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検証作業 6

 検証を行うにあたって、必要そうなもの。

 まずは魔法陣。これは、わたしの魔導書の中に描かれているので問題ない。

 次に、ぬいぐるみ。『火種売りの少女』という実在の人物を模したモノ。エルミーユ様の私物なので取り扱い注意。エルミーユ様が小さかった頃に女の子らしい物にも興味を持ってもらいたいという事で、王都で購入した物らしい。なので、製作者とかは不明。


 そしてナイフ。

 マールの時と同じ状況にするためには、わたしの血が必要なので、ナイフで身体に傷を付けて血を流す手筈になっている。


 正直、怖い。一言で血といっても、どれだけ必要なのか分からないんだよね。


 コボルトに襲われた時には、料理中に包丁で指を切った時以上に血が出た。もちろん全部がぬいぐるみにかかった訳じゃ無いので、そんな大量の血が必要だとは思えない。

 なので、そんなに大きな傷を作る必要は無いんじゃないかなって思ってはいるんだけど、小さくても血が出るような傷だったらヤッパリ痛い。


 これから検証作業を開始するって事で、いったいどれだけ自分を傷つけ血を流さなければならないのか。考えただけでも憂鬱になりそうだ。


「それじゃ、とりあえず始めてみますね」


 自分で自分を傷つけるのは無茶苦茶イヤだけど、今、それを悩んでいても仕方がない。

 特異魔法の検証はわたし自身もそうだけど、魔法関連の知識に貪欲なレンヴィーゴ様が強く望んでいる事だ。

 お世話になっている立場のわたしとしては、断れるわけが無いのだ。


 わたしは森の中での自分の行動を思い出しながら、右腕でぬいぐるみを抱える。そのままナイフも持って、左手の指を近づけるようにして、ほんのちょっとだけ先端を突き刺す。

 すぐに、真っ赤な血がぷっくりと溢れるように出てきた。


 痛い……。もう泣きそう。


 でも、せっかく痛い思いをしてまで血を流したんだから、無駄にする訳にはいかない。

 ぬいぐるみの目立たない部分に血を押し付けて、そのままの状態で魔導書に魔力を流す。


 少しずつ魔法陣に魔力を流し続けていると、いつもの様に魔力が充填していく感覚。

 そして、魔力が充填しきった瞬間、わたしの右腕に抱えられた『火種売りの少女』のぬいぐるみが光に包まれ、ひと呼吸くらいの時間で消えた。


「……」


 わたし、呆然とぬいぐるみを見つめる。

 ぬいぐるみは、光が消えたあともぬいぐるみのままで、マールの時の様に動き出すような様子は無い。

 そもそも、マールの時には明らかに顔とか体毛とかがぬいぐるみじゃなくなってたんだけど、『火種売りの少女』は、見た目的には何の変化も起こってないんだよね。


「動きませんね?」

「動かないですね」

「なんで動かないのよ? ルミの魔法で命を持つんじゃなかったの?」

「なんでと言われても……」

「何かしらの条件が満たされてないから、としか言いようがないですね」


 なんというか、わたし的には手応えみたいな物はあったような気がする。でも、マールの時のような変化は起こらなかった。


「ルミさんはまず傷の処理を。こちらのポーションをほんの少しで良いので飲んでおいてください。その程度の傷なら、舐める程度でも治るはずです」


 レンヴィーゴ様からポーション瓶を受け取って、指の上にちょっとだけ垂らして、零さないうちに舐めとる。

 相変わらずムッチャ苦い。でも、ナイフで付けた傷は綺麗に消えてしまう。ちゃんと痛みも無くなったことを確認する為に手をグーパーさせてみる。


「無事に傷は消えたみたいですね。次の時にもすぐにポーションを使ってくださいね。そこそこ高い物なので、一回ごとに一瓶って訳にはいかないですから」


 やっぱりお高い物なのか、ポーションって。

 森の中では一瓶全部飲んじゃったんだけど……。もしかしたら飲み過ぎだった?


「さて、それではルミさんの傷も消えた事ですし、マール君の時とは何が違うのかを考えてみましょうか」

「マールとの違いといえば、やっぱり身体の一部が入っているかどうか、でしょうか?」

「それはあると思います」


 レンヴィーゴ様は、そう言いながら立ち上がり部屋の中を移動しはじめた。

 コツコツと靴音を鳴らしながら歩き、エルミーユ様の近くで立ち止まる。


「痛っ!?」


 突然、大きな声をあげて頭を抱えるエルミーユ様。その背後ではレンヴィーゴ様が何かを持っている姿があった。


「って、レン! 何するのよ! 痛いじゃない!」

「ちょっと髪を何本か頂きました」


 エルミーユ様の涙目の抗議に悪びれた様子もなくニッコリほほ笑んで答えるレンヴィーゴ様。

 ……せめて一言断ってからにしようよ。


 わたしが呆れていると、レンヴィーゴ様はエルミーユ様から引き抜いた髪を差し出してくる。


「姉上の髪の毛をぬいぐるみに入れてみましょう。これで何かしらの変化があるか確かめておきたいので。……本人の髪ではありませんが、姉上にも『火種売りの少女』の血が流れているので代替品くらいにはなるでしょう」


 ぬいぐるみの中に髪を入れてみろって事だろうね。

 うん。実はわたしもその実験は絶対必要だと思ってた。


 でも、ちょっと待って! 今、重要な事をサラリと言わなかった?

 エルミーユ様が歴史上の偉人『火種売りの少女』の血をひいてるとかなんとか。

 もしかして、スタンリー様かシャルロット様のどちらかが凄い出自だったりする?


 今まで、無茶苦茶美人ではあるけど、ただのお転婆姫にしか見えなかったエルミーユ様が、急に神々しいオーラを放ってるように見えてきたよ! 不思議!


「それって、私の髪じゃなくてレンの髪でも良いって事じゃない? なんで自分の髪を使わないのよ!」

「いや、ぬいぐるみが女性を模したモノなのですから、ここは女性である姉上の方が適任かと思いまして」


 しれっと答えるレンヴィーゴ様も、エルミーユ様と姉弟の関係なんだから、当然血筋的には全く同じになるはずだ。

 つまりは、レンヴィーゴ様も歴史上の偉人の血をひいてるって事になる。


「……エルミーユ様とレンヴィーゴ様って、そんなにスゴイ血筋の方だったんですか?」


 思わず口を突いて出てしまった言葉に、二人はキョトンとして、しばらくの間の後に突然吹き出した。


「あれ? わたし何か変なこと言っちゃいました? もしかして何か勘違いしちゃってますか?」

「イエ、変では無いのかもしれません。……ただ、驚きましたが」


 レンヴィーゴ様は、笑いを抑えようと大きく息を吸ったり吐いたり。

 落ち着いたところで、一つ咳払いをして説明をしてくれた。


 それによると、お二人の父親であるスタンリー様は元々貴族家の三男坊で、遡っていくと初代にして建国王であるラトウィッジ・アルテジーナ様と、『火種売りの少女』である王妃フラーマ様にまで遡る事が出来るのだとか。

 もちろん、王位継承権がある様な存在じゃなくて、スタンリー様のお祖母ちゃんが、その当時の国王陛下の何人もいた妹の中の一人ってだけらしいけど。


 一方のシャルロット様も血筋を遡れば同じように、建国王ラトウィッジと『火種売りの少女』フラーマ様に行きつくらしい。

 シャルロット様の場合はシャルロット様の父方の曾御祖父ちゃんが、その当時の国王陛下の弟の一人だったんだそうな。


 そして、実はそういった感じで王家の血筋を迎え入れてる貴族家っていうのは、王家が子だくさんな家系って事もあって、珍しいものでは無いらしい。

 もちろん全ての貴族家に王家の血が入ってるって訳じゃないけど、だからと言って、それだけで優位に立てるほど希少でも無いっていう。


 だからこそ、二人は笑ったんだね。

 自分達はそんなに凄くて珍しい血筋って訳じゃないよって意味で。


「そういうわけで、僕たちには『火種売りの少女』ことフラーマ・アルテジーナの血が流れてはいます。だからと言って、姉上の髪が代替品として使えるかどうかは分かりませんけどね」

「やってみる価値はあるんじゃない? わたし達より父様の方がフラーマ様に近いんじゃないかと思うけど」

「父上は男ですから、同性である姉上の方が適任だと思いますよ」

「まぁ、レンの考えを否定する気はないわ。でも、試しておいて損はないと思うの。私の髪でダメなら父様の髪で試すってのはどう?」

「それも試してみたいですが、髪ではなく、姉上の血液も試してみたいですね」


 レンヴィーゴ様とエルミーユ様の間でドンドン話が進んでいく。

 二人とも、頭の回転が速いよ! わたしが何か思いつく前に、ふたりの口からいろんなアイディアが出てくるので、わたしが口を挟む隙が無いよ!


 レンヴィーゴ様とエルミーユ様から色々アイディアは出たけど、全部を一度にやれるわけじゃ無い。もう一杯出たよ、ホントに。

 マールの体毛も試すべきだとか、他の猫の体毛を試しておかなくちゃとか、ぬいぐるみ自体もマールの時と同じ形のものにするべきだとか、既に命を落としている個体の身体の一部はどうだろうとか。


 試さなくちゃならないパターンは膨大になりそうなんだけど、とりあえずは、すでに準備の出来ているエルミーユ様の髪から試してみるって事になった。


 エルミーユ様の長い髪をクルクルと輪のように丸めて、特急で作った小さな巾着に入れる。

 ぬいぐるみの脇腹部分の糸をほぐして、綿材を押しのけながら巾着ごと押し込んで、ほぐした部分を再縫合。


 もちろん、一連の作業を行ったのはわたし。わたし自身の手で行う事に意味があるんじゃないかという仮説からだ。


「ルミってば、やっぱり早いわよね、裁縫……」

「まぁ、慣れてますから」


 ミシンばっかりに頼ってたわけじゃ無いよ!


「ともかく、準備が出来たのなら実験してみましょうか。先ほどと同じ感じでお願いできますか?」


 ハイと答えて、右手にぬいぐるみを抱えて、同じ様にナイフで指に小さく傷を付けて絞り出した血をぬいぐるみに付着させてから魔法陣に魔力を流す。


 結果は、やっぱりというか何というか……残念でした。


 ん~~。マールの時と何が違うんだろう?

 そもそも、ホントにわたしの特異魔法ってぬいぐるみに命を吹き込む魔法って事で良いのかなぁ~? 自分で予想しておいてなんだけど、だんだん不安になってきたよ。

ようやく五月病が治ったと思ったら、六月病になってしまいました。

なんで六月には祝日が無いんでしょう?

まぁ、仮に祝日が制定されたとしても、ウチの会社が休みになるとは限らないんですけど・・・

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