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検証作業 19

 みんなで屋敷中を探し回り、ようやく見つけたマールを部屋に連行する。これから何が始まるのかと不安でおびえているマールはまさに借りてきた猫状態だ。

 わたしはそんなマールを抱っこした状態で椅子に座る。


 わたしの右隣にはノエル君を抱っこしたエルミーユ様、左隣の席は空いていて、正面にはレンヴィーゴ様が座っている。ポリーちゃんはお茶の準備を進めてくれているので、紅茶の芳醇な香りが部屋に漂っている。


「な、何がはじまるにゃ?」


 部屋に集まったメンバーをビクビク見回しながら尻尾を丸めて身体を強張らせているマール。

 すっかり怯えちゃってるねぇ。


「怖い事なんかしないよ、ちょっとマールに手伝って欲しい事があるだけ」


 緊張と恐怖をほぐす為、出来るだけゆっくりとした優しい声でそう声を掛けて、ついでに頭も撫でてあげる。

 ココ、結構、猫が喜ぶポイントなんだよね。なぜかは知らないけど。もしかして、マールだけだったりするのかな?


「何をするにゃ?」

「んっと、特異魔法の検証のために、マールの毛を分けてもらいたいんだよ」

「毛? それだけにゃ?」

「うん。とりあえずそれだけ」

「それなら簡単にゃー」


 マールは安心したような表情でそう答えて、すぐに二の腕あたりから一つまみの毛を引き抜く。


「これでいいにゃ?」

「うん。それで十分だと思うけど……。マール、ブラッシングしないとヤバくない?」

「にゃ!? だ、だ、だ、だいじょうぶにゃ!」


 この辺の季節がどうなってるか分からないけど、日本に居た数週間前はまだ四月にもなっていなかった。そしてわたしがこの世界に来てしまってからまだ一か月も経っていない。


 つまりは換毛期、冬毛から夏毛に変わる時期だ。

 完全室内飼いだったマールは、エアコンのおかげで明確な換毛期っていうのは無かった。一年通して毛が生え変わり続けてる感じっていうのかな。


 だけど、この世界は違う。エアコンなんて文明の利器はなくて、室内温度は外気の影響を受ける。

 つまり暑い寒いがある。暑い寒いがあるという事は、マールにも換毛期が来るという事になる。


「そういえば最近、動物の毛のようなものがあちこちに……」


 これは、紅茶を淹れながら話を聞いていたっぽいポリーちゃんの言葉。


「あ、やっぱり抜け毛落ちちゃってる? ごめんね。マールにはあとでブラシかけておくから」

「いえ、ちょっと気になった位だったので大丈夫です」


 普段、わたしが魔法の勉強とかしてる時には、ポリーちゃんはお屋敷の仕事をしてるから、掃除の時とかに気が付いたのかもしれない。

 うちのマールが迷惑かけててごめんよ。


 マールについてはブラッシングだけじゃなくて爪切りもしてないから、そっちも手配しなくちゃなぁ~なんて事を考えながら、マールから受け取った毛をそのままレンヴィーゴ様に差し出す。


「こちら、マールの毛ですけど、どうしましょう? 何か調べますか?」

「いえ、そのまま他の人が触らないようにして、ぬいぐるみの中に挿入してみてください。もしそれで魔法が発動するようなら、次は同じ条件で他の猫やノエルの毛で試してみて、違いがあるようなら改めてマール君に毛を提供してもらうというのはどうでしょう?」


 なるほど。

 たしかに言われてみれば、今の段階でマールの毛を調べてもあんまり意味はないかも。

 普通の猫の毛を使った実験もして、結果に違いがあったら調べるっていうのでも十分な気がしないでもない。


「分かりました。それじゃ早速やってみますね」

「出来るだけ、マール君の時と同じようにやってみてくださいね」


 わたしはコクリと頷くと、膝の上のマールにどいて貰って早速作業を始める。


 まずは小さな巾着袋を作って、その中にマールの毛を突っ込む。これは、ぬいぐるみに直接バラバラの毛を入れてしまうと綿の詰め替えをするときに面倒になるから考え出した方法だ。マールのぬいぐるみを作った時には、まさかそのぬいぐるみが動き出すとは思わなかったし。

 今回の検証で命が宿るような事があれば綿の交換なんて必要なくなるんだけど、マールのぬいぐるみを作った時と同じ様にっていうオーダーだから巾着袋を用意したのだ。


 巾着袋が出来たら、次はぬいぐるみ本体の綿入れ口部分の糸を切る。これは後々目立たない部分でありながら綿の出し入れがしやすい首の付け根部分。実際には首なんて無いけど。たいてい頭がそのまま胴体にくっ付いてるから。

 服を着せたりスカーフを巻いたりすれば隠れちゃう場所ってだけじゃなくて、抱きしめた時に気にならない場所でもある。これ意外と重要。


 綿入れ口から巾着袋をねじ込んで、出来るだけ綿の中心まで押し込んでから再び縫合。

 これで、マールの時と同じになったはずだ。


「できました」

「早いですね。それじゃ、魔法を使ってみて貰えますか?」


 前回の血が付いたままなので、新たにわたしの血を付ける必要はないのかな?


 これまでと同じように片方の手でぬいぐるみを抱えながら、体の中の魔導書を取り出して特異魔法の魔法陣に魔力を流す。


 わたしの予想だと、これでぬいぐるみに命が宿る。もしダメだったとしても、今までとは違う反応があるはず。


 魔法陣に魔力を流す事で魔法が魔導装具である指輪に伝わり淡く光り始め、そこで終わった。


 森の中では、ぬいぐるみが光ってその光が収束した時にはぬいぐるみがマールになってた。それが今はぬいぐるみが光る所まで辿り着けない。


 ……なんで?


「動かないわね」


 これまでポリーちゃんが淹れたお茶を飲んでいただけのエルミーユ様が静かに言う。


「動きませんね。ルミさん、マール君の時との違いで思いつくものはありますか?」


 レンヴィーゴ様に聞かれて考えてみるけど、違う箇所なんて正直いくらでもある。ありすぎて、どれが本当の原因なのか分からない位だ。


「場所も違いますし時間帯も違いますし、ぬいぐるみの素材も違います」

「マール君の時には森の中でしたね。つまりは屋外じゃないと駄目という事でしょうか? たしかに、魔力の回復などは屋外の方がわずかに早いと言われていますが……。時間帯で何かが変わるというのは聞いた事がありませんね」

「あの、わたしが居た世界だと『逢魔時』というのがありまして……」

「オウマガトキ? それはどういうものですか?」

「夕方の昼と夜の境目となる時間の事で、妖怪とか魔物とかに遭遇しやすいとか悪いことが起こりやすい時間帯っていう迷信があるんです」

「それは興味深いですね。マール君の時もその『オウマガトキ』だったと?」


 思い返してみるけど、マールのぬいぐるみに命が宿ったのはまだ明るかった気がするんだよね。ちょっと離れてても、顔とかはハッキリ見えてたわけだし。


「ん~、レンヴィーゴ様と会った時間でもまだチョット明るかったですよね? 逢魔時はもっと遅い時間の事を言うはずなんです。だけど、わたしの居た世界とこちらの世界では少しくらいズレてるかもしれないですし……」


 わたしが居た世界とこの世界。起きる時間やベッドに入る時間が違うのだから、逢魔時が違っても不思議じゃない気もするし、妖怪とか魔物とかが活発に動きだすタイミングは人の営みとは関係ない様な気もする。

 ……ぶっちゃけ、わかんない。


「僕とルミさんが初めてあった時は昼と夜の境目というにはちょっと早い時間でしたね。ルミさんが視界に入った時には、可愛い子がいるなって思ったくらいですから」


 目の前に、見た目だけなら正統派美少女のエルミーユ様と、少し内気で大人しい感じの小動物系美少女ポリーちゃんが居るからなぁ。お世辞にしか聞こえないよ。


「……夜行性の動物や魔物なども居るわけですから、時間帯が全く関係ないとも言い切れないという感じですかね」

「自分で言っておいてなんですけど、可能性はあるかもしれないって位だと思います」


 そう言って、お互いに苦笑い。

 わたしだけじゃなくて、レンヴィーゴ様も可能性は低いって考えてるな、これって。


「とりあえず、ルミさんの作ったぬいぐるみと同じ事を、他の人が作ったぬいぐるみでもやってみましょうか。場所や時間帯については、ここで出来る事を一通り終わらせてからもう一度考えるって事にしましょう」

「わかりました。じゃ、ポリーちゃん?」

「はい。なんでしょう?」

「ポリーちゃんの作ったぬいぐるみには、ノエル君の毛を入れた方が良いと思うの。さっきわたしがやったみたいに巾着袋を作って、ぬいぐるみに入れてみてくれる?」


 わたしがそうポリーちゃんに言うと、それを隣で聞いていたエルミーユ様がガタンと椅子を撥ね退けて立ち上がった。


「ちょっと待って! それじゃ私はどうするのよ? ドラゴンの毛を入れろっていうの? ドラゴンに毛なんて生えてないわよ!?」


 被毛が駄目なら鱗を入れれば良いじゃないって言ったら怒られるかな?

今日9月21日はフランスの君主制が終わった日らしいですね。

なので最後の一行、被毛がダメなら~というのは、有名な『パンが無いならお菓子を食べれば良いじゃない』という言葉を捩ってみました。

でも、実際にはマリー・アントワネットの言葉では無いらしいです。

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