今日から魔法使い! 7
マールの手甲型魔導装具作りは、実はわたしはそれほど面倒じゃない。
面倒な部分を担当するのは、レンヴィーゴ様と外注する事になる職人さんだからだ。
わたし達が魔法を使えるようになるまで、領主様の指示で領民の人たちもお屋敷の中に立ち入らせないようにしているため、職人の人達に手配をする仕事は、事情が分かっているレンヴィーゴ様がわざわざ職人の所に赴いてって事になるんだよね。
なので、わたしが担当するのはバンド部分のゴム編みだけ。編み棒も毛糸も揃っている状態なら、サイズ的にもそれほど時間は掛からない。
チャチャっと採寸をして、リクエストを聞いておいてなんだけど、汚れが目立たない黒よりの灰色な毛糸を編んでいく。
マールはちょっと不満そうだったけど、こういう色の方がシックでクールでダンディだよって言ったら、途端に上機嫌になった。チョロい。
そして、翌日の朝。
いつものように食事を終えて、レンヴィーゴ様の部屋に呼び出されたわたしとマールの前には、指輪と手甲型の魔導装具が用意される事になった。
レンヴィーゴ様ってば、職人さんたちに無理言ってないよね?
わたしの分として用意された指輪は兎も角、マールの為に用意された手甲型魔導装具なんて間違いなく一点もののオーダーメードの筈だから、もしかしたら職人さんは徹夜で頑張ったんじゃ……。
「こちらがお二人の魔導装具となります」
ニッコリと笑顔を浮かべるレンヴィーゴ様。だけど、なんだかちょっとお疲れの様な。もしかして職人さんに注文しただけじゃなくて、一緒になって製作に励んでいたとか?
そういえば、昨日は夕食の後に姿を見なかったような気もするし……。
レンヴィーゴ様の頑張りには感謝半分呆れ半分って感じだけど、ここでは気が付かなかったことにした。
ここ何日か一緒に暮らす中で、レンヴィーゴ様の性格というか人となりというかが分かってきたような気がするんだよね。
ズバリ、レンヴィーゴ様はマール用の魔導装具作りをムッチャ楽しんでたと思う。
新しい発想とか技術、知らない分野の知識などなどへ触れる事にワクワクしちゃうタイプなんだろうね。
なので、多分わたしが何か言っても聞いてくれなかったと思うし、隠れて職人さんの所に行っちゃったと思うんだよね。
「ありがとうございます」
「にゃー! やっぱりコレカッコいいにゃ! ルミしゃま、レンしゃま、ありがとにゃ~」
わたし達の前に並べられた二つの魔導装具。
改めて見てみると、わたし用に作られた指輪はなんの装飾もないシンプルな物だ。既製品っぽいというか個性が無いというか。
だけど改めてみてみると、レンヴィーゴ様の指にはめられている魔導装具も全くと言って良いほど同じデザインの様な気がする。ペアリングの男性用・女性用ってくらいの違いかな。
意識しちゃうとちょっと恥ずかしい。
もう一つの魔導装具、手甲型のマール用の物も、わたしが最初にイメージしていたものよりはシンプルなデザインになっていた。
でも貧相って感じじゃなくて、機能性を求めたって感じなのかな。作りが甘いわけじゃなくて、使い勝手も良さそう。
「こちらは、すでに導魔樹の木片を仕込んでありますので、そのまま身に付けて貰えばすぐに使えるようになってます」
レンヴィーゴ様はそう言いながら、わたしの方に手を差し出してくる。
余りに自然な仕草だったので、わたしは吸い込まれるようにその手を取ってしまった。レンヴィーゴ様の手はやっぱり女のわたしより大きくて、ちょっとゴツゴツしている感じ。
レンヴィーゴ様は流れるような動きで片手で指輪をとり、それをわたしの指に嵌めようとしたところで、ピタリと止まった。
「えっと……そういえばルミさんの居た世界では、指輪を填める指によって意味があったりしましたか?」
一瞬、何を聞かれたのか分からなくてキョトンとしてしまう。
「こちらの世界では、左手の薬指というのは神聖な指とされていて、左手の薬指は永遠の愛を誓い合った者同士がお互いに送りあった指輪をする指とされています。ルミさんの世界でも同じような伝承や風習があったりしますか?」
あー。一応あるね。そんな感じの話。しかも左右それぞれの指に意味があったはず。覚えてないけど。
「左手の薬指にする指輪は、結婚指輪って事が多いですね。だけど、それほど絶対的に信じられている訳じゃなくて、結婚してるのに指輪はしていないって人も居れば、結婚するつもりのない人が異性を遠ざけるために自分で買った指輪を左手の薬指につけているなんて話も聞いた事があります。それ以外の指にもそれぞれ意味があったはずですけど、左手薬指に比べたらあんまり広まってないし、知らない人が多いですね。わたしも知らないです」
「では、一応左手の薬指は止めて人差し指にしておきましょう。こちらの世界では、左手人差し指には進むべき道を持っている……つまりは将来どのような生き方をするつもりか決まっていますという意味があるんです。ルミさんは元の世界に戻るための道を歩まねばならないという事で相応しいかと思います」
そう言いながら、わたしの指に魔導装具を付けてくれるレンヴィーゴ様。
いままで男の子にこんな事をしてもらった事が無いわたしは、心臓がバクバクして顔が赤くなっている自覚がある。
もちろんレンヴィーゴ様にそんな気持ちが無いのは分かってるし、左手の薬指じゃ無いから意識する必要なんか無い筈なんだけど、それでも、男の子にアクセサリーを付けてもらうって事自体が初めてなんだから、慣れてないのはしょうがないじゃないか!
なんだかポーっとしたまま、レンヴィーゴ様の優し気な顔を見つめてしまう。
「にゃー、マールも付けてみたにゃ。カッコ良いにゃ?」
心臓が口から飛び出そうなくらいに暴走しているわたしの事なんか、まったく気が付いていないマールが嬉しそうな声をあげた。
その声に引き戻されて、慌ててマールの方を見ると、マールも手甲型魔導装具を左腕に付け終わっていた。
毛糸のリストバンドに、覆うように皮革を縫い付けてあるような感じ。
擬人化した姿だとちょっと防御範囲が狭いような感じがするけど、猫の姿に変わったときに相対的に大きくなってしまうので、間接の動きを妨げないようなサイズ感になっている。
正直言えば、これに防御力なんて期待できないだろうね。期待しているのは、マールに戦う意思があって戦う準備も出来ている事を周囲に知らしめる事だ。
つまり、何かあれば反撃する用意は出来てるから、安易にちょっかい掛けてこないでねって事がアピールできればいい。
防具を付けているという事は、戦いの場面になれば武器を取って立ち向かう人って事だからね。
「良く似合ってますよ、マール君。付けてみた感じはどうですか? きつ過ぎたり緩すぎたりはしませんか?」
レンヴィーゴ様、わたしに指輪をはめてくれた時に比べてスゴイ食いついてる様な気がする。
なんだかわたし一人でドキドキしてただけみたいだ。地味にへこむ。
「これ、毛糸の部分がみょーんって伸びるから、大きさは問題ないみたいにゃ」
そういう風に作ったからね。そのためのゴム編みだし。
「念のために、猫の姿になってもらえませんか? きちんと魔導書に魔力が流れるのかも確かめたいので、魔導書は体の中から出さずにお願いします」
「りょーかいにゃー」
作り始める前に、両方の姿で採寸してあるので大丈夫なはず……なんだけど、やっぱりわたしもちょっと心配だ。
わたし達が見つめる前で、マールはいつも猫に変身するときと同じように、服を脱ぎ始めた。服を着たまま変身すると服の中に埋もれちゃうから。
手甲型魔導装具以外の服を全部脱ぐと、マールはいつものように魔力を流す。今までは魔導書を手に持った状態で流していたけど、今回は魔導装具がきちんと使えるかを試すために、魔導書を体の中に取り込んだままのチャレンジだ。
魔力が魔導装具に組み込まれた魔導樹の木片を通り、マールの体の中にある魔導書の最初のページに描かれている魔法陣へと流れていく。……多分。
いや、だって魔力って目に見えないんだよ。なんとなく感じる事は出来るんだけど、目に見えないから、実際にはどうなってるかなんて分かんないんだよね。
わたし達が固唾を呑んで見守っていると、マールの身体がパーって感じに光り始め、その光がどんどん小さくなっていく。
そして小さくなった光が消えた時には、いつもと同じように、だけどいつもと違って左前の脚に手甲型魔導装具を付けた猫のマールの姿があった。
「にゃ。こっちの姿でもピッタリにゃ。さすがルミしゃま~」
猫の姿になると、ちょっと装備位置が上にズレてる気がする。これは、ヒト型と猫型の身体構造の違いによるものかな?
でもおかげで、猫の姿で四つ足で立ったり走ったりする時に邪魔になるようなことは無いみたいだ。
「どうやら問題ないようですね。魔法も無事に使える事も確認できましたし、一安心です」
えっ。わたしの方はまだ魔法が使えるかどうか確認してないんですけど?
「あの、わたしは確認はしなくても大丈夫なんですか……?」
「おっと、そうでした。失礼しました。えっと、それではルミさんも魔法が使えるかどうか確認してみましょう。魔力盾ならこの部屋の中で使っても問題ない筈ですので」
完全に忘れてたって感じで、ちょっと寂しい。そりゃ、レンヴィーゴ様にとっては、ただの異世界人であるわたしよりも、異世界から来た見た事も無い種族のマールの方に興味が湧くのは仕方が無いのかもしれないけどさ。
わたしはチョットしょんぼりしたまま、マールと同じように魔導装具の指輪を通じて魔導書に魔力を流す。
はいはい。
無事に魔力盾の魔法が発動しましたよ。クスン。
年度末です。
四月からは、もうちょっとお話を動かしたいなぁ~
まぁ、のんびり展開なのは変わらないと思いますが・・・(*‘ω‘ *)
20210403 サブタイトルの「!」が欠落していたので修正。ぴえん。




