今日から魔法使い! 11
「神の奇跡では無かったとしての話ですが、ルミさんはマール君が生き返った時の事は覚えてらっしゃいますか?」
「……はい。嫌な記憶も一緒に思い出してしまいますが……」
あの時のコボルトは怖かった。軽くトラウマレベルだ。
ぬいぐるみだったマールに命が宿ったのは、わたしが森の中で魔物であるコボルトに襲われていた時だ。
この世界に転移してしまったばかりのわたしは、コボルトに襲われて腕を負傷。その傷から血が流れ落ちて、その血がぬいぐるみに付着したはずだ。
そして、ぬいぐるみが光り出して、マールが動き出した。
わたしがその時の事を説明すると、レンヴィーゴ様はいつもの顎を指先で撫でる仕草をしながら、何やらぶつぶつと呟いている。
「仮に、これが特異魔法であるなら、依り代となるぬいぐるみを生物に変異……? いや、ぬいぐるみに宿るはずの、精神、魂の様なものを引き寄せる魔法?」
なんだか難しそうなことを言ってるぅ……。
だけど、こういう時のレンヴィーゴ様って自分の考えに没頭しちゃって、周りの声が聞こえて無いみたいなんだよね。色々聞いてみたいんだけど。
わたし自身の考えとしては、やっぱりわたしの血がぬいぐるみに付着した事が発動条件の一つではあると思うんだよね。レンヴィーゴ様の魔法講座で、生き物の身体に流れる血には魔力が豊富に流れているって話もあったし。
わたしがそんな事を考えていると、レンヴィーゴ様の方も何やら考えが纏まったみたいだ。
「申し訳ありません。つい、考え込んでしまいました」
「いえいえ、全然大丈夫です。……それで、わたしはどうすれば良いですか?」
「そうですね。とりあえず色々検証したい所ではありますが……。まずはルミさん自身の考えが正解かどうか分からないので、そこから確かめてみましょう。まずは件の魔法陣に魔力を流してみて頂けますか?」
つまりは、わたしが思い至った『ぬいぐるみにマールの魂が宿った』という現象が、本当にわたしの特異魔法なのかどうかを確かめたいらしい。
考えてみれば、当たり前だった。
もしわたしの考えが正解なら、お屋敷に戻って、ぬいぐるみを用意して魔法を発動させればマールの時と同じような変化が起こるはずだけど、もし万が一、周囲10キロメートルを焼き尽くすような超絶破壊魔法だったら、ギーンゲンの村に住む人たちを危険に晒す事になっちゃう。
そんな取り返しのつかない事にならないように、ここでその可能性を潰しておくべきって事なんだろうね。
わたしはコクリと頷いて、レンヴィーゴ様たちから少し離れる。
周囲10キロメートルではないとしても、周囲10メートル位が効果範囲の破壊魔法だったらヤバイので。
「じゃぁ、魔力流してみまーす」
ちょっと大きめの声で宣言してから、身体の中の魔導書に魔力を流す。
魔力は指輪を伝わって、魔導書へ。そこから魔導書の最初のページに描かれている魔法陣に。
魔導書に魔力が流れて、魔法陣に魔力が充填されていく感覚は分かる。
でも、魔力矢とか魔力盾の魔法に比べて、いくら魔力を注いでも充填しきれない感じがする。魔力矢とかの魔法陣なら、魔力を流そうと思った時にはすでに充填完了! ってくらいの時間で済んじゃうのに。
あまりにも時間がかかるので、ちょっと不安になり始めた頃、ようやく魔法陣に魔力が充填しきった感覚を覚えた。
だけどその瞬間。突然、ポシュンって感じに魔力が抜けてしまった。いや、実際に魔力が抜けちゃったのかどうかは分かんないんだけど、そういう感覚になったんだよね。
「ありゃ?」
「どうしましたかー?」
わたしが首を傾げていると、その様子を遠くで見ていたレンヴィーゴ様が大きな声で心配そうに声をかけてきた。
「あ、えっと……失敗しちゃったみたいです! もう一回やってみますねー!」
わたしも大きな声で返事をすると、もう一度、魔法陣に魔力を流し始める。
初めて魔石に魔力を流した時に、一気に魔力を流した事で魔石が割れてしまった事を思い出して、ゆっくりちょっとずつ、慎重に。
さっきより五割増しくらいの時間をかけて、慎重に魔力を注いでいき、充填完了ってなると同時に、やっぱり魔力がどこかに抜けて行ってしまう感覚があった。
なんていうか手応えみたいなものを感じないんだよね。
特異魔法だから何かやり方とか違うのかな。それか実は魔法は発動してるけど効果を認識することが出来ない魔法なのか。
それとも、やっぱりわたしが最初に思った通り、ぬいぐるみに命を吹き込む魔法なのか。
念のために、もう一回魔力を流し込んでみたけど、三回目もやっぱり不発。
四回目は一気に魔力を流す方法を試してみようかと考えていると、レンヴィーゴ様が難しい顔で、マールが寝ぼけたような顔で、わたしの方に歩いてきた。
「どうやら、何も起こらないようですね」
「はい。なんか魔法陣に魔力が充填しきるのと同時にポシュンって抜けていく感じです」
「抜けていく? えっと、魔力が減ってる感じはしますか?」
「あー、いや、それは良く分からないですね」
魔力矢とか魔力盾の魔法を使った時でも、魔力が減った感じってしなかったから、まだ魔力が減るっていうのがどういう事なのか良く分からない。
身体がダルくなったりするのかな?
「こちらで見ていた限りでは、特におかしな所は見受けられなかったので……おそらくですが、何かしらの条件があるのだと思います。一度、屋敷に戻ってから、色々試してみましょうか」
「……はい」
何を試すつもりなんだろう? まさか解剖とかしないよね?
わたし自身の解剖も嫌だけど、マールを解剖するってのも嫌だよ?
不安な気持ちを抱えたままお屋敷に戻ると、何故か玄関の所にエルミーユ様の姿が。エルミーユ様の脇には、オロオロとするポリーちゃん、ポリーちゃんの周りには角兎ことジャッカロープのノエル君の姿もあった。
「やっと戻ってきたわね!」
エルミーユ様は今日も元気いっぱいだ。なんていうか、悩みなんて無さそう。
「姉上、わざわざお出迎えですか。何かありましたか?」
「今までずっと屋敷から出なかったルミとマール君が、突然、出かけたって聞いたら、何かあったのかなって考えるのは当たり前でしょう?」
「あー。そういう事ですか。確かにそうかもしれませんね」
最近、わたしの事を『ルミ』と呼ぶようになってきたエルミーユ様。何か特別なきっかけがあったわけじゃない。
わたしの方は、恐れ多くて愛称なんかでは呼べないけど。
「それで、三人でどこで何をしてきたの? ……あれ? マール君の腕についてるのは何? それにルミのその指輪って魔導装具? 今まで付けてなかったわよね?」
エルミーユ様は気が付いたようだ。まぁ、わたしもマールも魔導装具は常につけておくように言われているので、すぐにバレるとは思ってたけど。
「その事も含めて、これから説明します。ポリー、父や母をリビングに呼んでください。それとレジーナとポリー、ノエルにも同席してもらいます」
「私たちも、ですか?」
ポリーちゃんがチョット困惑したように聞き返す。別にポリーちゃんたちが悪いことをしたわけじゃないんだから、そんなに不安そうな顔をする必要は無いんだよぅ。
「ええ。いずれは領民全員に知ってもらいますが、今日の所はウチに居る者に話をしておきます」
「分かったわ、ポリーはすぐに皆を呼んできてちょうだい」
そう言ったエルミーユ様の表情が変わった気がする。
なんというか、いつもは明るくて無邪気なお転婆令嬢って感じだけど、今はどこかしら凛々しささえも感じるというか。
ポリーちゃんとノエル君がお屋敷の中に駆けていく様子を見送ったエルミーユ様は、まっすぐにわたしの方へ向き直った。
「それでレンの話っていうのは、ルミとマールが『迷い人』だって話?」
ええぇ!?
なんでバレてるの~??
今週頑張れば待ちに待ったゴールデンなウィーク。
お家でゆっくり書き溜めしたいです。お金のかからない趣味って素晴らしい(*‘ω‘ *)




