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検証作業 11

「エルミーユ様の描いたドラゴンをそのままぬいぐるみにするとしたら、えっと……まぁ、そこそこ難しくなるかと思います」


 エルミーユ様の質問にちょっと言葉を濁して答える。

 牙とか角とか翼とか爪とかを表現しようと思ったら、そこそこパーツが多くなるからね。作り慣れてない人だと、手に余るかも。


 もちろん、エルミーユ様が描いたドラゴンを、そのままの姿でぬいぐるみにするわけじゃ無い。

 その為に、わたしがエルミーユ様の描いた絵を基に幼体なんていう実在しないドラゴンを描いたのだから。


 ぬいぐるみらしくなるように、あちこちデフォルメしたつもりだ。なんなら省略しちゃった部位もあるくらいだからね。具体的には牙とか角の本数を減らしちゃったとか。


 それでも、エルミーユ様だとちょっと難しそうかなぁとは思っちゃうけど。


「私だとやっぱり無理?」

「イエ。普通に針仕事が出来るなら、誰でもゆっくり丁寧にやれば作れる……と、思います」


 普通に針仕事が出来るなら……。

 うん。この世界だと日本に比べて針仕事が出来る人は多い。日本だと衣類は購入するものって考えが当たり前だったけど、この世界だと衣類はその家の女性が仕立てるものって感じだ。

 もちろん階級によっては専属の職人に仕立てさせたりする事もあるし、近所の家庭で着る人が居なくなった衣類をお下がりしてもらうなんて事もあるらしいけど、基本的には既製服を購入するなんて事は無い……田舎では。

 王都みたいな都会だと、衣類を売っている店なんかもあるらしい。ほとんどがオーダーメイドのお店らしいけどね。


 そんで、スペンサー領だとどうかって言うと、もちろんスペンサー領は田舎だ。

 王都から遠く離れた辺境の領地で、スペンサー領のお隣には魔の森と呼ばれる人跡未踏なんじゃないかって位の深い森が広がっている様な土地。


 そんな土地だから、当然人口は少ない。人口が少ないから衣料品店なんて無くて、自分達が着る衣服は自分達で仕立てるのが当たり前の土地柄。

 当然、そこに住んでいる女の人の多くは針仕事が出来る。


 でも、だからと言って女性全員が針仕事が得意ってわけじゃない。その針仕事が得意じゃない数少ない女性というのが、今わたしの目の前にいるエルミーユ様だ。


「姉上。無理に難しいものに挑戦するのではなく、最初は簡単な物から練習した方が良いのでは?」


 そうアドバイスを送るのはレンヴィーゴ様。

 レンヴィーゴ様からすると、あくまでも特異魔法の検証の為のぬいぐるみ作り。なので難しい題材に挑んで余計な時間がかかるくらいなら、簡単な題材で数をこなしたい所なんだと思う。


 だけど、わたしとしてはもちろん検証の為っていうのが一番ではあるんだけど、検証の為だけに作ってもらいたくないって気持ちがある。

 せっかくぬいぐるみを作るのなら、ぬいぐるみを好きになって欲しいし、作る過程自体も楽しんで欲しい。


「そう、よね。やっぱり私にはぬいぐるみを作るのなんて無理、だもんね。ドラゴンは難しそうだから、もっと簡単な題材にしましょう。蛇とかどうかしら?」


 エルミーユ様がそう答えるけど、少し寂しそうに見える。


 蛇だったら、ドラゴンに比べればっていうか、たいていの動物や魔物なんかよりは簡単に作れると思う。蛇と同レベルに簡単な題材なんて、パッと思いつくのはミミズか某国民的コンピューターRPGのマスコットモンスターくらいだ。


 だけど、練習の為とはいえ好きでも何でもない蛇とかミミズで、エルミーユ様は楽しくぬいぐるみ作りなんて出来るだろうか。


 わたしが初めて作ったぬいぐるみで選んだ題材は猫だった。

 おばあちゃんに教わりながらも一生懸命作ったぬいぐるみは、今から考えれば稚拙でブチャイクな出来だったんだけど、作ってる間はものすごく楽しかったし、完成したときには大満足した記憶が残ってる。


 だけど、あの時。

 猫なんて題材は難しそうだから最初は簡単な題材から作ろうなんて考えて、好きでもない蛇とかミミズとかを作っていたら?

 わたしは楽しくぬいぐるみ作りが出来ただろうか?


 わたしの事を良く知る人達には「それでもルミならウッキウキで蛇のぬいぐるみを作って、そのままぬいぐるみ作家になろうって考えたんじゃない?」なんて言われそうな気もする。

 何しろわたしは、物心ついた頃には「ぬいぐるみさえ近くにあればニコニコしてた」って言われたくらいの子供だったからね。


 でも、エルミーユ様の場合はどうだろう?

 エルミーユ様は、わたし程にはぬいぐるみに執着してるようには見えない。そんなエルミーユ様が特別思い入れも無い題材で、魔法の検証や自身の勉強の時間を減らすって目的の為にぬいぐるみを作ったとして、それでぬいぐるみやぬいぐるみ作りを好きになったり楽しんだりできるのかな。


 たぶん、楽しくは無いよね。そんなのただの作業でしかないもん。


「あの……、エルミーユ様?」

「ん? なに?」

「エルミーユ様がドラゴンのぬいぐるみにしたいのなら、ドラゴンのままで良いと思います。わたしもお手伝いします」


 わたしが思い切ってそう言うと、エルミーユ様は嬉しそうな、だけどちょっと困ったような、困惑したような複雑な表情を浮かべた。


「ルミの気持ちは嬉しいけど今回ぬいぐるみを作るのは、ルミの魔法の検証の為なんでしょう? 難しくて手間暇のかかる題材よりも簡単に数をこなせる題材を選んだ方が検証回数が増やせるんだから、その方が良いはずよ?」


 むむぅ……。

 エルミーユ様って、変な所で優しかったりするんだよなぁ。


 あれだけのドラゴンを描けるんだから、きっと実家に飾ってあったっていう絵師の作品を穴が開くほど見ていたはずなんだ。

 つまりは、ドラゴンに対する憧れみたいなものがあると思うんだよね。だからこそ、ぬいぐるみを作るにあたって、好きな題材を選ぶとなったら、一番にドラゴンだったんだろうし。


 それなのに自分の気持ちを押さえつけて簡単そうな題材に変えようとしちゃってる。それって、きっとわたしの為なんだと思う。

 だけど、わたしとしては特異魔法の検証なんていう出来るかどうか分からない物の為じゃなくて、自分の好きな題材で作って欲しいんだよ。


「ルミさん、姉上も納得しているようですので、姉上がドラゴンのぬいぐるみを作るのはまた別の機会にという事にしてはいかがですか?」


 レンヴィーゴ様の言葉に反論しようと口を開きかけるけど、言葉が出てこない。

 わたしはスペンサー家にお世話になってる身で、スペンサー家の皆さんに強く主張できる立場じゃないのだ。

 

 もちろんレンヴィーゴ様は基本的には優しくて理不尽な事を言うような人じゃないので、

キチンと納得できる材料があれば、きちんと折れて受け入れてくれる。

 問題は、わたしがレンヴィーゴ様が納得してくれる材料を用意できるかどうかだ。


 エルミーユ様がいかにドラゴン好きかをアピールする?

 それともドラゴンのぬいぐるみを作る事のメリットをあげてみた方が良い?


 わたしが何と言って説得しようかと頭をフル回転させていると、わたし達の様子を静かに見守っていたシャルロット様が小さく首を傾げた。


「ねえ、レン?」

「なんでしょう母上?」

「良く分からないんだけど、ルミさんの魔法の効果と条件を調べるためにぬいぐるみを作るのよね?」

「そうですね。以前話した通り、ルミさんの持つ特異魔法がぬいぐるみに命を吹き込む魔法ではないかという仮説に基づいています。これはぬいぐるみだったマール君が動き始めたって事が根拠になってますね」

「そうよね? ……という事は、その仮説が正しくて条件が合えば私達の作ったぬいぐるみが動き出すのかもしれないのよね?」

「……何をおっしゃりたいのですか?」


 訝し気なレンヴィーゴ様に対して、シャルロット様はニッコリと笑みを浮かべる。


「私、蛇なんて大嫌いよ?」


 その手があったか!


 わたしの特異魔法がぬいぐるみに命を吹き込む魔法という仮説が合ってたとして、条件が揃ってしまった場合、蛇のぬいぐるみに命が吹き込まれてニョロニョロと動き出すって事だ。


「もしエルミーユが作った蛇のぬいぐるみが動き出したとして、誰が世話をするの? 私は嫌よ?」

「私もあまり得意ではありませんね。世話をするよう命じられれば餌を与える位ならやらせて頂きますが」

「ごめんなさい。私も蛇は嫌いです……近寄りたくありません」


 シャルロット様に続いて、レジーナさんとポリーちゃんも続く。

 正直、わたしも遠慮したい。なので同意を示すためにコクコクと大きく頷いておく。同じ爬虫類でもカメとかワニとかならぬいぐるみを作った事もあるけど、蛇なんて依頼でもなければ作りたいとは思わないし。


「レンの事だから、ぬいぐるみが命を持ったとなれば、次は普通の動物とどこが違うのか調べたいんでしょうけど……マール君みたいに人の言葉が分かる様な蛇だったとしたら、自分が嫌われてる事にも気が付いちゃうんじゃないかしら? それっていくら蛇でも可哀想とは思わない?」

「……僕が一人で世話をすれば良いって問題では無さそうですね。……はぁ、分かりました、僕の負けです。ルミさん、姉上のドラゴンのぬいぐるみ作り、お手伝いをお願いしてもよろしいですか? ドラゴンなら姉上も世話をしてくれるでしょう?」


 苦笑を浮かべるレンヴィーゴ様に、わたしとエルミーユ様は大きく何度も頷いてみせた。

私も蛇は好きじゃないです。

でも、蛇料理はちょっと食べてみたかったりします。


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