ぬいぐるみ作り 4
翌朝。
食事を済ませてすぐに話を切り出す。
「あの、スタンリー様。お願いがあるんですが……」
わたしがそう声をかけると、わたしの方に視線を向けて片眉を上げる。
「……何かあったか?」
スタンリー様は領主様って立場で、おまけに身体も大きいので、ちょっと怖い。実際には、声を荒らげたりする事も無いし、紳士的な態度を取ってくれているんだけど、どうしても印象が、ね。
「えっと、このお屋敷の中にウサギが居ると聞いたんですけど……、できれば、会わせてもらいたいな、と」
「ウサギ? あぁ、ポリーの飼ってる角ウサギの事か? それならポリーに頼んでみてくれ。俺の方からは特に会うのを禁じたりはしないからな」
会話の中に自分の名前が出たせいなのか、食器の片づけをしていたポリーちゃんが不思議そうに首を傾げている。そんな姿も可愛い。
たぶん、普段だったら会話の中に自分の名前が出てくるなんて無いだろうから、油断してたのかな。会話の中身なんて聞いて無かったのに、突然、名前の部分だけ聞き取れてしまったって感じなのかもしれない。
それにしても、角の生えたウサギで角ウサギか。そのまんまだね。
あ、だけどまた、マナと魔力が同じものみたいなパターンで、角ウサギというのも俗称なのかも?
モンスターの正式な種名とかって誰が考えてるんだろう? 王様とかが決めるのかな? 新しいモンスターが発見されたら、王様に報告されて、王様が「このモンスターの名前はモケケピ□ピ□とする!」とか言うのかな?
もしそうなら、ネーミングセンスが皆無のわたしに王様の仕事は出来そうにないね。
「はい。わかりました。ポリーちゃんに頼んでみます」
わたしがそう言って頭を下げると、横で聞いていたレンヴィーゴ様が興味津々といった感じで訊ねてきた。
「ルミさん、角ウサギに会いたいというのは、何か理由が?」
「いえ、そんな大した理由では……。ただ、マールがその角ウサギと遊んでたらしいので、わたしも会ってみたいなってくらいの軽い理由です」
「そうですか。ポリーの飼ってる角ウサギは、ちょっと珍しい毛色をしてて可愛いですよ」
珍しい毛色か。
ウサギって結構毛色が豊富なんだよね。わたしはウサギの専門家じゃないから詳しく調べたわけじゃないけど、白とか黒とか茶色だけじゃなくて、同じ色の中に細かい分類があるって感じで、更に模様ごとに呼び方が変わったりするんだよ。単色とかシェイテッドとかタンパターンとか。
正直、最初に調べた時に暗記するのは諦めた。なのでぬいぐるみ作りに必要になった時に、いちいち調べなおしてた。
お客様から注文があった時とか、ネットオークションとかに出品する時に間違えててクレームとか来ると大変だからね……。特に思い入れがあるウサギに似ているぬいぐるみを探していたお客様とかだと、譲れない部分なのかもしれないし。
そんなわけで珍しい毛色っていうのは、興味を惹かれる部分であるのと同時に、ちょっと敬遠したい要素でもある。
「珍しい毛色ですか……。あ、ネタバレはしないで下さいね、自分の目で確かめたいので。マールも言っちゃだめだよ!?」
ちょっと呆れたような苦笑を浮かべるレンヴィーゴ様は見なかった事にして、ポリーちゃんに声をかける。
「ポリーちゃん? 角ウサギに会わせてもらっても良い?」
「えっと、ここの片づけが終わった後なら大丈夫です」
「あ、そうだね。それじゃ片づけ手伝うよ」
わたしがそう言って立ち上がると同時に、何故かエルミーユ様も同じように立ち上がって、自分の食器を片付け始めた。
「もちろん私も行くわ。久しぶりにノエルにも会いたいし」
「それなら僕も行きましょう。角ウサギについて色々解説しますよ」
どこかウキウキしてるようなエルミーユ様に加え、何故かレンヴィーゴ様までついてくる事に。
解説付きなのは嬉しいけど、あんまり大勢で行くと角ウサギがビックリして隠れてしまうんじゃないかと、ちょっと心配になる。
だけど断る理由も無いし断れる立場でも無いので、結局、わたしとマール、ポリーちゃん、レンヴィーゴ様とエルミーユ様の五人で角ウサギに会いに行くことになった。
わたしとマールも手伝って食器の片づけを終わらせると、ポリーちゃんが恐縮そうに頭を下げる。
「お手伝いいただき有難うございました」
「そんなの気にしないで良いよ、元々がわたしの我儘だから」
食器の片づけをちょっと手伝ったくらいでお礼なんて、言われたこちらが恐縮しちゃう。
これでも日本に居た頃は、ちゃんと家事の手伝いくらいしてたからね。
それから、ポリーちゃんを先頭にお屋敷の中を移動して、わたしが入った事のない扉の前に辿り着く。どうやらそこが住み込みのポリーちゃんとレジーナさんに貸し与えられた部屋らしい。
「えっと、散らかってるかもしれませんけど……」
そう言いながら扉を開いたポリーちゃん。中を覗いてみると、散らかってる様子なんてこれっぽっちも無い綺麗に整えられた部屋だった。
わたしが貸し与えられてる部屋に比べて、ちょっと狭いかな? 部屋の隅の方には小さなベッドが二つ並んでて、別方向の壁際には木箱が三つ並んでいる。箪笥とかクローゼット的なものが見当たらないので、この木箱に服とか雑貨とかを入れてるのかも。
そして、一番目を引くのが、たぶん角ウサギのお家である木製のケージ。金属製じゃなくて大丈夫なのかな? なんか格子部分をガジガジと齧って逃げ出しちゃいそうな気がするんだけど。
「この時間なら、ノエルはこの中で寝てると思います」
ノエルというのが、ポリーちゃんの飼ってる角ウサギの名前らしい。
ウサギは薄明薄暮性の動物と言われてるから、わたし達の朝食が終わった位の時間帯だと、眠りについたばかりかもしれない。
あ、薄明薄暮性っていうのは、明け方と夕方が活発になるって事ね。
寝ているウサギを無理矢理起こすのは可哀想なので、静かにケージを覗いてみると角の生えたウサギが寝息を立てている様子が見えた。
レンヴィーゴ様の言った通り、確かに珍しい毛色。
なんと、空色。
夏の太陽がギラギラと輝く空でも、冬の木枯らしが吹き荒ぶ様な空でもなく、やわらかい日差しの晴れた春の日を思い起こさせるような空色の短毛種だ。これは確かに珍しい……っていうか、こんな毛色のウサギは見た事無いよ!
そして、わたしが考えていたのとは違う角。
わたしが考えていたのは、ユニコーンとか、地球の鯨の仲間、イッカクみたいな一本角だったんだけど、実際には、角は角でも鹿みたいな二本の枝角が立ち耳の間に生えている形だ。
見た感じ、それほど大きな角じゃないんだけど、これは若い個体だからなのか、それともこれでも成熟した個体で、一般的なサイズなのか。
身体のサイズ的には小学校の飼育小屋で見たジャパニーズ・ホワイト種よりも小さく見えるけど、これからまだ大きくなるのか、それとも、これでも成体なのかは分からない。
でも、わたしが知ってるウサギよりもちょっとおデブちゃんに見える。
分からない事ばかりだ。解説を求めて、チラリとレンヴィーゴ様に視線を向けると、待ってましたとばかりに、それでも角ウサギを起こさない様に小さな声で語り始める。
「このジャッカロープ……俗称、角ウサギは名前の通り鹿のような角が生えたウサギですが魔物の一種でもあります。なので普通のウサギと比べて寿命も長いとされています。平均すると四十年くらいでしょうか」
わたしが知ってるウサギの平均寿命は七から八年と言われてて、長いと十年を超える事もあるくらいって言われてたはず。
そう考えると、平均寿命で四十年っていうのは長い。まぁ、地球のウサギとは違うんだから、寿命が長かったりするくらいは当たり前なのかもしれないけど。
「この子は、生まれたばかりの所を見つけて保護した子なので、今は三歳くらいのはずです。まだまだ幼体ですね」
「幼体なんですか。成熟するとどのくらいの大きさに?」
「魔物なので、正確な所は分かっていませんが、何十年と生きた個体の中には、人間よりも大きなものも居るようですね」
でかっ!? 人間より大きなウサギって、それは間違いなく魔物だよ。
ケージの中でスピスピと寝息なのか寝言なのかを発している様子を見ていると、とても想像つかないね。
「このジャッカロープという魔物は個体差が大きく、人間より大きくなるものもいれば、何年たっても体が大きくならないものも居るようです。ノエルはあんまり大きくならない個体かもしれないですね」
それって、ホントに同じ種類なのかな……? 例えば、猫はシンガプーラからメインクーンまで色々な品種に分かれてる。だけど分類学的にはみんなイエネコになるらしい。
ジャッカロープも同じで、大きくなる品種と小さいままの品種が居るんじゃない?
「このくらいの大きさのままだったら、可愛いで済みますけど、わたしより大きくなると可愛いというより怖いになりそうですね」
「それはそうかもしれませんが、食べるなら大きい方が良いでしょう? ジャッカロープの肉はやわらかく、匂いや癖も無く、普通のウサギ肉よりも美味しいとされてますし、またそれほど危険度が高い獲物というわけでも無いので、良く食卓に上がりますね」
あー。まぁ、魔物だって美味しかったら食べるよね、うん。可愛いは正義だけど、美味しいも正義。
「あの……、ノエルは食べないで下さいね?」
ポリーちゃん……。そんな不安そうな顔をしなくても、わたしだって、ペットとして飼われてる子を食べたりしないよ!
実はウサギって食べたことが無いんですけど、美味しいんでしょうか。
死ぬまでに一度くらいは食べてみたいです。




