ぬいぐるみ作り 12
ボールを持って部屋を飛び出していったマールとノエル君の様子を見るため、扉を一寸だけ開けて確認すると、ふたりは部屋を出てすぐの廊下の端と端に分かれて立っていた。
ボールを小脇に抱えているのはマールで、ノエル君がゴールキーパーのように構えている。
わたしたちがちょっと遅れた間に、既に二人で話し合ってPK対決みたいな遊びをする事にしたらしい。攻守に分かれて、攻撃側の蹴ったボールが守備側を通り抜けたら一点、みたいな感じかな?
「ノエル、準備はイイにゃ?」
ノエル君に向けて、ビシッと人差し指を突き付けるマール。その姿は、まるでこれからPK対決をしようとする少年サッカー漫画の主人公の様だ。
そんなマールに対して、静かに、だけど大きく頷くノエル君。
ボールを足元にセットして、助走の為に少し離れたマールは何回か軽くジャンプをすると助走を始める。
おぉ、ちゃんと様になってるよ。
キッカー役のマールはタタタタッと近づいて、左足を軸にして右足をボールに叩きつける。ボールは唸りを上げてノエル君の方に向かって……途中で落ちた。
マールとノエル君のちょうど中間くらいでバウンドしたボールは、コロコロと転がると、ゆっくりその動きを止める。
「ボール、こないよぉ」
「あれ? おかしいにゃ? テレビだともっと飛んでたはずにゃ……」
まぁ、ボールと言っても所詮は布ボール。本物のサッカーで使うようなボールと同じという訳には行かない。どちらかと言えば、小さな枕と言った方が近い存在だ。
そんなボールもどきを蹴飛ばしたところで、弾性とか反発力とかは期待できないのだから、それほど遠くまで飛ぶはずが無い。おまけにマールは体格的にいえば人間の3歳児よりも小さい。そんなマールが思いっきり蹴り飛ばしても、サッカー選手がキックしたボールのような飛び方をするはずが無いのだ。
「マール、そのボールはそんなに飛ぶようには作って無いから、もっとゴールまで近づかないと無理だよ」
「にゃー? それじゃ、もっと近づいてみるにゃ」
マールはそう言いながらボールを拾って、トコトコと移動。さっきの半分くらいの距離になるようにボールをセットした。
「今度こそっ! ノエルッ、覚悟するにゃ!」
マールはそう宣言して再び助走を始め、ボールを蹴る。蹴られたボールは、途中までは勢いよく飛んでたけど、ノエル君の所に届くころには急速に勢いをなくしていく。
勢いがなくなったボールに、ノエル君が頭から飛びついてその小さな枝角でヘディングクリア。ボールはポスンと間抜けな音を発して地面に落ちた。
これはマールのPK失敗だね。
「にゃぁぁ!? 失敗にゃ!?」
「こんどは、ぼくのばん」
そう言いながら、今度はノエル君がボールをセットする。
ノエル君はピョコピョコとボールから離れて、焦らす様にゆっくりと振り返った。その視線の先には、今度はキーパー役になったマールが立ちはだかっている。
マールは、猫だけど猫じゃない。身体の構造は人に酷似している。それに対して、ノエル君はウサギじゃないけどウサギだ。頭に枝角が生えてて、人の言葉も喋れるけど、その体のつくり自体はウサギそのもの。
当然、わたしやマールの様にボールを蹴る事は出来ない。
なのでPK対決でも、ボールを蹴る様な事はしない。
「いくよ!」
「絶対とめるにゃ!」
ノエル君は走り出すと、そのままの勢いで廊下に直置きされたボールに頭から突っ込み、枝角をボールに引っかけるようにポーンと弾き飛ばした。まるでカブトムシがライバルカブトムシを角を使って投げる大技、角投げのようだ。
ノエル君の角投げによって空中に弧を描く様に飛んだボール。
フワリという表現がぴったりくるようなそのシュートを、キーパーのマールは一歩も動くことなく難なく正面でキャッチ。
「とったにゃ!」
マールは大喜びでガッツポーズまでしている。
なんというか、見ていて全く緊張感が伝わってこないPK対決だ。迫力も何もあったもんじゃない。
でも、本人たちはすごく楽しそうだし、わたしと一緒に観戦しているポリーちゃんも嬉しそうだ。
こんな感じで、マールとノエル君が交互にキッカーとキーパーをしながらPK対決を繰り広げて大騒ぎしていると、トントンと階段を上がる足音が聞こえてきた。
「……廊下なんかで何をバタバタやってるの?」
階段を上がってきたのは、呆れ顔のエルミーユ様だ。普段のスカート姿じゃなくて、ちょっと太目のカーゴパンツみたいなのを履いてて、それが妙に似合っている。
美少女は、どんな格好をしていてもやっぱり美少女だね。
エルミーユ様が帰ってきたという事は、そろそろお昼が近いのかな? レンヴィーゴ様とかスタンリー様もそろそろ帰ってくる?
「おかえりなさいませ、エルミーユ様。えっと、今はマールとノエル君でボール遊びしてました。わたしとマールはお屋敷の外に出る訳には行かないので……」
「ボール遊び?」
「PKごっこにゃ!」
マール、残念! この世界にはサッカーなんて競技は無いのでPKごっこって言っても通じないよ。
エルミーユ様は困惑した様子で、通訳を求めるような視線をわたしに向けてきた。
「えっと、わたしが住んでた所で遊ばれていた球技です。お互いにボールを蹴りあって、決められた場所にボールを押し込めれば1点って感じで、相手より多く点を取った方が勝ちって感じの遊びですね」
「へぇ、ルミさんの住んでた所にはそんな遊びがあるの? どんな感じなのか見てみたいから、ちょっとやって見せてよ」
「わかったにゃ! ノエル、構えるにゃ!」
そう言いながらボールをセットして、助走の為にボールから離れるマール。
「ああして、静止しているボールを一度だけ蹴って、守っているノエル君より向こう側にボールが行けば、マールに1点です。ノエル君がボールを通さなければマールは0点で、次は攻守交替でノエル君が蹴る順番になります」
「なるほど。交互に繰り返すのね?」
「そうですそうです、普通は5回ずつですね。二人は遊びなので延々とやってますけど」
わたしが説明をしている間に、マールはボールに突進して右足でシュート。やっぱり途中でバウンドしてからコロコロと何回か転がったところでノエル君に止められた。見逃して貰えれば、得点できるって位の飛距離は出る様になったみたいだ。
「ウニャー! やっぱり止められたにゃ!」
世界大会の決勝、延長まで戦い抜いた末のPK合戦最後の一人みたいな悔しがり方をするマール。楽しそうで何よりだ。
そんなマールたちの様子を見ていたエルミーユ様。
「なんだか楽しそうね。私も挑戦して良い?」
キラキラした瞳で聞いてきた。
「ニャー? エルミーユしゃまもやってみるにゃ?」
「ええ、やらせてもらえる?」
エルミーユ様のスペシャルスマイル。相手が男の子だったらメロメロだっただろう。
だけど、残念! マールには通じない! マールも人の容姿の良し悪しは分かるみたいだけど、あんまり関心が無いというか、興味がないみたいなんだよね。猫の容姿の良し悪しなら興味があるのかな? その辺はちょっと不明だったりする。ずっと室内飼いで、他の猫とはあんまり交流が無かったから。
「エルミーユしゃまが蹴るなら、マールがキーパーするにゃ」
マールは先ほどまでと同じくらいの位置にボールをセットしてから、ノエル君と交代でキーパーの位置に付き、両手を大きく広げる。
「さあ、こっちは準備できたにゃ! いつでも来るにゃ!」
エルミーユ様は、マールとボールを交互に見て、数歩後ずさり小さく息を吐きだしてからゆっくりと助走を開始。
ボールめがけて綺麗に足を振りぬいた。ボスンッという枕と言った方が近い音を残して、
ボールはライナー性の弾道を描く。普通のサッカーボールよりかなり小さいのに、一回で蹴れるんだから、やっぱりエルミーユ様の運動神経は並みじゃない。流石、お転婆令嬢。
これまでのPK対決では見る事がなかった勢いのシュートが、キーパーであるマールの左に飛んでいく。
だけど、これこそがシュートと言えるようなボールにも、マールはさすがの動体視力と反射神経でキッチリ反応していた。目にも留まらぬ俊敏な動きで身体を横方向へ移動させ、両手で難なくキャッチしてみせたのだ。
「おぉ! スゴイ! エルミーユ様のシュートも凄かったけど、それを止めるマールも凄い!」
思わず拍手をしてしまうほど。
「なかなかやるわね」
「エルミーユしゃまも、凄いシュートだったにゃ」
お互いにニヤリと笑いあうエルミーユ様とマール。
まるで少年漫画のライバル同士。夕日に向かって走り出すのか。
「ええ、凄かったですわね。貴族の令嬢にあるまじき行いという意味でですが」
そこに突然聞こえてきた声。
わたしでもポリーちゃんでも、マールでもノエル君でも無い声に驚き、ビクンと体を震わせるエルミーユ様。
わたし達全員が声の聞こえてきた方に目を向けると、そこにはいつの間に現れたのか仁王立ちするレジーナさんの姿があった。
ここ数日、このお屋敷にお世話になっていて分かった事が一つある。
このお屋敷で一番怖いのは、領主様であるスタンリー様でも次期領主候補のレンヴィーゴ様でも領主夫人のシャルロット様でもなく、ポリーちゃんの母親であり、このお屋敷のメイドであるレジーナさんだ。
エルミーユ様が令嬢らしくない振る舞いをしているのを叱ったり、シャルロット様が食事もそこそこに本ばかり読んでいるのを叱ったり、スタンリー様が書類仕事を後回しにしがちなのを見はったりしているのは、全部レジーナさんだったりする。
以前聞いたところによると、レジーナさんとスタンリー様の付き合いは古く、スタンリー様が貴族になるよりも以前から面識があったのだそうな。もちろん、大人の男女の関係とかじゃなくて、レジーナさんの亡くなった旦那さんがスタンリー様の友人だったという繋がりらしい。
なので、身分とか雇用関係とかに囚われ過ぎる事なく、良い事は良い、悪い事は悪いとハッキリきっぱり言えてしまうんだそうな。
エルミーユ様にとっては、生徒指導の先生みたいな存在なのかも。
「エルミーユお嬢様、お屋敷の中で大騒ぎするのは、貴族のご令嬢としていかがなものかと思いますが?」
言葉は穏やかなのに、目と声が完全に怒ってるね。表情は笑顔なのに笑ってるように見えないよ!
そんなレジーナさんには、やっぱりエルミーユ様も逆らえないらしい。
「あぅ……、あー、えっと。ご、合同訓練に参加して汗かいちゃったから、ちょっとお風呂で汗を流してくるわね! やっぱり貴族の令嬢はいつまでも汗臭いなんてわけには行かないし!」
ピューっていう音が聞こえそうな程の早さでその場から逃げ出すエルミーユ様。その背中を見ながら、頭を振り振り大きくため息をつくレジーナさん。これまでに何度も見た光景が繰り返される。
そこに、入れ替わるようにもう一人のお貴族様が現れた。レンヴィーゴ様だ。
「? 今、戻りました。……皆さん揃ってどうしたんです?」
それぞれがおかえりなさいの挨拶を返す中、レジーナさんだけが苦笑を浮かべている。
「おかえりなさいませ、レンヴィーゴ様。いつもと同じでお転婆姫様に逃げられたところですよ」
「姉さまですか? 何をやっていたんです?」
「……廊下でボール遊び、です」
実際に遊んでいたのはマールとノエル君だけど、少なくともマールの行いに対して責任を持たなければならないのはわたしだ。
ノエル君も一緒に遊んでたわけだけど、誘ったのはマールの方だし、ノエル君の飼い主であるポリーちゃんに僅かでも責任を押し付けるのは、なんだか年上のお姉さんとしてダメダメな気がする。
なので、わたしが説明をして、もし叱られるのなら年長者のわたしが叱られるべきだ。
「ボール遊びですか。それはどういったものです?」
異世界の遊びだと察したレンヴィーゴ様は、興味津々といった感じで訊ねてきたので、ついさっきエルミーユ様にしたのと同じような説明をする。
「なるほど、そのボール遊びに姉さまも参加していたと?」
「はい。ほんのチョットだけですけど。でも、そもそも悪いのはわたし達が廊下でボール遊びをしていたからなので、エルミーユ様の事はあまり叱らないであげてください」
わたしがそう言って頭をさげると、レンヴィーゴ様は困ったような表情を浮かべる。
「そんな事では叱りませんよ。もちろん、ルミさんたちの事も。特にルミさんとマール君はお屋敷から出られず身体を動かしたくなるのも仕方がありませんし。僕たちの配慮不足でした。申し訳ありません」
なぜか、こちらが謝られてしまった。
カウチポテト気味なわたしとしては、少しくらい外に出られなくてもそれほどストレスなんて感じないし、ずっと室内飼いだったマールだって、今更、外に出られない事がそれほど負担になってるとは思えない。
それなのに、何も悪くないレンヴィーゴ様に謝られちゃうと、こっちが恐縮しちゃう。
「とりあえず、今はまだルミさんもマール君も屋敷の外に出る事は許可できません。なので、もうしばらくの間は我慢してください。その間、少しくらいなら屋敷の中で騒いでも不問とします。レジーナもそれで良いですね?」
「レンヴィーゴ様がそうおっしゃるのであれば。ですが、エルミーユ様については……」
「あー、姉上についても、しばらくは目をつぶってあげてください。おそらくですが、あと数日でルミさん達にも外へ出る事を許可できると思います。そうなれば姉上も屋敷の中で騒ぐような事は無くなると思いますので。父や母には僕の方から話をしておきます」
「わかりました、そのようにいたします」
レジーナさんがそう言って頭を下げたところで、レンヴィーゴ様はこちらに振り向きマールの持つボールを見つめる。
「ところで、このボールはルミさんが作ったものですか?」
「はい。もう補修にも使えないような端切れを使わせてもらって作りました」
「ちょっと見せていただいても宜しいですか?」
じーっと話を聞いていたマールが「にゃー」って答えながらボールを差し出すと、レンヴィーゴ様はニッコリと笑いながら受け取り、グルグルと回転させるようにしながらボールの出来を確認しはじめる。
あんまり真剣に見ないで! いくらわたしだって、真面目に作る物とそうでない物ってあるの! ぬいぐるみとか、ぬいぐるみに着せる服とかは真面目に作るけど、そのボールはお世辞にも真面目に作ったものじゃないの!
「……普通、ですね」
レンヴィーゴ様はちょっとガッカリした様な顔で呟くように言った。
「マールが遊べるように要らない端切れを寄せ集めて作っただけの物ですから、特別なところなんて全然ないですよ」
「ぬいぐるみなら、どうですか? 特別な物になりますか?」
わたしだって半人前とはいえ、ぬいぐるみ作家の端くれだ。お小遣いレベルとはいえ、自分で作ったぬいぐるみを売ってお金を稼いできた。
他の物事に比べれば多少の自信はあるし、矜持もある。
「……そうですね、エルミーユ様が持っていたものが一般的なのであれば、特別な物になると思います」
「それは楽しみです。僕に出来る事なら可能な限り協力しますので、必要な物があったり、困った事があったら声をかけてくださいね」
わたしの言葉に、レンヴィーゴ様はそう言って笑う。嫌味の無い子供みたいな笑顔だ。
あぁ~なんか自分でハードル上げすぎちゃったかも。
コロコロPKをさせようかと、小一時間悩んでしまいました。




