ぬいぐるみ作り 5
わたしはあらかじめ用意しておいた紙にペンを走らせる。
もちろん、描いているのはケージの中で寝ている角ウサギことジャッカロープのノエル君だ。パッと見た印象だと鹿のような枝角の生えたウサギ。角はそれほど大きく無くて耳と同じくらい。それほど複雑な枝分かれをしているわけじゃなくて、カタカナの「イ」みたいな単純な形をしている。
ウサギ自体は、日本でもさんざんモチーフとして扱ってきたからね。普通のウサギと変わらない部分は、なんとなく分かればいいって感じで描いていく。
重要なのは角の形と生え方、あとは質感とかだね。
わたしがサラサラと角ウサギの特徴とか毛色とかを描き込んでいると、その様子を見ていたエルミーユ様が感心したように、だけど寝ているジャッカロープを起こさない様に小さく声をかけてきた。
「ルミさん? それって何やってるの?」
……絵を描いてるんですが。いや、多分そんな事を聞きたいわけじゃないんだろうね。そんなの見たら分かる事だし。
「えっと……。わたし、ぬいぐるみを作るのが趣味なので、今度ぬいぐるみを作る時の意匠の参考にするために描き止めておこうかなと……」
「へぇ、ぬいぐるみ。そういえば、針仕事も上手だったもんね」
「ぬいぐるみといえば姉上も昔持ってましたよね? 女の子の形のやつを」
「レン、よく覚えてるわね。あれは私がまだ小さかった頃、剣とか槍とかにばっかり興味を示すから、少しは女の子らしくなるようにって母様が用意してくれた物らしいわよ」
見た目は私が知ってる誰よりも美少女なのに残念だ。
「さすが姉上。今も変わっていないですね。あの人形はまだ取ってあるんですか?」
「もちろんあるわよ? たまには洗ってもらってるし」
ふむふむ。この世界のぬいぐるみ人形というのは、ちょっと見てみたいな。ぬいぐるみって言ってるんだから、ちゃんと布製だよね? ビスク・ドールじゃないよね?
「あの、それって見せて貰う事は出来ますか?」
「あー……。見たいなら見せてあげても良いけど……」
思い切って聞いてみたらエルミーユ様からOKが貰えた。
わたしは急いでジャッカロープの絵を描き上げ、寝ているジャッカロープを起こさないように静かに移動だ。
「じゃぁ、部屋から取ってくるからリビングで待ってて」
そういって、自分の部屋に戻っていくエルミーユ様。やっぱり貴族令嬢っぽくないなぁ。こういう場合、ポリーちゃんに持ってきてもらうのが貴族令嬢なんじゃないの?
わたしがそんな事を考えている間に、エルミーユ様が戻ってきた。
「はい、ルミさん。どうぞ」
そういってエルミーユ様が差し出してきたのは、30センチくらいの女の子の人形。ちゃんと布製だ。
「ありがとうございます。少し見させてもらいますね」
わたしはそう断って人形を受け取った。正直、ぬいぐるみとしての完成度は低いかな。具体的には立体感がない。人型を模した焼き菓子、ジンジャーブレッドマンみたいな造形になっちゃってるね。
モチーフは、赤系のワンピースと赤髪が特徴的な女の子。
顔は……正直、わたしの感覚で言えば怖い。いや、怖いというよりも不気味? 怪談話とかに出てきそう。なんというか、トランプのキングとかクイーンの絵札に描かれている顔みたいだ。
原因は凹凸の無い顔に、やけにリアルな目や鼻や口が微妙にズレて描かれているからだと思う。
だけど大事にしている人形だろうし、そんな事を言っちゃ失礼だよねって思っていたら。
「こわっ! この人形怖いにゃ! コレ、絶対夜中に動き出す奴にゃ!」
隣から覗き込んできたマールが素直な感想言っちゃったよ。
マールにも、向こうの世界の記憶があるからわたしと同じ感想になるのは仕方がないんだけど、ここは空気読んで欲しかった。
「え? そんなに怖い? 王都の職人が作った人形なのに?」
エルミーユ様は怒ってるってわけではなく、戸惑っているような感じだ。
「にゃー。普通に怖いにゃ。なんだか夜中に動き出しそうにゃ」
「……ルミさんも、怖い?」
わたしからするとマール自身が動き出した人形そのものなんだけど。
エルミーユ様はマールの言葉に納得できないのか、わたしの方に向き直って聞いてくる。
「えっと、あんまり見慣れてない造りなので、ちょっと違和感を覚えますね」
「ルミさんが見慣れているぬいぐるみは、どういう物ですか?」
そう、質問を投げかけてきたのは、レンヴィーゴ様。
わたしが異世界から来た事を知っているレンヴィーゴ様からすれば、「向こうの世界に関する事」なので、気になるのかもしれない。
「えっと……わたしが居た所では、もっと可愛い感じの、あんまり似せ過ぎないように作ってあったというか」
地球の一般的なぬいぐるみの中には、衣服用のボタンで目を表現したり、刺繍で漫画チックに表現したりなんてのも多い。
そんな中、わたし個人のぬいぐるみ作りの傾向から言えば、結構リアル寄りではある。特に、目の部分の表現にはグラスアイと呼ばれるガラス製の部品を使う事が多い。これだけでも一般的なぬいぐるみの中ではリアル寄りって言える。
そんなわたしのリアル寄りなぬいぐるみと比べても、この世界のぬいぐるみの顔は部分的に写実的な表現になっているんだよね。
しかも凹凸のない顔に写実的な目や口が描かれているから余計に怖いんだと思う。
わたしはそう説明をしながら紙にペンを走らせ、この世界のぬいぐるみの特徴と、わたしが可愛いと感じるぬいぐるみの特徴を描き並べる。口で言うより図解してみて貰った方が分かりやすいからね。
「目とか鼻とか口とかは、無理に人間そっくりに似せる必要は無いんです。むしろ、似せなくても可愛く感じるようになってます」
こっちの世界の人がどう感じるかは分からないけど、地球の人にはそう感じるようになっているのは間違いない。
人間の目や脳は結構いい加減で、三つの点が集まっているだけで人の顔に見えちゃうらしいのだ。天井や壁のシミが人の顔に見えたり、ネットでよく見る顔文字なんかもこの現象なのかもしんない。
なので、無理矢理に写実的な目や口を描く必要なんて無いはずなのだ。
説明をしながら簡単に描き上げた図解を、エルミーユ様とレンヴィーゴ様に見せる。
「確かに、こちらの人の目に似せて描いた物より、円を黒く塗りつぶしただけの顔の方が可愛らしく見えるわね……」
「これは、これまでの似せれば似せるほど良いという考え方が間違っていたという事なんでしょうか?」
二人が私の描いた図解を見ながら、難しい表情を浮かべている。
「ホントにムチャクチャ可愛い子を寸分たがわずに再現できるなら、それはそれで可愛くなると思いますよ?」
「それはルミさんなら作れますか?」
「え……イヤイヤイヤ、そんなのは無理です!」
写実的な人形っていうのは、ぬいぐるみじゃなくてレジンキャストのドールとかが得意とする分野だ。わたしもレジンキャストドールっていうのが樹脂製っていう事は知ってるけど、作り方なんて分からないよ!
「それじゃ、ルミさんが考える可愛いぬいぐるみっていうのなら作れる?」
「道具と、材料と……時間さえあれば?」
そう答えてから、内心でハッとして思わずマールを見てしまう。
わたしの隣でとぼけた顔をしているマールは、もともとはぬいぐるみだった。いや、中身は猫のマールなのかもしれないけど、身体はわたしが作ったぬいぐるみだったはずだ。
どうしてそうなってしまったのかは分からないけど、死んだはずのマールが憑依した事で、ぬいぐるみがぬいぐるみじゃなくなってしまったのかもしれない。
前回はたまたまマールが憑依する形になったけど、次に作るぬいぐるみにも超常的な現象が起こって、マールの時と同じように|生命≪いのち≫を持ってしまうかもしれない。
その時に憑依する心とか精神とかにあたる部分は、その辺を漂っている浮遊霊になるのか、それとも付喪神的な何かになるのか。
わたしが内心で頭を抱えている事を知ってか知らずか。
エルミーユ様が期待に満ちた笑顔を浮かべて見せた。
「それじゃ決まりね! マール君の服は一段落付いたんでしょ? なら次はぬいぐるみ作りよ! 材料費とか手間賃ならちゃんと出すから! どんなぬいぐるみが出来るのかしら? 楽しみね!」
ぬいぐるみが動き出さないっていう保証があるなら、ぬいぐるみ作りは大歓迎なんだけどね……。
作中の「点が三つ集まっていれば人の顔に見える~」というのは、シミュラクラ現象というやつです。
より正確には「点が三つ逆三角形の形に並んでいたら人の顔に見える~」ですかね。日本語では類像現象というらしいです。




