ぬいぐるみ作り 14
反故紙をクシャクシャと丸めては、三面図と比較して、またクシャクシャと丸めるポリーちゃん。
やっぱり慣れてないからか、思うような形にならないみたいだ。
「ポリーちゃん、芯材はテキトーで良いんだよ。大事なのは、粘土を被せた時に狙い通りの大きさになるようにちょっと小さ目に作るって事だけだからね」
アドバイスを送ってみるも、集中しきっているポリーちゃんからは生返事が返ってくるだけ。
お姉ちゃんはちょっと寂しいよ。
芯材は粘土の使用量を減らす事だったり、重さを低減させる事が目的だから、芯材を完璧に作ろうなんて思う必要は無い。まぁ、ある程度形ができてる方が、後々、楽になるのは間違いないけど。
でも、ポリーちゃんがそれに気が付くのは、もうちょっと経験を積んだ後になるかな。
とりあえず、今は好きなようにやってもらって、わたしはわたしで『火種売りの少女』用の芯材を作ってしまおう。
そういうわけで、わたしとポリーちゃんの二人で黙々と手を動かす。
レンヴィーゴ様は、途中で席を立っちゃってるんだよね。最初にわたしがした説明を聞いて満足したのかな。
ぬいぐるみそのものよりも、向こうの世界の知識とか技術とかに興味があるっぽいから、次の段階に進むまでは、制作過程を見ていてもしょうがないって判断なのかも。
芯材ができたら、続けて小麦粉粘土の出番だ。
塊になっている粘土を千切り取って、指先でちょっと捏ねてからペタリ。また千切って捏ねてペタリと繰り返す。
正直に言ってしまえば、今回に限ればわたし自身には必要ない作業工程なんだよね、これって。なぜなら、ヒト型のぬいぐるみは何度も作った事があって、型紙も覚えてるから。
今回作る『火種売りの少女』も、以前作ったものと大きくは変えてないので、記憶の中にある型紙をちょっとアレンジするだけで作れるのだ。
つまり、型紙を作るための工程はすっ飛ばすことが出来る。
なのに、何故こんな事をしているかといえば、ポリーちゃんに手順を説明するため、そして検証のためだ。
マールをモデルにしたぬいぐるみは、なぜ普通の生き物のように動くようになったのか。
マールのぬいぐるみだから命を持ったのか、それとも、わたしが作ったぬいぐるみだから? もしかしたら、わたしが作ったかどうかは関係なく、他の人が作ったぬいぐるみでも何らかのきっかけで動き始めるかも?
ぬいぐるみだったマールが生まれ変わって動き出したのだから、次に作るぬいぐるみもまた命を吹き込まれ動き出すかもしれない。
もし、マールだけの特別な事例だったなら、それで良い。
だけど、そうじゃなかった場合、これから私の作るぬいぐるみの全てが命を持ってしまうって場合の時は、どこまで私が手掛けたら命を持ってしまうのかっていう境界線の位置を調べたいのだ。
わたしとしてはマールの時が特別だっただけで、もう同じ現象が起こるようなことはないって思ってるんだけどね。
でも、万が一、わたしが少しでも手を出したぬいぐるみが命を持つようになってしまうという結果になってしまうと困る。
そうじゃなかったとしても、はっきりとした境界線が分かるまでは、おいそれとぬいぐるみ作りをする事も出来なくなってしまうかもしれない。
なので、ポリーちゃんに作り方を覚えて貰いたいっていう気持ちもあったりする。アイディアだけ出して、ポリーちゃんに作ってもらえるように。
実際に、自分の手で作り出せなくなるのは寂しいけど、もしそうなってしまった場合の為に今から準備をしておくのは悪いことじゃないはずだ。
それに純粋に、ぬいぐるみ仲間も欲しいっていう理由もあったりする。それがポリーちゃんみたいな可愛い女の子なら言うことなしだ。
「あの、こんな感じでどうでしょうか?」
ポリーちゃんの手元にある五つの部品。
パット見て分かる。無茶苦茶丁寧だ。わたし、ここしばらくはこんなに丁寧に作りこんだ事なかったよ。
まぁ、何回か作れば、そのうち良い感じに手を抜く事を覚えると思う。
「十分すぎるくらいにちゃんと出来てるよ。じゃぁ今度はその芯材に粘土をくっつけてみようか」
「はい。それじゃ粘土を少しいただきますね」
丁寧に粘土を千切り取って、頭部にあたる部分から少しずつ粘土を盛っていくポリーちゃん。
わたしの方は慣れている分だけ作業が少し先行しているので、ゆっくりポリーちゃんのことを見てられる。
真剣な表情で自分が描いた三面図と比較しながら小さな手を動かす様子は、なんとも可愛らしい。ずっと見てても飽きないくらいだ。
こんな妹が欲しかったなぁ~。
ポリーちゃんはそんなわたしの視線に気が付くことなく黙々と作業を続けて、頭部に続いて胴体、腕、足と粘土を盛りつけてテーブルの上に並べた。
頭に枝角を生やして二本足で立つウサギ。ほんのり擬人化風味。横倒しにされて並べられてるけど。
「あの……これで大丈夫ですか?」
「うんうん。大丈夫大丈夫。それじゃ一段落した事だし、今日はお終いにしようか」
開け広げてある窓の方に視線を向ければ、薄暗い空が見える。
そろそろレジーナさんが夕食の準備を終えるころかも知れない。この世界は夕食が早いからね。
「え……? あ、はい。そうですね。それじゃこちらは片づけておきますね」
わたしと同じように窓の外を確認したポリーちゃんは、ちょっと残念そうにそう言うと、椅子から立ち上がてテーブルの上の三面図や小麦粉粘土を片付け始める。
片付けるといっても、テーブルの上で一か所にまとめるだけなので簡単に終わる。
「それじゃ、母の手伝いに行ってもよろしいですか?」
「うん。夕ご飯も楽しみにしてるね」
作ってくれてるレジーナさんやポリーちゃんには申し訳ないけど「美味しすぎて食べ過ぎちゃう」とは言えないんだけどね。
レジーナさんの料理の腕の問題じゃないと思うんだよ。良くも悪くも味は安定しているから。ただ、洗練されていないというか何かが足りないというか。
多分、食文化そのものが発展してないんだろうね。もしかして都会に行けば少しは美味しい物が食べられるのかな?
都会なら、ひょっとしたら向こうの世界では味わった事のない珍味とかもあるかもしれない。
やっぱり、ドラゴンステーキとかあるのかな? 噛み切れないほどの硬いお肉なのか、それとも硬いのは鱗だけでお肉自体はとろける様な柔らかさなのかな。
せっかく異世界に来たのだから、一度くらいはファンタジー食材も食べてみたいな。
わたしが未だ味わった事のないドラゴンのお肉に思いを馳せていると、マールが部屋に帰ってきた。
「ただいまにゃー」
「おかえりなさい。今日もノエル君と遊んでたの?」
「うぃうぃ。今はノエルと遊びながら身体を動かすくらいがちょうど良いにゃ」
「今は?」
「うぃうぃ。今は、にゃ。レンしゃまからお屋敷の外に出て良いってお許しが貰えたら、マールは特訓をするにゃ!」
「特訓? なんの?」
「それはもちろん……戦う特訓にゃ!」
小さな拳を突き上げてポーズをとるマール。
非常に可愛くはあるけど、残念ながら全く強そうには見えない。正直、少しくらい特訓した所で、強くなれるのか、それどころかまともに戦えるようになれるのかさえ疑問だ。
詳しく聞いてみると、マールはこの世界に来てしまった最初の日に、森の中でコボルトに襲われていたわたしを守れなかった事が悔しくてしょうがなかったらしい。
そこで、少しでも強くなりたいと考えて戦闘訓練をしたかったらしいんだけど、室内飼いだったマールには、猫同士で喧嘩もした事がないし、どういう訓練をすれば良いのかもよく分からなかったっぽい。
普通だったら走り込みとか千本ノックとか四股を踏むとか色々考えつくと思う。だけど、元々が普通の猫だったマールには、そういう知識が全く足りなかった。
そこで、出来る事なら何でも協力してくれると以前に言っていたレンヴィーゴ様に甘える事にしたらしい。具体的には、どうすれば強くなれるのかを相談しに行ったという。
相談を受けたレンヴィーゴ様は、まずは戦闘訓練を行えるだけの体力をつける為に、ノエル君と体を動かす遊びをしてみてはどうかと提案してきたそうだ。
だからお屋敷の中で、かけっことかしてたのか。
レンヴィーゴ様が、お屋敷の中で走り回るマール達をフォローしてたのは自分が提案した事だったからなのね。
わたしが一人納得していると、マールは得意げな笑みを浮かべる。
「戦闘訓練が出来るようになったら、頑張ってルミしゃまを守れるようになるにゃ。だから安心すると良いにゃ!」
その自信がどこから出てきたのかはサッパリ分からないけど、この何があるかも良く分からない世界で私のために強くなろうとしてくれる気持ちはとても嬉しい。
でも、その一方でマールには危ない事はして欲しくないっていう気持ちもある。
同じくらいの体格の人たちでも、格闘技の練習とかでは怪我が絶えないって話を聞くのに、自分よりも数倍大きな人たちに囲まれた訓練で、もし事故が起こってしまったらとても無事では済まないよね。
もし、万が一の事故でマールにもしもの事があったらって考えるだけで怖い。
「……あんまり危ない事はしないでね?」
「大丈夫にゃ~。マールは世界一の剣士になるにゃ! 誰にも負けにゃいから、危ないことなんか何にもにゃいにゃ」
……?
この前までは、魔法を使えるって事が分かって魔法使いだーって喜んでいたはずなのに……。いつのまに剣士に宗旨替えしたんだろう?
でも、最初にわたしが作ったぬいぐるみは三銃士を模したデザインだったから、魔法の方が浮気であって、本来の形に戻ったって事なのかな?
猫は気まぐれって言葉をよく聞くから、来週あたりには、また違う事を目指してるかもしれないけど。
* * *
そんな話をした翌日の朝。
いつものように朝食を終えたわたしたちに、レンヴィーゴ様から声をかけられた。
「ルミさん、マール君。今日はこの後すぐに僕の部屋へ来ていただけますか?」
「はい。わかりました」
「了解にゃー」
頭の中にはてなマークが浮かぶ。
用事があるなら、この場で用件を言ってもいいはずなのに、なぜわざわざ部屋に呼び出そうとするんだろう?
なにか内緒話でもあるのかな?
そう考えて、思い出した。
そういえば、そろそろ魔導書が実るタイミングなんじゃない!?
あいかわらず、魔導書が実るっていう表現に違和感を感じるけど、それは置いておいて、いよいよ本格的に魔法の練習が出来るようになるのかも!
呼ばれた理由に思い至らないマールを急かしながら、レンヴィーゴ様の部屋を訪れるとそこにはレンヴィーゴ様だけじゃなくて、領主様であるスタンリー様の姿もあった。
「さぁ、こちらへ入ってください」
「はい、失礼します」
部屋の中にお邪魔すると、つい導魔樹のプランターの方に視線がいってしまう。
わたしたちの部屋に置いておくと、ポリーちゃんやエルミーユ様が来た時にバレちゃうから、色々な魔法の道具や貴重な本が多くある為に他の人が立ち入ることが無いレンヴィーゴ様の部屋に隠してもらっていたのだ。
わたしの分とマールの分で、二つ並んだ導魔樹には、それぞれに枝の途中から一冊の本が生っていた。リンゴとか梨とか柿とかみたいに、枝の途中からブラーンって感じで。
実際に目にしても、やっぱり違和感バリバリだ。
「おお~! 魔導書が出来たにゃ!?」
「ええ。昨日の夜から今朝の間に完熟したようなので、お二人をお呼びしました」
完熟って……。果実とかに使う言葉のはずなのに。
「レンしゃま! これもう採って良いにゃ? どうやって採るにゃ!?」
興奮気味のマールが聞くと、レンヴィーゴ様はそんなマールの様子が可笑しかったのか、クスクスと笑いながら答える。
「普通に手でブチっと捩じ切ってしまって大丈夫ですよ」
「分かったにゃー」
マールは嬉しそうに魔導書を手に取ろうとして、背伸びをしながら目一杯に手を伸ばす。……届かなかった。
「に゛ゃ゛ぁ゛~! ルミしゃま、届かないにゃ! 抱っこしてくれにゃー」
涙目のマール。ギューって抱きしめたくなるほど可愛い。
「あ、収穫は一人でお願いします。他人の魔力が混ざるといけないので。……収穫して、一度魔力を流してしまえば、それ以降は問題ありませんから」
レンヴィーゴ様はそう言って、マールのために踏み台代わりの椅子を用意してくれる。
話によると、この世界のあらゆる物が多かれ少なかれ魔力を持っているんだけど、生きているわたしとかレンヴィーゴ様と、すでに生きているとは言えない木材から出来ている椅子では違うらしい。
もちろん、木製の椅子も微弱な魔力を帯びているらしいんだけど、それは|動かない魔力≪・・・・・・≫なのだそうな。
その動かない魔力なら、触れてても問題ないらしい。なので、普通の服とかも問題ないんだって。逆に、生きている草木だとごく稀にだけど影響が出ちゃう事もあるらしい。
なんとなく、理解できるような出来ないような……。とりあえず、魔導書を収穫するために服を脱がなくちゃならないなんて事にならなくて良かった。
そんなの、レンヴィーゴ様に部屋の外に出て貰ってても恥ずかしいよ!
マールは用意してもらった椅子に流石の身軽さでピョンと飛び乗ると、導魔樹の上の方に生っている魔導書に手を伸ばす。
マールが両手でしっかり魔導書を持ってグリグリと捻るとプツンって感じで魔導書が枝から離れた。
「やった! 取れたにゃ! これでマールは魔法使いにゃ~」
満面の笑みを浮かべるマール。魔法使いから剣士になって、また魔法使いに戻っちゃったよ?
「おめでとうございます。事故が起きないうちに、さっそく魔力を流してしまってください」
「了解にゃ~」
ニコニコ顔のまま、マールは両手で魔導書を高く掲げた。
わたしとレンヴィーゴ様が見つめる先で、マールはグヌヌって念を送るかのように魔力を流し始める。
魔力を込めたからなのか魔導書はほのかな光を帯び始め、その光が少しずつ強くなっていき、最後には部屋全体が爆発したかのような輝きを発してからゆっくりと収束していく。
あまりの眩しさに思わず目を閉じちゃったわたしが、おそるおそる薄目をあけると、さっきまで大はしゃぎしていたはずのマールが、どこかに消えてしまっていた。
今日は『吾輩は猫である』で有名な夏目漱石氏の誕生日らしいです。
吾輩は最後まで名前が無く、生まれた場所も分からなかったようですが
ウチのマール君は名前はあるし、そのうち生まれた場所も分かるかもしれません。




