ぬいぐるみ作り 9
翌日。この世界で八日目かな? あれ? 七日目? 九日目だっけ?
なんか日付の感覚が狂ってきたような、そんな日の朝。
レンヴィーゴ様から、初代王妃にして『火種売りの少女』のモデルだったフラーマ様の事をキッチリ教わったわたしは、再びポリーちゃんと一緒にぬいぐるみ作りに取り掛かる事にした。
マールはといえば、今日は朝食後すぐから遊びに行ってしまった。ジャッカロープのノエル君と遊んでくると言っていた。どこかで悪戯とかしてなければ良いけど。
おまけにレンヴィーゴ様もエルミーユ様も居ない。それどころか、スタンリー様も居ない。レンヴィーゴ様たち三人は、領内で行われる合同訓練に参加する為に出かけているらしい。
この領地は傭兵団上がりという成り立ちと、魔の森に隣接している立地条件が相まって、個人の戦闘力も集団での戦闘力もどっちも重視されており、定期的に合同訓練が行われているらしかった。
義務では無いものの男性陣のほとんどと、自衛のために少なくない人数の女性陣が参加しているらしい。
領主婦人であるシャルロット様は、もともと身体が丈夫な方ではないという事で、代わりに領主家女性代表として元気いっぱいのエルミーユ様が参加してるんだろうね。
そして、ますますお転婆振りに磨きが掛かって行くのかもしれない。
わたしとマールも参加しなくちゃならないのかなって思って確認してみたら、レンヴィーゴ様から魔導書が完成するまでは屋敷から出ない方が良いので今回は参加しなくても良いという返事を貰った。
それって、魔導書が完成したら参加しろって意味に聞こえるんだけど……。
マールは兎も角、運動がちょびっと苦手なわたしは、合同訓練なんて付いていけるかなぁ。
合同訓練っていうのは小規模な物が週一回程度で、大規模な物が一ケ月に一回程度って事らしいので、来週には参加しなくちゃならないのかな。ちょっと憂鬱だ。
わたし達やシャルロット様と同じように合同訓練に参加しないメンバーの一人にポリーちゃんがいる。
ポリーちゃんは成人前の女の子だから、参加しなくても特に何も言われないみたい。
逆に成人前の男の子は、参加しなくて良いって言っても勝手に参加してるらしいけど。
「ポリーちゃんは訓練には参加した事ある?」
「はい、何度か友達に誘われて……」
「訓練ってどんな事してるの?」
「えっと、私が参加した時はみんなで走ったり、武器を素振りしたり……、あと、1対1で試合みたいな事もしてました」
うへぇ……。まるっきり運動系の部活みたいじゃん。文化部のわたしには馴染め無さそうな空気っぽい。
だけど、この領地の人からすると部活なんて生易しいものじゃなくて、生きるために必要な、仕事や生活の一部なのかもしれない。そう考えると、わたしもちょっと位は参加した方が良いのかな。
……憂鬱だけど。
とりあえず、訓練に参加する事があるとしても、早くても来週の話だ。今は頭を切り替えて、ぬいぐるみ作りに取り掛かろう。
そんなわけで、取り出したのは紙とペン。まずは具体的にどんなデザインを目指すかを考えるのだ。
「さて。それではぬいぐるみ作りを始めたいと思います。まず、最初に決めなくちゃならないのは、『どんなぬいぐるみにするか』です」
「え……? 『火種売りの少女』を作るんですよね?」
ポリーちゃんが不思議そうに小首をかしげる。美少女はこういう仕草も簡単にこなして、しかも可愛さが倍増されちゃうからズルいと思う。
「うん。『火種売りの少女』を模したぬいぐるみを作るのは決まってるけど、色々考えて決めなきゃならない事があるからね」
例えば、いつ頃の姿にするかとか。幼女時代にするのか、もうちょっと年上で乙女な思春期ごろにするのか、それとも王妃になってからの姿にするのか。それだけでも随分と姿が違ってくる。
「今回は難しく考えないで、ただただ可愛くなるように作るのが目的なので、ちょっと卑怯だけど、子供の頃の姿にします」
人は、幼い子供を可愛いと思うようにできている。周りの大人が小さな赤ちゃんや子供を守ったりお世話したりしていくように産まれながらに持っている本能的な物だ。
不思議な事に、これは人間が人間に対してだけ感じる物ではなく、子犬や子猫に対しても感じるものらしい。
なので、ぬいぐるみを作る時にも、この本能を刺激する様に子供の姿で作れば、それを見た人は自然と可愛いと感じるようになるのだ。
本当の意味で比較するなら、もともとエルミーユ様が持っているぬいぐるみと同じ位の年齢で作らなきゃ水平比較が出来ないって事で、我ながら卑怯だと思うんだけどね。
ポリーちゃんは感心してくれたのか、わたしがした説明にいちいち頷きながら聞いてくれる。なんか嬉しい。
「『火種売りの少女』の子供の頃の姿で作るとして、実は困ったことがあります」
「なんですか?」
「実は、『火種売りの少女』の元になったフラーマ様の幼少期、つまり子供の頃の事は、あんまり資料が無いのです」
これは仕方がない部分だ。日本だって、カメラが無かった時代の人の顔や体形の資料なんて肖像画とかでしか残っていないはずだ。しかもフラーマ様は元々孤児出身だったという話。肖像画よりもその日のご飯って境遇だったはずだ。
「それじゃ、どうするんですか?」
「……それは、でっちあげます!」
いや、ふざけてるわけじゃないよ。大真面目だよ。
物知り博士のレンヴィーゴ様に事前に確認して、どこを探しても資料が無いってほぼほぼ確定しているんだから、もうでっち上げるしか無いじゃん。
資料が無いからでっち上げてるんだから、どこかの資料を証拠として持ち出して「でっちあげだ!」なんて吹聴する人も居ないはずだから問題ない。
「こういうのは、それっぽければ良いの」
たとえば、恐竜。
恐竜のぬいぐるみを作ろうとして色々調べて、いざ作り始めてみると、あとあと新説が出て来るなんて事は良くある。
ティラノサウルスは実は羽毛が生えていたとか、イヤイヤやっぱり羽毛なんて生えてなかったとか、調べれば調べるほど新しい説が出てきたりするんだよね。
わたしは学者や研究者じゃ無いから、どれが真相かなんて分からないし、真相が解明されるまで待ってたら、いつまで経っても作れないなんて事になる。
なので、そういう時には『それっぽいデザイン』で作るしかない。
ティラノサウルスの場合だったら、真実かどうかは兎も角、多くの人がティラノサウルスをテーマにして作ったんだと認識してくれるデザインとでも言おうか。
今回も同じで、多くの人が『火種売りの少女』である元王妃・フラーマ様の子供時代をテーマにして作ったぬいぐるみなんだなって認識してくれるデザインであれば問題ないのだ。
「それじゃ、フラーマ様っぽい子供のぬいぐるみって事ですか?」
恐竜やティラノサウルスなんてのがこの世界で知られているのか分からないから、適当に誤魔化しながら説明したけど、ポリーちゃんはなんとなくでも理解してくれたみたい。
なんというか頭が良い子だよね。
「そういう事。だから、フラーマ様っぽい顔とか髪とかにして、フラーマ様っぽい服を着せて、フラーマ様っぽい小物を身に付けさせれば良いの。フラーマ様を連想させるって言った方が良いかな?」
実際、この世界の孤児がどんな服を着ているかなんて分からない。
孤児出身というなら服を用意してくれる親なんて居ないはずだから、衣服を与える大人が他に居るはず。それが一般市民の寄付で成り立っている孤児院のような所なのか、それとも国が管理する施設なのかは分からないけど。
そういう所で手に入る服というのは、寄付された物か、寄付金で購入した古着屋の物である可能性が高い。どちらにしても、それなりに着古した物であるはずだ。
この場合、真実であるかどうかは問題じゃない。皆が持っているフラーマ様のイメージに近いかどうかが重要なのだ。
「そういう事なら……、フラーマ様は赤色の服を好んで着ていたという話を聞いた事がある様な気がします」
「うんうん。それはわたしも聞いた事があるよ。たしか赤い服を着てたから、遠くからでも火種売り屋だって事がすぐに分かるのが便利だったとかなんとか」
もちろん聞いたのは、つい昨日。レンヴィーゴ様から。どうも、本当か嘘か分からない話として伝わっているらしい。
実際には、糸や布を漂白したり染色したりするのにもお金が掛かるから、貧しい一般人だと生成りの糸や布を使って服を作る事が多いはず。そして、そんな生成りの古着が孤児の手に届くはずだから、赤い服なんて手に入れるのは難しかったはずなのだ。
それでも後の時代にまで、赤い服を好んで着ていたという認識をされているのなら、真実かどうかは兎も角、赤い服に関する何らかのエピソードがあったんだろうね。
「じゃぁ、やっぱり服は定番通りに赤色のワンピースにしようか」
こんな感じで、ぬいぐるみ作成にかかわる様々な事を決めていく。大きさとか、頭身とか、どんな顔にするかとか、どんな素材を使うかとか。
わたしが特に好きな工程の一つだ。
実際に布地や糸を使ったぬいぐるみ作成工程にまで進むのは、時間的にも経済的にも難しかったからね。授業中とかに先生の目を盗んでノートの片隅にデザインアイディアを落書きしてた事も多い。
でもでも! 授業もちゃんと真面目に受けてたよ! こう見えて、成績はそれなりに優秀だったんだから! 英語と体育を除けばだけど。
新年明けましておめでとうございます。
2021年最初の更新です。
恐竜関係だと色んな人が色んな説を出してるみたいなんですけど
ティラノサウルスに羽毛があった説はあんまり好きじゃありません。あと、最近スピノサウルスの姿がだいぶ変わってしまったのも、ちょっとショックでした・・・。




