検証作業 15
テーブルの上に並んで座っている5つのぬいぐるみ。
猫、猫、猫、角ウサギ、そしてドラゴン。
共通点というのをあげるとすれば、サイズ感かなぁ? わたしが作ったマール型ぬいぐるみは、元のサイズと全く同じように作ってある。
他の人のぬいぐるみもそれに合わせた感じのサイズ感にしてあるんだよね。
もちろん全く同じって訳じゃないんだけど、同一シリーズって感じになっている。
「それで、ぬいぐるみは完成したわけだけど、検証っていうのはどうするのかしら?」
シャルロット様が小さく小首を傾げる。
わたしもレンヴィーゴ様からはっきりと聞いたわけじゃ無いけど、みんなで作ったぬいぐるみに条件を変えて何度も魔法を使っていく事になるんじゃないかな?
それで、命を宿す条件を探っていく的な?
そんな感じに何となくはイメージできるけど、言葉にして順序だてて伝えられるかというと、ちょっと自信ない。
「とりあえず、このぬいぐるみ達に魔法をかけて、命を宿すのかを確認すれば良いんだと思うんですけど……。ちょっとやってみましょうか?」
「ルミさん、やめておいた方が良いわ。今ここでちょっと試しにやってみて、もしそれで本当にマール君みたいに命を宿しちゃったら、その現場に立ち会えなかったレンが面倒な事になるわよ」
エルミーユ様がそう言うと、シャルロット様、レジーナさんだけでなくポリーちゃんまで困ったような苦笑を浮かべている。
わたしはまだ、レンヴィーゴ様のそこまで極端な”魔法バカ”っぷりを見てないんだけど、言われてみれば思い当たる節もあったりするんだよね。魔法について詳しすぎるところとか。
「ポリー? レンを連れてきてくれる? 今の時間なら執務室でスタンの手伝いをしているはずだから」
「わかりました」
シャルロット様に従って、部屋を出ていくポリーちゃん。
しばらくすると、二人分の足音が帰ってきた。しかもちょっと早足っぽい。
「お待たせしました」
扉を開けたのは、ワクワクしたような表情を見せるレンヴィーゴ様。ポリーちゃんからぬいぐるみが完成したという話を聞いて、ポリーちゃんを置き去りにする勢いで駆け付けたらしい。
レンヴィーゴ様の後ろでポリーちゃんが息を弾ませてるよ。立場的にはポリーちゃんが先を歩いて扉を開けたりしなくちゃならないのに、レンヴィーゴ様が待ちきれなくてズンズン早足で来ちゃったって感じかな。
レンヴィーゴ様が魔法バカって呼ばれるのも分かるような気がする。
だけどポリーちゃんもちょっと早歩きしただけなのに息が上がっちゃうって体力無さ過ぎじゃ……。
ポリーちゃんだったら、友達と遊ぶのに家の外を走り回っててもおかしくない年齢で、もうちょっと体力あっても良いと思うんだけど。
まぁ、インドア派のわたしが言えた事じゃないけどさ。わたしもポリーちゃんくらいの年齢の頃には、家の中で遊ぶことの方が圧倒的に多かったし。
それはそれとして、レンヴィーゴ様。
テーブルの上に並べられたぬいぐるみを一つ一つ吟味するように眺めて満足げな笑みを浮かべている。
「たしかにきっちり出来上がっているようですね。正直、思っていたよりも可愛らしく出来ていてビックリしました。特に姉上の作ったドラゴンはもっと厳つい感じになるかと思っていたんですが」
「私が作ったんだから当然でしょっ! ……って、言いたいところだけど、実際にはルミのおかげよ。ルミの言う通りに切ったり縫ったりしただけだもの」
「教わりながらとはいえ、これだけ出来ていれば十分でしょう。それにドラゴンなんて姉上らしくて良いじゃないですか」
そう言いながら、わたしが作ったマール型ぬいぐるみを手に取り、わたしの方に差し出すレンヴィーゴ様。
「それじゃ、早速検証していきましょうか」
それってつまり、また腕を切って血を流さなきゃならないって事だ。
包丁とかカッターとかで指を切っちゃった事がある人なら分かると思うんだけど、絆創膏一枚で済むような傷だって、無茶苦茶痛いからね!?
ポーションを飲めば、すぐに傷口が塞がって痛みも無くなるのは分かってるけど、ポーション自体も舌が痺れるくらい不味いから積極的に飲みたいものじゃないし。
正直やりたくないよぅ……。
「えっと、レンヴィーゴ様も魔法陣を描き写してましたよね? あれで検証は出来ないんですか?」
無駄だと思いつつ、抵抗してみる。
「恐らく無理でしょうね。これまでにも何人もの研究者が挑戦してきましたが、特異魔法に分類される魔法は、特異魔法を得た本人以外には再現出来なかったらしいです」
「……そうですか」
やっぱり駄目だった。諦めて、レンヴィーゴ様からぬいぐるみを受け取る。
「まずは、何もしないで魔法だけを使ってみましょう。何かしら変化が出るかもしれません」
コクリと頷いて、いつもの様に身体の中から魔導書を取り出す。
毎日、寝る前にマールと一緒に練習してるから、最近は自然な感じで取り出せるようになってきたよ。
「へぇ、ルミの魔導書って初めて見た気がするわ」
エルミーユ様が喰いついてきた。
魔導書をまじまじと見ているその表情は興味津々って感じだけど、どこか寂しそうにも見える。
エルミーユ様は、レンヴィーゴ様やスタンリー様とは違って魔法使いになれるほどの魔力が無いから、魔導書も持って無いらしいんだよね。
まぁ、実際には一家族で魔力持ちが二人も居ること自体が無茶苦茶珍しいらしいんだけど。
でもエルミーユ様って美人でスタイル良いんだから、その上さらに魔力持ちなんて事になったら、神様に贔屓されすぎって気がしないでもない。
そう考えると、イケメンで頭も良くて、おまけに魔力もあるレンヴィーゴ様はどうなんだって話だけど、その分、魔法バカって事らしいので、それはそれでバランスが取れてるのかもしれない。
「私達も同席してて良いのかしら?」
エルミーユ様がわたしの魔導書に引き付けられてる間に、シャルロット様がレンヴィーゴ様に問いかける。
「同席してもらっても良いですし退室してもらっても問題はありませんよ。ただ、ぬいぐるみに手を加える事になるので、それだけは了承してください」
「それは、私は全く問題ないけど……」
シャルロット様がついと視線を向けた先に居るのはポリーちゃん。
レンヴィーゴ様のぬいぐるみに手を加えるという言葉を聞いて愕然としている。
「ぬいぐるみに、何をするんですか……?」
ポリ-ちゃんが絞り出すように質問する。
一生懸命作ったぬいぐるみに何かされるとなったら、気になっちゃうよねぇ。
わたしだって、自分の作ったぬいぐるみを勝手に加工されたら嫌だ。わたしの場合は、お客様に買われていった子に関しては、それはお客様の物になって、どう扱おうが自由だから、どうしようもないんだけど。
「加工と言っても、姿を変えるような事は無いと思います。ルミさんの証言によれば、もともと、ぬいぐるみの中にはマール君の遺髪が入っていたそうです。なので、ぬいぐるみの中に、動物の毛などを挿入するくらいですね」
「あの、わたしが作ったぬいぐるみには、私がやっても良いでしょうかっ?」
ポリーちゃんがちょっと必死だ。
わたしがこの世界に来た日から、ずっとわたしに張り付いてくれていたけど、これだけ必死なポリーちゃんを見るのは初めて。
これって、ポリーちゃんも自分の作ったぬいぐるみに愛着を持ってくれたって事だよね。なんだか嬉しい。
一方、質問を受けたレンヴィーゴ様の方はといえば、悩むときのいつものポーズ、顎を指先でさする仕草をして、ブツブツ呟いてから何かを決心したかのように一人でウンウンと頷く。
「ポリーが自分でやりたいと言うのなら、ポリーがやっても問題ありません。母上や姉上、レジーナはどうですか? 自分でやりたいですか?」
「私はルミさんにやってもらっても問題ないわ。レジーナはどう?」
「私も問題ありませんね。むしろ、やっていただきたいです。そろそろ後回しにしていた仕事を片付けたいですから」
「じゃぁ、私は自分でやるわ。せっかく作ったんだから、最後まで自分でやりたいし。それに、検証ってのが終わったら、ぬいぐるみは貰えるんでしょう?」
「そうですね。何の変化も起きなかった場合は、自分のぬいぐるみは自分の手元に置くなり、誰かにあげるなりしても構いませんよ」
レンヴィーゴ様がそう言うと、ポリーちゃんもエルミーユ様も、嬉しそうにそれぞれ自分が作ったぬいぐるみを手に取り、抱きしめた。
ウヒヒヒ。
ぬいぐるみ友達が二人生まれたっぽい。
来週は更新できるか未定です。
なぜなら、世界的スポーツ大会が開幕したから。




