今日から魔法使い! 8
魔導装具を手に入れたわたしとマールは、いよいよお屋敷の外に出られる事になった。
転移してから幾星霜。ようやく本格的な異世界デビューだ。
ここまで長かった。ホントに。
自分では引きこもり気質で、ずっと家から出なくても平気だと思っていた。実際に、長期連休の時なんかには、ほとんど出歩かずにぬいぐるみ作りに没頭してたことも多かったし。
だけど、実は自分で思ってるよりもアクティブだったのかな。屋外に出るのが、これほど楽しみだったのは初めての経験かもしれない。
まぁ、自分の意志で家から出ないのと、自分の意志とは関係なく家から出られないのでは、天と地ほどの差があるって事なんだろうね。
そんなわけで、実に久しぶりの屋外!
お屋敷の玄関を通って外へ出ると、ほぼほぼ何にもない庭が広がっていた。
視線を左右に振ると、平屋の厩舎やら物置小屋やらがあって、逆方向にはレンガ造りの小さな小屋の様なものが見える。あれってもしかして|竈≪かまど≫なのかな?
庭は木製の柵にグルリと囲まれてるんだけど地面は石畳とかじゃなく、踏み固められただけの土だ。
木製の柵の向こう側には、小さな家がそれぞれ距離を開けて不規則にポツンポツンと建っているのが見る。
わたしも、お屋敷の窓からちょっと外の景色を眺めた事もあったから、何となく分かっていたけど……。どうやらここは『中世ヨーロッパの街並み』なんて言葉は似合わない所らしい。
一言で言い表すとしたら、ズバリ『田舎』だ。
「田舎過ぎて驚きましたか? ここは父が|叙爵≪じょしゃく≫された際に与えられた領地なのですが、まだまだ開拓が進んでいないんです」
「えっと、ここは開拓を始めてどのくらいなんですか?」
「十年程ですね。まだまだこれからという所です」
正直、新しく土地を開拓するのに、十年というのが長いのか短いのか良く分からない。
開拓って言葉から、森を切り開いて家を建てたり農地を造ったりなんてのがイメージ出来るけど、それが具体的にどのくらいの時間がかかるのか分からないんだよね。
「とりあえず、まずは魔法を試すために移動しましょう」
レンヴィーゴ様は、そう言いながら移動を開始する。どこに行くのかなって考えながら後ろをついていったら、どうやら敷地の隅に建てられた厩舎に向かっているようだ。
平屋の厩舎には、馬房が四つあって、その中の二つの部屋にそれぞれ馬が入れられている。
だけど、わたしが日本で見慣れた馬とはちょっと違うかな? 大きさはそれほど変わらない気がするんだけど、脚とかは太く感じる。
なんでそんな事が分かるかと言えば、実はわたし、同世代の他の子に比べて競馬に興味があったから。
父の数多くある趣味の一つが競馬だったので影響を受けていたって事もあるんだけど、わたしはわたしで、競馬場で売ってる競走馬のぬいぐるみが好きだったんだよね。
日本でぬいぐるみを売っている場所といえば、まずはおもちゃ屋さん、次に動物園とか水族館とか。その次に競馬場って位に、競馬場の売店はぬいぐるみが溢れてるのだ。
そんなわけで、わたしもよく父に競馬場へ連れてってもらったし、サラブレッドの事もそれなりに見てきた。
記憶の中のサラブレッドと比較して、馬房の中の馬たちはどちらもちょっと足が太いような気がするんだよね。
「ルミさんとマール君は馬には乗れますか?」
「無理ですっ」
馬房の中の馬の鼻面を撫でながら聞いてくるレンヴィーゴ様にキッパリと答えるわたし。
夏休みとかに競馬場に行くと子供向け企画としてポニー乗馬体験とかあって、わたしも乗せて貰った事があるんだけど、係員のお姉さんが引き綱を持って先導してくれるポニーに跨ってただけなんだよね。
そんなわたしが一人で馬になんて乗れるわけがない。
「そうですか……。ルミさんの住んでいた場所では移動に馬を使う事は無かったのですか?」
「あー、昔は移動に馬を使っていた事もあったらしいんですけど、わたしが生きていた時代では馬の必要ない馬車の様な物でしたね」
「馬の必要ない馬車、ですか? それはどういった物でしょう?」
「えっと、馬車は馬に引っ張って貰って動きますよね? その馬の代わりを別の動力に変えたものって言えば良いのかな……」
「その代わりの動力というのは? 帆船の帆の様な物ですか?」
「ん~、炎のチカラですかね? わたしも上手く説明できないんですけど……」
「炎のチカラ、ですか。実に興味深いですね。後でじっくり聞かせてもらっても?」
「わたしに分かるのは大雑把な部分だけなので、それでも良ければ……」
エンジンとか言っても通じないだろうし、エンジンの仕組みなんてのも、わたし自身もよく分からない。
父さんなら車やオートバイも好きだから説明できるんだろうけど……。
そんな話をしながらも、厩舎から馬を連れ出すレンヴィーゴ様。馬の方も嫌がる素振りとか見せずに素直に従っている。
レンヴィーゴ様は、ひらりと馬にまたがり、わたしの方に手を差し出してきた。
「相乗りで申し訳ありませんが、ルミさんは僕の前に乗ってください。マール君はルミさんが抱っこをお願いしますね」
片手でマールを抱えたまま、レンヴィーゴ様の手を取ると、力強く引っ張り上げられてしまう。
うわっ。高いっ!
馬ってやっぱりポニーと違ってかなり目線が高くなる。ちょっと怖い。
それに、これはヤバい。レンヴィーゴ様の両腕がわたしを包むように抱え込んでくる。わたしの後頭部のちょっと上あたりにレンヴィーゴ様の顔があるのがわかって、無茶苦茶ドギマギする。
男の人とこんなに密着するのなんて、父さん以外に記憶にないよ!
「それでは、行きますよ」
「は、はひぃ!」
耳元で囁かれ、顔が真っ赤になっていくのが分かる。
うへ~。照れる! しかもちょっと噛んだ! 恥ずかしい!
わたしは馬の背中の高さによる恐怖と、男の人と密着してる恥ずかしさのダブルでドキドキしながらも、必死でレンヴィーゴ様掴まる。
レンヴィーゴ様はゆっくりと馬を歩かせお屋敷の庭から出ると、まばらに散らばって作業をしていた人たちが、こちらを注目している事に気が付いた。
「あの、なんか皆さんに見られているような気がするんですけど……?」
「そのようですね。きっとルミさんを見てるんだと思いますよ。ギーンゲンは小さな辺境領で皆が顔見知りなため、知らない人っていうのは目立ちますから。それにマール君の存在は注目に値しますよ。僕も彼らと同じ立場だったら、じっと見つめてしまうと思いますね」
そう楽しそうに言うレンヴィーゴ様は、なんだか嬉しそうだ。
「こんなに注目されちゃって、大丈夫なんですか?」
「今日、これからルミさんとマール君に魔法を試してもらって満足いく結果が出れば、領民の皆には紹介をするつもりでしたから、ほんのちょっと早いか遅いかの違いだけでしかありませんよ」
それって、魔法の試し撃ちが失敗に終わったら、どうするつもりだったんだろう?
そのあたりの事を聞いてみると、レンヴィーゴ様は失敗する事なんて無いと考えているらしい。
レンヴィーゴ様自身が付きっ切りで魔法について教えて、魔法陣を描き写す所にも立ち会っていたし、わたしもマールも魔法を発動出来る事自体は既に分かっているのだから、失敗するはずが無いとの事だった。
レンヴィーゴ様の自信がスゴイ。
わたしも一応、魔力盾の魔法は使えたんだから大丈夫だとは思う。だけど、やっぱりちょっと不安もある。
魔力矢の魔法が発動したからって、ちゃんと目標に向かって飛んでくれるのか分かんないし。明後日の方向に飛んでって、周囲に被害が出ちゃったらどうしよう……。
そんな不安を抱えるわたしとは対照的に、マールはのんきにうたた寝状態だし。
その図太い神経を少し分けてほしいよ……。
おかしい。今回で、主人公が魔法をズバババーン!って発動させる予定だったのに・・・
次は、次こそは・・・( 一一)




