ぬいぐるみ作り 6
夕食を終えお風呂も済ませた夜の八時くらい。
わたし達は、再びポリーちゃんの部屋の前に居た。起きているジャッカロープのモフモフ具合を堪能しようと……、じゃなかったジャッカロープの姿を確認しようと、ポリーちゃんにお願いしていたのだ。
ポリーちゃんによれば、角ウサギことジャッカロープのノエル君はこのくらいの時間から元気になり始めるらしい。わたしの知ってるウサギよりも、お目覚めがちょっと遅いような気もする。
本来、薄明薄暮性の生物であるウサギとは違う生態だからなのか、それとも、ポリーちゃんの仕事や動きに合わせた生活リズムになってしまっているだけなのか。
飼い主であるポリーちゃんの最後の仕事が夕食の片づけらしいので、それが終わったくらいに目が覚めるような生活サイクルになってしまっているのかも?
実はマールも猫だから薄明薄暮性の動物ではあるはずなんだけど、日本に居た頃からわたしと同じような生活サイクルだった。この生活サイクルが変わるというのはマールに限った話じゃなくて、ペットとして飼われている動物には普通にある事らしい。
正直、寝ているところを見るだけでも姿形の確認は出来るし、唯一見れない瞳の感じとかは普通のウサギとそれほど変わらないっていうのも聞いていたので、ぬいぐるみを作るっていう目的だけなら全く問題ない。
だけど、やっぱり起きて活動してるところも見たいじゃない? せっかくのモフモフ! せっかくのファンタジー生物なんだから!
そういうわけで、わたしの我儘で再度ノエル君に会わせて貰おうとポリーちゃんにお願いしたのだ。
今回はわたしとマールだけでのお部屋訪問。
レンヴィーゴ様はスタンリー様の仕事のお手伝いに呼ばれ、エルミーユ様は勉強が全く進んでいないとシャルロット様に連行されてしまっている。
「この時間なら起きてると思うんですけど……、ノエルはちょっと臆病なので、あんまり大きな声とかは出さないで下さいね」
扉の前でポリーちゃんが釘を刺す様に言ってきたので、静かに頷いてみせる。
ポリーちゃんが静かに扉を開けると、後ろ足だけで立ち上がり、こちらをじっと凝視しながら小さく首を傾げるジャッカロープの姿があった。
はい、かわいい。
そもそも普通のウサギが可愛いのだから、更に可愛いサイズの角が生えてたら、それはもう可愛いに決まっている。しかも後ろ足で立ち上がって、真ん円の瞳をこちらに向けてる姿なんて卑怯としか言いようがない程に可愛い。
「……だれ?」
ブフォッ!
不安そうに誰何してきた! 可愛すぎる……何この破壊力。鼻血出そう。
っていうか、なんで喋れるの?
角が生えてるって言っても、ウサギだよ? 魔物だから喋れてもおかしくないのかな?
地球の神話や伝承だと、人の言葉を解する魔物にはドラゴンとかスフィンクス、ケット・シーなんていうのが居た。
そう考えれば、角の生えたウサギの魔物であるジャッカロープが喋れてもおかしくないのかもしれないけど。
「マールにゃ。また遊びに来たにゃ」
わたしの後ろに隠れる形になっていたマールが前に進み出る。
マールの姿を見たノエルは一瞬だけ表情を明るくしたように見えたけど、すぐに不安そうにわたしの方に視線を送ってくる。
「この人はマールのご主人様にゃ。食いしん坊だけど、ノエルの事を食べたりしないから安心するにゃ。……食いしん坊だけど」
なんで二回も食いしん坊って言ったのかな? 確かに美味しいものは大好きだけど、そんなに食いしん坊じゃないよ! むしろ小食だよ!
「えっと、こちらはスタンリー様のお客様のルミフィーナ様と従者のマール様。ノエルに会いたいって事でお連れしたの」
「マールは知ってる。あそんだ」
ちょっと拙い感じの喋り方も可愛い。
「ポリーちゃん、ノエル君。ちょっとだけ撫でさせてもらっても良い?」
「私は構いませんが……」
「マールのごしゅじんなら、……良い」
飼い主であるポリーちゃんとノエル君本人に了解を貰ったので、ゆっくりと体を屈めてふわふわな、世にも珍しい水色の毛並みの背中部分を撫でる。
尻尾の方は嫌がる子も居るので、あんまりお尻の方まで手が行かない様に気を付けながら毛並みに沿うように、やさしくゆっくりと。
ホントは抱っこもしたいけど、ウサギって抱っこを嫌がる子が多い印象があるので、そこは我慢。
せっかく撫でさせてくれてるのに無理矢理抱っこをして、嫌われたくなんか無いからね。
そして、撫でてみて分かった事。
ノエル君の被毛、ふわふわ。
元の世界に居た頃のマールもかなり丁寧にブラッシングとかしてて綺麗な毛並みを維持してたんだけど、ノエル君の被毛は同レベルかそれ以上だ。
もともとウサギってやわらかい被毛をしてるんだけど、なんだかそれだけじゃないような気がする。
そしてもう一つ。やっぱりこの子、ちょっとおデブ。もしかしたら、運動が足りてないのかもしれない。
「ふわふわだね……」
「小まめにお手入れしてますから」
「大事にしてるんだね」
「はい。なにしろエルミーユ様に譲っていただいた子なので……」
ポリーちゃんによると、本来ならポリーちゃんのような平民が愛玩だけを目的として動物や魔物を飼育する事はないそうだ。
平民でも犬とか猫だったら、それぞれ番犬や猟犬だったりネズミ捕りだったりを期待して飼う事があるけど、ウサギの場合はお肉や毛皮が目的にしかならないって事らしい。
つまりはウサギを飼うというのは、ペットというよりも家畜としてって事だ。
それが何故かといえば、単純に愛玩だけを目的として動物を飼うなどの余裕がないから。
もちろん、番犬や猟犬、ネズミ捕り等で活躍している犬や猫に愛着が湧いて可愛がるっていうのは普通にあるらしいんだけど、最初から愛玩を目的として飼う事は無いって感じかな。
愛玩だけを目的に動物や魔物を飼うのは、多少なりとも生活に余裕がある立場の人。
つまりはお貴族様とか大商人とかの家庭。
中でも、貴族家の若い令嬢達の間では角ウサギを飼うのは一般的な事で、エルミーユ様のご友人たちも多くが角ウサギを飼っていて、当然、エルミーユ様も角ウサギを飼いたいという話になり、その頃にたまたま森で珍しい毛色の角ウサギが見つかり生きたまま捕獲した事から、そのままエルミーユ様が飼う事になった。
その時に、まだ七才くらいで分別も付かなかったポリーちゃんが、角ウサギの可愛らしさにハートを射抜かれ、自分も欲しいと我儘を言ってしまったそうな。
「……それで、エルミーユ様は餌のお金とかは自分が出すから、あなたがお世話をしなさいって私に譲ってくれたんです。たまには撫でる位はさせてよねって言って。ホントはエルミーユ様も角ウサギを飼いたかったはずなのに。……その事に気が付いたのは後になってからですけど……」
エルミーユ様……。ヤバい。実はすごい良い人だった。
「角ウサギなら森で捕まえる事だって出来るんです。でも、エルミーユ様は他の角ウサギを飼おうとはしませんでした。角ウサギの餌だって二羽分になれば、負担が増えるからだと思います……。だから、私は他の貴族家のお嬢様方がギーンゲンに来た時に、ノエルをエルミーユ様が飼っている角ウサギとしてご覧いただける様に、いつも綺麗にお手入れしておかなくちゃいけないんです」
「だから、ふわふわで綺麗な毛並みなんだね」
「はい。それが私にできる精一杯ですから」
なにか、思いつめたような表情のポリーちゃん。
「んー。でも、それってエルミーユ様は喜ぶのかな?」
「え? それってどういう事ですか……?」
「エルミーユ様はポリーちゃんが喜んでくれるようにノエル君を譲っただけだと思うよ? そんな、義務感でお世話するんじゃなくて、かわいいかわいいって言ってお世話する方がエルミーユ様も、ノエル君自身も嬉しいんじゃないかな?」
わたしも日本で生活していた頃、試作として作ったぬいぐるみを近所の小さな女の子とかにプレゼントとかした事あるけど、せっかくのぬいぐるみなんだから、ぬいぐるみとして扱って欲しいって思ってたんだよね。
そりゃ乱暴に扱われるのは嫌だし凹んじゃうけど、だからといってショーケースの中とかに入れて飾っておく位なら、抱きしめたり一緒に寝たりなんてしてくれる方が嬉しい。
まぁ、わたしがプレゼントした相手は小さな子ばっかりだったから、ショーケースに入れて飾っておくなんて考えを持つ子は居なかったけどね。
エルミーユ様だって同じ気持ちなんじゃないかな?
「エルミーユ様も、ポリーちゃんがノエル君と遊んだり撫でたり一緒に散歩したりして、可愛がってあげる方が嬉しいと思うんだよね。あ、もちろん、お手入れなんてしなくて良いって事じゃないよ? お手入れするのは大事だからね」
お手入れ大事。これホント。特にブラッシングにはリラックス効果とか病気の予防や早期発見とかの色々な利点があるのだ。
わたしの話をどこか戸惑ったように聞いていたポリーちゃん。
貴族であるエルミーユ様が、平民である自分に気を遣う事なんてあるはずが無いと教えられて育って来たのかもしれない。
正直、わたし自身もそういうイメージを抱いていた。
貴族であるエルミーユ様には、相応の礼儀作法で対応しなくちゃならないって。
でも、でもね。
エルミーユ様自身が、そういうのを全く気にした様子が無いんだよ!
多分、この世界でもそういうお貴族様は珍しい存在なんだとは思う。だからこそ、誰かがポリーちゃんに貴族対応をするように教えて、ポリーちゃんも言われた通りにしていたんだろうし。
だけど、そのせいで切ないすれ違いになっちゃっていたんじゃないかなって思う。
エルミーユ様はただ純粋にポリーちゃんに喜んで欲しくてノエル君を譲っただけなのに、下賜された立場のポリーちゃんは、ノエル君に対して必要以上に大事に大切に、まるで宝物でもあるかのように扱ってしまった。
不幸な、とまでは行かないけど、やっぱり切ないすれ違いだと思う。
「あの、それじゃ私はどうすれば……」
「ポリーちゃんはどうしたい?」
「わかりません……どうすれば良いのか」
わたしがそう聞き返すと、ポリーちゃんは大きなグレーの瞳に一杯の涙を湛えて小さく首を振る。
そんな姿も可愛い。キュンキュンして抱きしめてあげたくなるね。
ジャッカロープというのはアメリカ・ワイオミング等で目撃されたUMAです。
人の声真似が得意というのを拡大解釈して、お喋りできるという設定にしました。
あと作り物の写真などを見ると、結構立派な枝角を生やしているのですが、
ちょっと危ないので、可愛いサイズの「イ」のような角という設定です。




