検証作業 4
翌日の朝。
朝食を終えたわたしたちは、さっそくレンヴィーゴ様の部屋で特異魔法の検証の続きを行う事になった。
しかも、今日は最初からレンヴィーゴ様とわたしの二人っきりだ。マールは朝食を終えてすぐに、ノエル君と逃げ出しちゃったんだよ。……ズルイ。
レンヴィーゴ様は、マールの持つ特異魔法──猫に変身する魔法──にも興味があるようなので、わたしの方の特異魔法の検証が終わったら、マールの魔導書の魔法陣も描き写す時間を作るという約束でマールを解放しちゃったんだよね。
マールをレンヴィーゴ様と二人っきりにすると、どんな粗相をするか分かんないので、結局私も付き合わなくちゃならないんだけど。
やっぱり、ずるくない?
「それでは、昨夜の続きから始めましょうか」
レンヴィーゴ様はそう言って、昨夜描き写した魔法陣をテーブルの上に広げる。
「最初はルミさんが魔力を流してもらえますか?」
「はい。……予想では何も起こらないと思いますけど」
「ルミさんの予想が当たっていれば、そうなりますね」
わたしはテーブルの上に広げられた紙片に手を伸ばし、魔力を流し始める。
魔導書に描かれた魔法陣の時と同じように、割と長い時間をかけて魔力を注いでいくと、やっぱり充填しきったって感じた時にはポシュンって魔力が抜けていく感じを覚えた。
「何も起こった様子はありませんね」
「そうですね。では、次は依り代となるぬいぐるみを用意してみましょうか」
レンヴィーゴ様の部屋にはぬいぐるみまで在るんだろうか。確かに色んなものがあるけど。だけど、もしこの部屋にぬいぐるみがあったとしても、絶対に普通のぬいぐるみじゃないよね。
具体的には、呪いが掛かってて夜中になると勝手に動き出すぬいぐるみとか。
いくらわたしがぬいぐるみ好きっていっても、オプションで怪奇現象が付いてたらさすがに嫌だし怖いよ。
わたしが一人で顔を青ざめさせていると、レンヴィーゴ様はベッドサイドにある呼び鈴を鳴らした。
呼び鈴が鳴ってしばらくすると、コンコンコンと扉をノックする音が聞こえて、不安そうな顔のポリーちゃんが現れた。
「……お呼びでしょうか?」
「ああ。姉上に例の火種売りの少女を模したぬいぐるみを貸し出すようにお願いして来てもらえるかな」
「……はい。わかりました」
そう返事をして部屋を後にするポリーちゃんを見送ったレンヴィーゴ様は、少し難しそうな顔をしている。
「ルミさんの特異魔法の効果がルミさんの予想通りの物なら、姉上の持っているぬいぐるみでは魔法は発動しないと思っています」
「それはどうゆう理由でですか?」
「マール君を模したぬいぐるみには、マール君の遺髪……とは言いませんね。遺毛とでも言いましょうか。マール君の体の一部だったものを入れたのですよね?」
入れた。尻尾の先の毛をちょびっと。遺髪の代わりにと取っておいた物を小さな巾着袋に入れて、それをぬいぐるみの中に埋め込んだのだ。
「姉上の持っているぬいぐるみは、初代王妃であるフラーマ様の姿を模したものですが、当然フラーマ様の遺髪なんてものは入ってません」
「まぁ、職人が作って一般に販売しているようなぬいぐるみに、遺髪なんて入ってるはずが無いですよね」
「僕なりに考えてみたのですが……。その前に、確認したい事があります。マール君は本当にマール君ですか?」
「え? それってどういう意味ですか?」
マールはマールで間違いない。わたし自身が忘れてたような事も知ってたりするし。
わたしがそう伝えると、レンヴィーゴ様はウンウンと頷いた。
「それなら、マール君は真実マール君であることは確定しているとして……マール君の今の姿は、本来のマール君の姿とは違う。これも間違いありませんね?」
「ええ。生前の……という言い方が合ってるかどうかは分かりませんが、元の世界に居た頃のマールは、見た目は普通の猫でした。時折、すごく頭の良い猫だなぁとは思いましたけど」
「では何故、今の姿になったんでしょう?」
「それは、わたしが作ったマールを模して作ったぬいぐるみにマールの魂の様な物が入り込んだから、ですかね? 今の姿は基本的にはわたしが作ったぬいぐるみと同じ感じですし」
「それなら、マール君以外の|何か≪・・≫が入ってしまってもおかしくないですよね? マール君を模して作ったとは言っても、本来の姿とは違うのですから」
おぉ、言われてみれば確かに。
だけど、マールはマールで間違いない以上、ぬいぐるみとマールを繋ぐ何かがあったはずだ。
「そのマール君の魂とぬいぐるみを繋ぐ役割をしているのが遺毛、つまりは元々のマール君の身体の一部だった物なのではないか、というのが今の僕の考えですね」
「あー。それだと……例えば、火種売りの少女のぬいぐるみに、他の誰かの遺髪とかを入れて魔法をかければ、その誰かの魂が入って、マールみたいに動き出す可能性があるって事ですか?」
「今の時点で分かっている事柄を基に仮説を立てるとしたら、そうなると思います」
レンヴィーゴ様はそう言っているけど、自分でもなんだかスッキリしてないみたいだ。
わたし達がそんな話をしている間に、ポリーちゃんが戻ってきた。その手には、火種売りの少女を模したぬいぐるみ。
そして背後には、エルミーユ様。
ポリーちゃんは、エルミーユ様が付いてきてしまった事に困ったような表情を浮かべている。
エルミーユ様は勝手に付いて来ちゃったんだろうし、ポリーちゃんの立場では拒否する事なんて出来ないだろうからしょうがないね。
「お待たせいたしました……」
「姉上も来てしまいましたか……」
「なによ? 私が居たらマズイ事でもあるの?」
「イエ、マッタク」
レンヴィーゴ様、あからさまに口調が違ったよ……。
「……心配しなくても大丈夫よ、邪魔なんてしないから」
そう言いながら、自分で椅子を用意して楽しそうに腰掛けるエルミーユ様。
エルミーユ様って、そんなに魔法に興味があるのかな? レンヴィーゴ様は、知的好奇心が旺盛って印象があるけど、エルミーユ様にはそういう印象が全くと言って良い程無いんだよね。どちらかと言えば、その場その時に楽しそうな事に全力で首を突っ込んでいくって感じ。
エルミーユ様からみて、わたし達の特異魔法の検証が楽しそうに見えたって事なのかな。
「勉強の方は大丈夫なのですか? また家庭教師の先生が来る頃になってから課題を手伝って欲しいと言われても僕は知りませんよ?」
「あー、もうっ! 大丈夫よ! 思い出させないで!」
レンヴィーゴ様からの指摘に、途端に機嫌を悪くするエルミーユ様。たぶん、そう遠くない将来、課題を手伝って欲しいって弟に泣きつく姿が見れるような気がするよ……。
「そんな事より、ポリーに聞いたわよ。私のぬいぐるみをルミの魔法の検証に使いたいんでしょ? それなら私も立ち会う権利があると思わない?」
「もし僕が反対したとしても、姉上は何とかして居座るつもりですよね?」
「分かってるんじゃない。それじゃ、こんな無駄な話し合いなんてやめて、さっそく検証とやらを始めましょうよ」
エルミーユ様はニッコニコでポリーちゃんに預けてあった火種売りの少女のぬいぐるみを受け取り、それをテーブルの上に置いた。
その様子を見て、レンヴィーゴ様は困ったように溜息をついた。
「仕方ありませんね。それじゃ、本当に邪魔だけはしないでくださいね?」
レンヴィーゴ様はそう言いながら、新しい紙を一枚用意する。どうやら、検証結果をメモしておくつもりらしい。
「それではルミさん、まずは何もしてない状態で試してみましょうか」
「はい。それじゃ魔法を使ってみますね」
わたしが魔導書の魔法陣に魔力を流そうとした途端、エルミーユ様からのストップが掛かる。
「いやいや、ちょっと待ってよ二人とも! 私も居るんだから、まずは説明してからでしょ!? これじゃ何にも分かんないじゃない」
「仕方ありませんね……」
レンヴィーゴ様は疲れた様に一つ溜息をついてから、これまでの仮設とも呼べないような仮設を語り始めた。
わたしとマールの魔導書に特異魔法らしき魔法陣が現れた事から始まって、生前のマールの事、マールがこの世界に来てから違う姿で生き返った事、その姿がわたしが作ったぬいぐるみに酷似している事などなど。
レンヴィーゴ様の淀みない説明をエルミーユ様は黙って聞いていたけど、一通り説明が終わった所で、眉間に皺を寄せた。
「えっと、つまりはルミさんは特異魔法持ちで、その特異魔法でマール君を生み出したって事?」
「今のところ、全てが憶測ですけどね」
「もし……、もしもの話よ? その憶測が当たってたとしたらさ……、それって創世神話で神々が人間を生み出したのと同じって事じゃない?」
エルミーユ様のあんまりにも突飛な発現に、わたしは開いた口が塞がらなかった。
やっぱりサブタイトル変更しました。
だって、この人たち、いつまで経ってもお屋敷から出て行かないんだもん!(*>ω<)=3
主人公は今の所、レンに逆らえる立場じゃないし、レンは自分の知らない魔法に興味津々で検証する時間を取れるようになるのを首を長くして待ってたはず。
なので、最低限の身を守る術(魔法)を教えたところで「さぁ、もう大丈夫だよね? じゃぁさっそく検証しようか(ニッコリ)」ってならないはずが無いというか・・・。
レンの事、人並み以上の知的好奇心持ちなんて設定になんかするんじゃ無かった orz




