検証作業 9
「それで、私は何をすれば良いのかしら?」
公的にというか建前的にというか。
スペンサー領の女性では最も偉いはずのシャルロット様が、にこやかにほほ笑んだ。
シャルロット様ってエルミーユ様とは別方向の美人さんなので、ただ座ってほほ笑んでるだけなのに絵になるんだよね~。
エルミーユ様がお転婆……じゃなかった、活発で動的な美人さんとするなら、シャルロット様はおしとやかで静的な美人さんって感じ。
そんな静的な美人さんであるシャルロット様が、どうしてこの部屋に来たかというと、どうやらレンヴィーゴ様から頼まれたかららしい。
「レンに、ルミさんを手伝うようにって言われて来てみたけど、具体的に何をすれば良いのかは聞いてないのよね」
「えっと、それじゃわたし達と一緒にぬいぐるみ作りをお願いしても良いですか?」
「ぬいぐるみ? ぬいぐるみってエルミーユが持ってる『|火種売りの少女≪フラーマ様≫』人形みたいなのを作ればいいの?」
「『火種売りの少女』みたいな人形ではなく、わたしが教える作り方で作っていただきたいんです。魔法の検証をする為に、ぬいぐるみがいっぱい必要なんです」
「魔法の検証? ……なるほど。レンが暴走しちゃってるのね」
どこか呆れたような表情で、ちょっと大げさにため息をつくシャルロット様。
「暴走ですか?」
「ええ。あの子ったら誰に似たのか魔法の事とか新しい知識とかが目の前にあると、その事を知りたくて知りたくて、抑えが効かなくなっちゃうみたいなのよね。……いえ、今回はレンにしてはずいぶん我慢したのかしら?」
「迷い人のルミに未知の種族であるマール君、おまけに二人とも特異魔法なんて持ってるんだもの。よく我慢したと思うわよ? レンにしては、だけどね」
シャルロット様に続くエルミーユ様の言葉に、レンヴィーゴ様が家庭内でどんな評価を受けていたのか気になってしまう。
「私はずっと身体が弱くて、あまり身体を動かすのが得意な方じゃないから、家の中で本を読んでいる事が多かったのだけれど、レンは気が付いたら私と一緒に本を読んでるような子だったわ。最初は母親の私と一緒に居たくて本を読んでるんだと思って嬉しかったんだけど、私が居ない時でも熱心に本を読んでたのよねぇ……気が付いた時にはガッカリしたわ」
「しかも、レンってば本の中の知識だけじゃないのよ、知りたがりなのは。戦い方とか山とか森の事とか、動物や魔物の生態とか……ホント、何にでも興味持つのよね。その中でも一番が魔法なのは間違いないけど」
エルミーユ様はそう言って面白そうに笑う。
確かに、レンヴィーゴ様って何でも知ってる感じがするんだよね。レンヴィーゴ様が知らないなら、少なくとも領内では他に知ってる人は居ないんじゃないかって思っちゃうくらい。
そんな話をしているところに、再びノック音。
今度は誰だろうと首を傾げていると、新たな来訪者はポリーちゃんのお母さんで、このお屋敷のメイドでもあるレジーナさんだった。
「失礼いたします。レンヴィーゴ様にこちらに来るよう言われたのですが……」
「あら? レジーナもお手伝いに?」
「はい。ルミフィーナ様のお手伝いをするように言われてきました」
レンヴィーゴ様がガチだ。これでお屋敷の女性陣の全員が部屋に集まっちゃったよ。
もし、わたしが迷い人じゃなかったら、お裁縫が出来る領民を総動員してたかもしれない。
そんな事を考えていると、再びのノック音。
今度の来訪者はレンヴィーゴ様だった。
「皆、揃っているようですね。どうですか? ぬいぐるみ作りの方は進んでいますか?」
「まだ、集まったばかりよ」
「そうですか。ルミさんのお話では、集中すれば二日ほどでぬいぐるみが出来るそうです。僕ではぬいぐるみ作りを手伝う事は出来ないので、みんなでお手伝いをお願いします」
「レン~? 二日で出来るなんて慣れているルミさんだからじゃないの? 私達は針仕事ができるだけで、ぬいぐるみなんて作ったことが無いんだから、もっと時間が必要だわ」
シャルロット様の言う通り、ゼロからスタートって考えると、どれだけ時間がかかるか分からない。
だけど、そんなに何日間もレジーナさんを拘束してたら、家の中が大変な事になっちゃうよ!
「おや、そういうものですか? それでは少し長めの日数を考えておきますね」
「あの、レンヴィーゴ様。洗濯については私がやりますので、どうぞそのままでお願いします」
ちょっと恥ずかしそうな、困ったような表情のレジーナさんが言う。
……ん? どういう事? いつもレジーナさんが洗濯してくれてるのは知ってるけど、わざわざ言う事じゃないよね?
「そうですね。女性の衣服を男の僕が弄繰り回すのは流石に気が引けるので、女性陣の衣服はお願いします。僕と父、それとマール君の分は僕でも問題ないでしょうから、そちらだけはやっておきますね」
んん??
なんか話の様子がおかしいような?
「えっと、レンヴィーゴ様が洗濯をされるんですか?」
思わず、聞いてしまった。
お貴族様で、次期領主であるレンヴィーゴ様が洗濯をするっておかしいよね? そういうのって、メイドとかに任せるものなんじゃないの?
「そのつもりです。今、言ったように僕と父とマール君の分だけですのでご安心を」
「いえ、そういう事じゃなくて……、貴族のレンヴィーゴ様が家事をするっておかしくないですか?」
「ああ、そういう意味ですか。たしかに富も人材も多い大貴族なら家事なんてした事が無いっていう人も居るようですが、ウチくらいの規模の家なら出来る事は自分でやるって貴族も多いですよ?」
出来る事は自分でやるっていうのは分かるけど、それって普通は、自分の事は自分でやるってくらいの意味だよね?
スタンリー様とかマールの分まで洗濯するっておかしくない?
「僕には針仕事なんて出来ないので、針仕事が出来るレジーナにぬいぐるみ作りの方へ参加してもらう以上、その分を僕が負担するのは当然だと思うのですが?」
そう言って不思議そうに首を傾げるレンヴィーゴ様。
言ってる事は間違って無い様な気がするんだけど、やっぱりどこかおかしい様な。
「僕も、洗濯や掃除くらいは出来ますからね。もちろん本職のレジーナやポリーほど上手にできるわけでは無いですけど」
「え、掃除もなさるおつもりなんですか? それじゃ普段レンヴィーゴ様がしている領の仕事とかは?」
わたしがそう言うと、レンヴィーゴ様、あからさまに視線を逸らした。
「……父が頑張ってくれると思います」
おおぅ……。
早くぬいぐるみを作って検証を終わらせないと、スタンリー様が大変な事になりそうだ。
「それじゃ、スタンが書類の山に埋もれる前に終わらせないとね。ルミさん? 最初は何をやれば良いの?」
「母様、最初は絵を描くのよ。好きな動物とか魔物とかの絵ね。ちなみに私の絵はこんな感じよ」
わたしが答える前にエルミーユ様が自分で描いた絵をシャルロット様の方へ差し出す。
絵を受け取ったシャルロット様は、隣の席のレジーナさんと肩をくっつけるようにしながら一緒に絵を見はじめた。
シャルロット様とレジーナさんって、年齢的に同じくらいだからなのか、同じ母親という立場だからなのか、それとも、長い付き合いだからなのか、雇用主とメイドって関係とは思えないくらいに仲が良い感じがする。
「あら。このドラゴンって、見覚えがあるわね」
「これはシャルロット様の御実家に飾られていたドラゴンの絵に似ているのでは?」
「言われてみれば似てるかも。そういえばエルミーユも何度か実家に連れて行ってるから、その時に見た事があるはずだものね」
「ルミが動物でも人でも何でも良いっていうから、どうせなら世界で一番強いドラゴンにしてみたの。カッコ良いでしょ?」
エルミーユ様がドヤ顔を決める。
うん。日本での記憶があるわたしから見ても、エルミーユ様の絵は画風は違えど上手だと思う。
以前、レンヴィーゴ様がわたしの絵を見て褒めてくれてたけど、あれってやっぱりお世辞だったんだろうなぁ~。
「エルミーユの絵はとっても上手に描けてるけど……これは困ったわね」
「そうですね。シャルロット様、どうしましょう?」
シャルロット様とレジーナさんの二人が眉間にしわを寄せる。
「えっと、何か問題でもありましたか?」
二人が何に困っているのか分からないので恐る恐る聞いてみる。
「私もレジーナも、動物とか魔物の絵とか描けないわよ? 花とか葉っぱとかなら刺繍を刺す時に下絵として描く事もあるけど……」
そう来たか。
そういえば、以前レンヴィーゴ様が、この世界では絵を嗜む様な人は少ないって話をしてたっけ。
平民階級の人は、時間的にも経済的にも絵筆を持つような余裕が作れないし、貴族階級の人だと、絵はお抱えの絵師に描いてもらうものって意識が強いとか何とか。
もちろん、絵を描く事に人生の大半を掛けちゃうような人は階級に関わらず居るんだろうけど、それが可能な環境に身を置くことが出来る人ってホント少ないんだろうね。
だけど、そうなると不思議な事が。
「エルミーユ様は上手にドラゴンの絵を描けてますよね……? あれ? エルミーユ様はドラゴンの絵を刺繍してたって事ですか?」
裏地とか背中の部分とかに翼を広げたドラゴンの刺繍とか入れたりしてたんですか?、それって、いつの時代の変形学生服? ヤンキーじゃなくてツッパリとかの時代ですよね?
スタンリー様が全く出てこないまま幾星霜。
このまま書類の山に埋もれて出てこなくなってしまうかもしれません・・・。




