父上も持っているかもしれません。あとで聞いてみましょう」
「もし無かったら?」
「その時はその時ですが……。森に入って蛇かトカゲでも捕まえてきましょうか?」
「蛇もトカゲも嫌に決まってるでしょ!」
まぁ、エルミーユ様からすれば、ぬいぐるみに蛇やトカゲの身体の一部を入れられても嫌だよね。わたしだって嫌だ。
二人の話を聞いていると、レンヴィーゴ様は実はエルミーユ様のドラゴンぬいぐるみにはあんまり期待してない様に感じるね。対応がおざなりというか……ポリーちゃんの角ウサギぬいぐるみの方が、まだ期待してそうというか。
レンヴィーゴ様からすると、エルミーユ様のドラゴンぬいぐるみでの検証は、ポリーちゃんのぬいぐるみの予備でしかないのかも。
わたしがそんな事を考えていると、レンヴィーゴ様とエルミーユ様の話が終わりを迎えていた。
どうやら、レンヴィーゴ様が当時のパチモノドラゴンの素材が残っていないかをあちこちに聞いて手配してくる事になったっぽい。
それで、どうしてもパチモノドラゴンの素材が入手できなかったら、蛇やトカゲではなくマールの毛で検証をするそうな。
そうして話に決着が付いた頃、ポリーちゃんが黙々と進めていたノエル君から被毛を貰って、巾着袋に入れて、それをぬいぐるみに押し込むという作業も終わっていた。
「あの、ぬいぐるみにノエルの被毛を入れ終わりました」
ポリーちゃんが、遠慮がちに手を小さく上げる。
「お。終わりましたか。それではルミさん。早速お願いします」
レンヴィーゴ様にワクワク顔で言われて、わたしは大きく頷く。
自分で作ったぬいぐるみの時に、予想に反して命が宿ることが無かったので、今回も無理そうって思ってるんだけど、それは表情には出さない。
わたしは皆が見つめる中、さっきと同じように魔導書を取り出し、もう片方の手にポリーちゃんから受け取った角ウサギぬいぐるみを抱えると魔導書の魔法陣へゆっくりと魔力を流していく。
結果は、当然失敗。
またも何も起こらず、ぬいぐるみはぬいぐるみのままだった。
その結果に、チョットしょんぼりしているポリーちゃん可愛い。
「何も変化は有りませんでしたね」
「そうですね。 何か、根本的な部分で足りて無い様な気がします。それが何なのかは全く分からないですけど」
わたしとレンヴィーゴ様の二人で角ウサギぬいぐるみを確認しながら何が足りないのかと悩んでいると、お屋敷の外が賑やかになってきた。
聞こえてくるのは動物の足音と複数の男の人たちの声。男の人達は急かすような言葉や励ますような言葉を叫んでいるようだ。
「何かあったのかしら?」
他の人たちにも外の喧騒は聞こえているらしく、エルミーユ様が外を気にするような素振りをしながら小さくつぶやいた。
わたしも、慌てているような雰囲気が気になったので、窓の近くにまで歩み寄ると音のしている方向へ視線を向ける。
そこにはお屋敷に向かって進んでくる荷馬車が一台。御者台に一人の男性、荷台の上に横になっている男性、その男性が揺れ落ちないように支える男性が見えた。
「あっ!」
荷台に寝かされた男性は怪我をしているらしく、お腹のあたりを中心にして真っ赤に染まっているのが遠目でも分かるほどだった。
「誰か怪我してるみたいです!」
わたしがそう叫ぶと同時に、レンヴィーゴ様が窓の外を確認する事もなく部屋から飛び出していく。
レンヴィーゴ様の背中を見送ったエルミーユ様はゆっくりと立ち上がるとわたしの隣にまで来て窓から外の様子を見下ろした。
「……ブルーノ、ね」
「ブルーノ?」
「怪我してる人の名前よ、ブルーノ。腕の良い猟師なんだけど……。まぁ、息はあるみたいだし、すぐにポーションを飲ませれば、きっと大丈夫よ」
エルミーユ様の言葉にちょっとホッとしてしまう。
わたしが居た世界だったら、あれだけ大量の血が出ていると、かなりヤバい感じになると思う。だけど、この世界にはポーションがある。
わたしも何度かお世話になってるけど、味さえ我慢できれば無茶苦茶優秀な治療薬で、傷跡さえも綺麗サッパリ無くなってしまう程だ。
たしかに、ポーションを飲ませることが出来れば無事に何とかなるんじゃないかと思える。
……味さえ我慢できれば。
とにかく不味いんだよね。幸いな事にいつまでも口の中に残るって訳じゃないんだけど、ホントに不味い。
毒の類と言われても信じてしまいそうなくらい不味い。不味いったら不味い。
マールなんて、臭いだけで毒だと信じちゃったくらい不味い。
「まぁ、あれだけ血が出てるとしばらくは安静にしてないとだけどね。でも命に係わるような事は無い筈よ」
エルミーユ様が、そう自分に言い聞かせるようにつぶやく。その言葉とは裏腹に、その美しい顔は不安に曇っていた。
途中に名前の出ている『ワーム』ですが
バス釣りで使う疑似餌としてのワームの方を先に知っていたので、そっちに引っ張られてしまい
どうしても強いモンスターというイメージが沸きません・・・
もしかしたら、語源とか同じだったりするのかしら?




