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異世界人との遭遇 3

「えっと、猫くんの耳には貴方の言葉は僕と同じ言葉に聞こえているはずです。猫くんに向けて語りかけた言葉は、今まで貴方達が使っていたそのままの言葉に聞こえるはずですが……。それよりも先に、腕の怪我を治してしまいましょう。先程の小瓶は癒やしの薬液なので、一息で飲んでしまって下さい。少し苦いかもしれませんが……」


 言葉が通じるようになっても、やっぱり飲まなきゃダメなのね……。

 いやいや、そんな事より突然言葉が通じるようになった事の方がよっぽど重要なんだけど! あれって魔法? 魔法って言ってたよね!?

 目の前の少年に色々聞いてみたいけど、そのためには、まず薬を飲まないとダメな感じだ。


 どこともしれない森の中で出会った少年に差し出された小瓶。尋常じゃない臭いを発している。

 わたしは覚悟を決めると、息を止め、臭いが鼻に届く前に一気に呷った。


「ルミしゃま!」

「うげぇ……」


 まずい。スゴイまずい。美味しくない。っていうか、これって、人が口に入れて良いものなの? 毒じゃなかったとしても、お腹の調子とかが悪くなりそうなんだけど……。

 わたしがあまりの不味さに溢れる涙を堪えていると、お腹のあたりに熱を持った塊のような物が生まれ、小さく分裂して体の隅々まで駆け巡るのを感じた。

 身体中を駆け巡る塊が、お腹に戻ってきた頃。気がつけば、腕の痛みも、口の中に残っていた苦味もキレイに消えていた。

 わたしは恐る恐る、包帯代わりにしていたマールのマントを解くと、傷があったはずの場所を確認する。

 だけど、そこにはコボルトの剣に斬られたはずの傷はなく、流れ出した血のあとが残っているだけだ。


「……アレ?」

「ルミしゃま!? 傷が無くなってるにゃ!」


 わたしとマールが斬られた傷を探す様子を見て、森の中で出会った少年は苦笑を浮かべているのが見えた。


「無事に薬が効いたようですね」

「あ、はい。えっと……ありがとうございます」


 わたしがお礼を言うと、少年は安心したような笑みを浮かべて小さく頷き、視線をマールへ移す。


「さて、それではそちらの猫くんも言葉を覚えて貰ったほうが良さそうですね」


 マールを見る少年の目は、なぜか新しいおもちゃを手に入れた子供のようにニコニコしていた。


*      *      *


「さて、それではお互いに言葉も通じる様になったので、いろいろ聞かせて頂きたいのですが、よろしいですか?」

「あ、はい」


 茶褐色の髪を持つ少年が、またも手品の様に本を仕舞いながら問い掛けてきた。あの本はどこに消えたのか。背中側に隠せる場所でもあるのかな?

 マールはといえば、焦点の合っていない目で虚空を見上げ、口からエクトプラズム的な何かを出してグッタリしている状態。文字列の蛇が頭の中を駆け巡ったダメージがわたしより酷かったっぽい。


「こんな森の中なので、椅子もテーブルも無く、申し訳ないですが……」


 少年は、そう言いながら、バッグの下部に括り付けられていたバスタオルくらいの毛布を地面に敷いて、そこに座るように促される。

 毛布は一枚しか無かったので、少年自身は地べたに直接お尻をつけて座っている。なんだか申し訳ない気持ちになったけど、せっかくなので、毛布の上に座らせてもらう。男の子が女の子に譲ろうとしているのを固辞するのも、それはそれで申し訳ないしね。


 わたしみたいな相手でも、ちゃんと女の子扱いしてくれるんだから、きっと紳士で礼儀正しい人なんだろうし。


 少年は、わたしとマールの正面に座ったまま、バッグの中をゴソゴソとかき回して、大小様々な革製の巾着袋を取り出し、目の前に並べていく。

 その次に取り出したのが、巻物のようにクルクルと巻かれた紙。あれって羊皮紙ってやつなのかな? 普通の紙とは違うみたいだけど。

 少年が、ちょっと厚手の紙を地面に広げると、そこには円環状の模様のような物が描かれているのが見える。これって、もしかして魔法陣? 三角形とか六角形とか六芒星、あとは記号のような文字が円で囲まれてる感じの図形だ。

 昔、日本でも話題になったミステリーサークルみたいにも見えるね。


 少年は広げた紙の上に、小さなお鍋とマグカップの中間のような器を置くと、その上に左手をかざす。

 すると、左手の中指に嵌めてある指輪が小さく光り始め、その光の中から水が流れ出してきた。

 少年は指輪の光から出てくる水を、零さないように器に注ぎ入れ、器が水で満たされると羊皮紙の魔法陣に手を添える。

 その瞬間、魔法陣が淡い光を放った。

 わたしとマールが驚いているうちに、器の中の水がうっすらと湯気をあげ、コポコポと泡立ち始める。これって紙に描かれた魔法陣がコンロみたいな役割をしてるって事?

 沸騰しはじめたお湯の中に小袋から取り出した乾燥した葉っぱのような物を一摘み。沸騰したお湯の中で葉っぱが舞い踊ると、更に陶器製の小瓶からハチミツのようなものを投入し、小さなナイフでかき回してから、わたしに向かってカップを差し出してきた。

 思わず受け取ってしまうわたし。仄かな香が鼻孔をくすぐる。


 カップの中を覗き込んでみると、オレンジ色がかった茶色の液体。これってハーブティーかな? 日本にいた頃はあんまり飲んだこと無かったけど、レモンみたいなフルーティーな香りで美味しそうだ。

 わたしは受け取ったカップと注いでくれた少年、そしてマールをチラリと見る。差し出してくれたってことは、きっと飲んでみろって事だよね?


「茶器が無いから一度に用意出来ませんので、お待ちにならずに冷めない内にどうぞ」


 少年は魔法陣の上に二つ目のカップを置いて、さっきと同じように二杯目のお茶を作り始めてて、マールの方は少し顔をしかめている。そういえば、マールってレモン系の香りは苦手だったね。


 ハーブ系の物って、猫にはあんまり良くない物も有るんだよね。もちろん害の無いハーブとか、むしろ猫が大好きなハーブもあるんだけど、残念ながらわたしには見分けがつかないので、我が家では一律で禁止してた。

 今のマールは、猫のようで猫じゃない存在だから、もしかしたら、わたしの手にあるハーブティーも大丈夫なのかもしれないけど、獣医さんが居るか分からない場所で試してみる気にはなれない。


 いやいや、ハーブティーよりももっと大事なことがあった。

 指輪から水が出てきたり、図形や記号が描かれてるだけの紙の上に器を置いただけで、中の水が沸騰したりしたよね? これってやっぱり魔法? 魔法なの?

 また異世界である証拠が出てきちゃった?


「マール、今のって手品じゃないよね?」

「もし手品だったら、マールには種も仕掛けも分からないにゃん……」


 もちろんわたしにも、種も仕掛けも分からなかった。

 日本にも、紐を引っ張っただけで温かくなるお弁当箱とかあったけど、あれって水と何かが化学反応を起こして熱を出してるんだったはず。

 だけど、目の前の少年がお湯を沸騰させた時には、水に何かを入れた様子は無かったんだよね。乾燥した葉っぱを入れたのは、沸騰した後だったし。やっぱり普通に考えれば、これって魔法ってことだよね……。

 という事は、わたしたちの前に居る少年は、魔法使い? わたしと同じくらいの年齢に見えるから、もしかしたら見習いとか駆け出しとか修行中とかなのかも。


 少年は二杯目のお茶を作り終えると、カップをグッタリしたままのマールに向けて差し出す。だけど、マールは顔の前で両手を振って拒否のジェスチャー。


「そんなのいらないにゃ! マールが好きなハーブはキャットニップだけにゃ! だいたい猫舌のマールに熱々のお茶なんて飲めるはずがないにゃ!」


 受取拒否のマールを困ったように見ていた少年は、ふと何かを思い出したように、別の巾着小袋の中身を探る。指先で摘み出したのは干し肉の欠片が幾つか。いわゆるジャーキーだ。

 少年はジャーキーを一つ、自分の口で咥えると、もう一つをマールに差し出す。

 ジャーキーを見た途端、鼻をヒクヒクさせて、お腹をグーと鳴らすマール。どうして良いのか分からずに、困ったようにわたしと少年、そしてジャーキーに視線を泳がせている。


「あー、猫用のジャーキーじゃないだろうから、多分、塩気が強いと思うけど……。少しくらいなら食べても大丈夫なはずだよ。せっかくだから貰っちゃいなよ」


 わたしが苦笑気味にいうと、マールは恐る恐るといった感じで少年の手からジャーキーを奪い取る。そして早速、小さな口に放り込みガミガミグニグニ。


 マールって、以前から何でも食べる子だったんだよね。もちろんペットショップで買った猫用のだけど。キャットフードとか、どんな銘柄でも美味しそうに食べてたし、猫用オヤツもササミとかカツオブシとか、ケーキとかも大好物だったみたい。

 そんなマールだから、もちろんジャーキーも大好きで、たまに父さんがお酒のおつまみにしてた人間用のジャーキーをこっそり噛じってたりもしてた。

 猫にとっては、人間用の食べ物って塩分とかが多すぎて体に良くないらしいんだけど、まぁ、たまにだったしね。


 少年はジャーキーを頬張るマールを見て嬉しそうな笑顔を浮かべつつ、受取拒否されたハーブティーを自分で飲むことにしたようで、カップを口に運んでいる。

 あれ? わたしにはジャーキーは無しですか? ……そうですか。わたしのお腹も悲鳴をあげそうなんですが。


 気を取り直して、頂いたハーブティーを口元に運ぶ。おいしい。日本で飲んだものより美味しく感じるのは何でだろう? 淹れ方なのか、葉っぱや水の違いなのか、それとも飲む環境?

 思いがけず美味しいハーブティーだったし、喉も乾いていたので結構なペースで飲み終わってしまう。

 わたしがハーブティーを飲み終えたことに気がついた少年は、わたしの方に手を伸ばしてきた。カップを回収するつもりっぽい。


「……ごちそうさまですした。美味しかったです」

「おかわりはどうですか? 甘さはいかがでしたか?」

「えっと、お願いします。……甘さはちょうど良かったです」


 この森に来てから、全く水分を取ってなかったし、コボルトに追いかけられて、ずいぶん走ったのもあって、喉がカラカラだった。なので、甘さよりも、さっぱりすっきりな口当たりで美味しく感じたんだよね。


 まさか、魔法のお茶だからって訳じゃないよね?


異世界モノだとコーヒーが出てくる作品って少ないですよね。

私、むっちゃコーヒー党なんですが。……ブラックは飲めませんけど。

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