ぬいぐるみ作り 11
「じゃぁ、次の作業の準備をしようか」
描き上げた三面図を目に触れない場所に寝かせてから、新しい紙を用意する。
「次は何をするんですか?」
「んっと、さっき描いた三面図を立体に起こすための準備をします」
簡単に言えば、図面を元に立体モデルを作る作業だ。
「それで、作業に必要な物を揃えたいんだけど……油粘土ってあるかな?」
「油粘土……、粘土って壺とかお皿とかに使う粘土ですか? え? でも、油なんですか?」
ポリーちゃんが不思議そうな顔をしている。
壺とかお皿を作るのに使うのも確かに粘土だ。だけど、わたしが欲しい粘土はそれじゃないんだよね。いや、それでも出来ない事は無いんだけど、それじゃないというか。
わたしが欲しいのは油粘土。無理なら小麦粉粘土でも良いんだけど、ポリーちゃんの反応を見る限りだと存在しないのかも。
「壺とか作る粘土じゃなくて、油の入ってる粘土というか……んー、説明が難しいけど……とりあえず、ポリーちゃんが知らないって事は、少なくとも直ぐには手に入らないって事だよね。自作するしか無いけど作れるのかな、いや、小麦粉粘土なら何とかなるかな」
小麦粉粘土の作り方は簡単だ。極端にいえば、小麦粉と水だけでも出来ちゃう。実際には塩とか油とかも入れた方が良いけど、大した量じゃない。
記憶を掘り起こしながら、小麦粉粘土づくりに必要な材料を紙に記入していく。
「えっと、まずは小麦粉と水と油と塩……だったかな。どれも厨房にあるよね?」
「はい。全部、厨房にありますね」
「それなら大丈夫だね」
「ただ、お料理に使う訳じゃ無いのに、勝手に使うのは……」
確かに、わたしが今日まで頂いていた食事を考えると、領内の食料事情にそれほど余裕があるとは思えない。それ程大量に使う訳じゃ無いけど、こういうのは量の問題じゃないよね。
こぼしちゃった奴とかをちょっと分けて貰うっていう感じならいけないかな?
こうして色々考えてみると、日本でやってたぬいぐるみ作りは、お金で解決できてた事が多かったんだなと痛感する。粘土なんて100均で購入するだけだったよ。
「小麦粉とか塩とか油とかは領主様の許可を貰うとして……駄目なら油粘土に挑戦かな」
油粘土なんて作り方分からないけど。名前の通り、陶土と油で良いのかな? 食用油でも大丈夫なのかな。
次に考えるのは、実際に粘土を使って立体モデルを作る際に使う道具。ヘラとかピンセットとか、楊枝みたいなものも欲しいかなぁ。
工芸品とかを作る訳じゃ無いので、あんまり細かく作り込むわけじゃない。立体モデルはあくまでも型紙づくりのために必要なだけだからね。なので、基本的な物がサイズごとに何種類かあれば十分。
気が付くと、わたしが書き込んだ紙をポリーちゃんが興味深そうに覗き込んでいた。
「ヘラっていうのは料理の時に使うのとは違うんですよね?」
「うん、違うね。粘土で細かい形を整えるのに使うヘラが欲しいんだよね。陶器を作る時に使うヘラって言えば分かるかな?」
「陶器ですか……お屋敷にはあるかどうかはちょっと分からないです。お皿とか壺とかは職人さんがまとめて作るので、職人さんなら持ってるかもですけど」
お屋敷から出られない今のわたしは、ヘラを手に入れる為に職人に会いに行く事も出来ない。誰かに頼んで手配してもらうっていうのでも良いんだけど、わたしが思っているのと違うタイプのヘラだったりしたら目も当てられないから、一度は自分の目で確かめたいかな。
そういうわけで、また足踏み状態の物が増えちゃったよ……。はやく魔法を使えるようになって、村を散策できるくらいになりたいな。
「じゃぁ、スタンリー様たちが帰ってきたら、お話させてもらうとして……、いつ頃帰ってくるの? ポリーちゃん分かる?」
「合同訓練の時には、早くてもお昼ちょっと前で、遅いと夕方近くです。今日は参加者にお昼の用意をしていないのでお昼前には戻っていらっしゃるんじゃないかと……」
朝からお昼まで訓練って、何をするんだろうね。想像しただけで筋肉痛になりそうだ。
「お昼前って事は、まだ少し時間あるね。それじゃ、スタンリー様たちが帰ってくるまで、マールとノエル君に遊んでもらおっか」
「えっ! いいんですか!?」
ポリーちゃんが可愛い笑顔を咲かせる。ムッチャ嬉しそうだ。
「マールがイタズラしてたら大変だから、見張っておかないとだしね。あの子、結構いたずらっ子な部分があるし」
日本で猫だった頃は色々なイタズラをされた。開けたばかりのボックスティッシュの中身を全部ビリビリにしながら取り出しちゃったり、障子の紙に猫パンチで穴をあけてみたり、虫の死骸を玄関の式台に並べてみたり、テレビのリモコンにペシペシして勝手にチャンネル変えちゃったり、ペットフードの袋をぶちまけてみたり。
飼い始めたばかりの小さな頃は、ホントに目を離せないくらいヤンチャだった。
そういうわけで、わたしとマリーちゃんでマールとノエル君を探す事に。
最初はポリーちゃんたちの部屋へ向かってみる。
「……居ないね」
「居ませんね……。どこに行っちゃったんでしょう?」
「あー、もしかしたら、レジーナさんの所かな? 前に、味見って言いながらつまみ食いさせて貰ってるって言ってた事があった気がするし。ちょっと行ってみよう」
ぼんやりとしたわたしの記憶をもとに厨房へ向かうと、レジーナさんが料理をしている姿があった。
「お母さん、マール様とノエル、来なかった?」
「ちょっと前まで居たわよ。干し肉の欠片と野菜の欠片あげたら、それ持ってどこか遊びに行っちゃったみたいね」
「え、まさか外には行ってませんよね?」
「一応、お屋敷の外には行かない様に言っておいたけど、でも、ずっと見てたわけじゃ無いから……」
そんな話をしていると、タタタタッという音が聞こえてきた。音の感じからして、マールとノエル君が走っている足音。
わたし達が顔を見合わせてから音が聞こえてくる廊下の方に視線を向ける。
「にゃ? みんなで何してるにゃ?」
わたし達が廊下に顔を出して覗き見ていることに気が付いたマールが近くにまで来てから足を止めて、小首をかしげる。マールのちょっと後ろには息が上がっているノエル君がいた。
「わたし達はマールとノエル君を探してたんだけど……二人は何してたの?」
「おいかけっこにゃ! お屋敷の外には出ちゃ駄目って言われてたから、ノエルと一緒にお屋敷の中で遊んでたにゃ」
もともとマールは小さな男の子みたいに元気いっぱいだから、体を動かすのは大好きだったけど、ノエル君もそうだったのかな?
「ノエル君、なんかゼーハー言ってるけど……」
「ノエルは全然外で遊んだことが無いって言ってたにゃ。もっと身体動かさにゃいと駄目にゃ。このままだと、どんどんデブデブになるにゃ」
確かに、ノエル君はわたしが知ってるウサギに比べてちょっとおデブちゃんに見える。
ポリーちゃんはすごく大事にお世話してるみたいだけど、ウサギのお散歩、通称うさんぽとかはしてないのかな?
「えっと、ノエル君を外に連れ出したりはしないの?」
「はい。外は危険なので……」
確かに日本でさえ、うさんぽは賛否両論あったからね。犬や猫に襲われる可能性があるとかで。
この世界だと犬とか猫だけじゃなく、魔物という脅威まで加わるのだから、危険度は日本以上だと思う。
でも、だからといって、お日様の光を浴びたり、思いっきり走り回ったりできないっていうのも問題だと思うんだけど。
「部屋の中だけだと運動するのにも限界があるから、少しは外に、せめて庭くらいには連れてった方が良いと思うよ?」
「でも……」
「心配なのは分かるけど、運動不足は病気になりやすかったりするから」
魔物であるジャッカロープの事は分よくからないけど、少なくとも犬や猫、ウサギなどのペットには運動不足は大敵だ。
「庭で遊んで良いにゃ?」
マールが期待するような目でわたしを見上げている。真ん円の瞳がキラキラ輝いてるのはスゴク可愛い。
だけど、庭とはいえお屋敷から出て人目に触れるような場所に姿を現すのはマズイんじゃなかろうか。少なくともわたしには判断できないよ。
「マズイ……よね。うん、やっぱり今の無し! お屋敷の外に出るのは駄目だと思う」
「にゃー……」
すごく残念そうに肩を落とすマール。可哀想だけど、もうちょっと我慢しておくれ。
「お屋敷から出るのはダメだけど、代わりにおもちゃ作ってあげるから」
「おもちゃにゃ?」
「うん。ボールとかどう?」
「ボールッ! またボール欲しいにゃ! 早く作ってにゃん!」
フヒヒ。愛い奴め。
マールは向こうの世界に居た頃にはボール遊びも大好きだったから、こっちの世界でもボール遊びが出来るとなれば嬉しいんだろうね。
ボールなんて作るのは簡単だ。
野球の硬球とかサッカーのボールみたいな本格的な物になれば、また話は違うんだろうけど、わたしが作るのはそんな難しい奴じゃ無いからね。
反発力とか気にしないで投げたり転がしたりして遊ぶくらいの物だし。
わたし達はとんぼ返りで部屋に戻る事にした。帰りはマールとノエル君も一緒だ。
マールはまだまだ元気いっぱいだけど、ノエル君は見るからに足取りが重い。やっぱり運動不足なのかも。
「さて、どんなボールが良い? 野球? サッカー? バレーボール? ボーリング?」
「前の三つは兎も角、ボーリングの球なんて手とか足の骨が折れるにゃ!」
ちょっとしたボケに、しっかりツッコんでくる。流石だよ、マール。
「マールは野球でもサッカーでも遊べるけど、ノエルに野球は無理そうにゃ。だからサッカーの方が良いと思うにゃ」
おぉ、言われてみれば確かに。
マールは身体は小人みたいだからボールを投げる事が出来る。だけど、ノエル君は枝角が生えてるだけのウサギだ。身体の構造的に物を投げるって動作は不可能に見える。
投げるだけじゃなくて、キャッチするのも難しそうだよね。
物を蹴るような動作も難しそうに見えるけど、転がってきたボールを低空枝角ダイビングヘッドで跳ね返すくらいは出来そうだ。枝角なのに、全然尖ってないし。何のために生えてる角なんだろうね。
「ノエル君もサッカー……って言っても分からないか。えっと、このくらいのボールで良いかな?」
ノエル君に向かってグレープフルーツ位の大きさの円を両手の指で表現してみせる。実際のサッカーボールに比べてかなり小さい。マールとノエル君が遊ぶためのボールだから、二人の身体に合ったサイズじゃないと意味が無いからね。
ノエル君はわたしが示した大きさを見て、コクコクと頷く。言葉を喋るだけじゃなくて、こういうジェスチャー的な物まで理解できてるみたいだ。
サイズが決まったので、早速製作に取り掛かる。製作といっても、それほど難しくは無いけど。
端切れを用意して、ラグビーボールのように先が尖った楕円形のパーツを六枚切り出して縫い合わせ、全部を繋ぎ合わせる前に綿をギュウギュウに詰めるだけだ。
わたしが作業しているのを、ポリーちゃん、マール、ノエル君がかぶりつきで覗き込んでいる。
マールとノエル君は背が足りないから、二人で同じ椅子の上に立ってワクワクの表情で覗き込んでるんだけど、それがすごく可愛い。
「簡単に作ってしまうんですね」
「何度も作った事があるからね」
マールの為に作った事があるのだ。マールはボール遊びが大好きだったせいで、遊び過ぎて何個も駄目にしちゃって、その度に新しいのを作ってたからね。
多少乱暴に扱っても壊れたりしない様に丁寧に形を作りあげて、端切れをギュウギュウに詰め込んでから、最後の一針を縫い上げる。
「できたにゃ!?」
「うん。はい、どーぞ。二人で仲良く使ってね」
「やったにゃ! ノエル! さっそくこれで遊ぶにゃ!」
二人の前に転がしてあげると、早速マールが手で掴んでノエル君の方に見せて、ノエル君の方もおっかなびっくりって感じでボールに手を伸ばしている。
ムッチャ嬉しそう。これだけ喜んでくれると、作った甲斐があるよ。
マールが椅子からピョーンって飛び降りて扉に向かう。それに続くようにノエル君もしがみ付くようにしながら椅子から降りると、のそのそとマールの後を追いかけていく。
傍目から見てると、まるで兄弟か幼馴染のようだ。マールが年上のお兄ちゃんかな。
わたしからすると、マールは可愛い弟みたいな感じのままなんだけど。
子供のころって、家の中を走り回ってるだけで何故か楽しかったですよね。
……ほんと、なにがそんなに楽しくて家の中を走り回っていたのでしょう?




