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ぬいぐるみ作り 3

 静かな夜。


 異世界の夜は静かだ。

 森の中に比べれば人が集まっているはずのスペンサー領の領都ギーンゲンでもそれは変わらない。実質、村レベルな気がするけど。


 わたしは与えられた客間の椅子でテーブルに肘を付いた手に顎を乗せながら、小さくため息。


 道を走る車の音も、テレビやラジオから流れる音楽も、エアコンの室外機の音さえもしない。

 たまに聞こえるのは、ベッドの上でへそ天しているマールのムニャムニャとした寝言だけ。


 退屈だ。


 夕方くらいまでは、ドレスのデザイン画を描いてたんだけど、日本に居た頃に蓄えた知識は小出しにした方が良いんじゃないかって考えて、ある程度で止める事にした。


 本当なら、スペンサー家にお世話になってる身の上なのだから、スペンサー家の家人であるシャルロット様やエルミーユ様の要望に応える為、出来る限りのデザインを上げるべきなのかもしれない。


 だけど、向こうの世界の知識は、わたしの数少ない武器だ。それを公表してしまえば、それはわたしだけの武器では無くなってしまうかもしれない。

 特に誰でも真似が出来るようなちょっとしたアイディアの場合は、使い所を見極めないと。

 逆に、パッと見ただけでは真似の出来ないものは、それで何らかの利益が得られるなら公表しても良いのかもしれない。その場合、わたし達が迷い人である事がバレないようにする必要があるけど。


 そういうわけで、ドレスのデザインを描くのも止めてしまった為、何もやることが無くなってしまった。


 今は何時くらいかな? 感覚的には九時前後だと思う。

 日本に居た頃だったら、お風呂の済んだこの時間帯は宿題をしているか、新しいぬいぐるみの構想を練っているか、ぬいぐるみの題材としたテーマについて調べているか、実際に手を動かしてぬいぐるみを作るかの時間だった。


 むぅ~。ぬいぐるみ作りしたい。


 だけど、わたしの今の身分はいわゆる|居候≪いそうろう≫で、あんまりわがまま言える立場じゃないんだよね。

 趣味でしかないぬいぐるみ作りの為に、このくらいの文明レベルでは貴重なはずの布地やら綿やら糸やらを提供して欲しいとは、なかなかに言いづらい。


 何度目かの溜息。

 今現在、出来る事として、ぬいぐるみが作れる環境が整った時の為に構想を練っておくべきか。


 不本意ではあるけど異世界に来てしまったのだから、この世界で最初に作るぬいぐるみは、この世界ならではっていうモチーフを選びたい。

 だけどわたしが知ってる『この世界ならでは』って、今のところ森の中で遭遇した|犬頭の亜人≪コボルト≫と、スペンサー邸の中庭で林檎をくれた人面樹のフェデリーニお爺ちゃんだけなんだよね。


 記念すべき一作目が、私を殺そうと目を血走らせた相手、もしくは人面樹。


 んー、却下で。

 いくらわたしだって、ぬいぐるみなら何でもOKって訳じゃないからね。お仕事としてだったら、出来るだけお客様の要望には応えるようにしたいとは思ってるけど、趣味で作るのならやっぱり可愛い方が良い。気合の入り方も変わるし。


 レンヴィーゴ様の話だと、この世界にもエルフやドワーフは居るらしいし、ゴブリンとかオークとかも居るっぽい。森の奥の方まで行けば、ドラゴンにも会えるって言ってた。

 でも残念ながら、エルフやドワーフにはまだ会ったことが無いし、ゴブリンやオークには会いたいとも思えない。


 ドラゴンはどうだろう? フィクションだと完全悪役の敵対的な種族の場合もあれば、主人公の味方になってくれるタイプも見たことある。

 この世界のドラゴンがどっちか分からないけど、良い人そうなドラゴンが来てくれるなら兎も角、わたしが森の奥の方まで行くのはちょっと無理っぽい。


 もっとお手軽に会えるファンタジー生物って居ないものか……。


 そんな事をグダグダと考えていると、ベッドで寝ていたマールがムックリと体を起こした事に気が付く。


「ふぁ~~ぅ。ルミしゃま、まだ寝ないのにゃ?」


 瞼を擦りながら大きな欠伸をするマール。うん。かわいい。


「んー。昼間、何かしてる訳じゃ無いから身体が疲れてないじゃない? だから……」

「眠れないのにゃん? 早く寝ないと明日の朝が辛いにゃよ。またネボスケルミって呼ばれるにゃん」


 それはしょうがない。

 だって、学校行って疲れてるのに、ぬいぐるみ作りが楽しくて止め時が分からなくなって、気が付いたら十一時回ってる! なんて事がしょっちゅうあったからね。


「わたしはマールみたいに寝溜めが出来ないから、今から寝たら日が昇る前に目が覚めちゃうの」

「ルミしゃまは何時に寝ても、次の日の朝にはママしゃまに起こされてたような気がするにゃん」


 それもしょうがない。だってベッドの中って気持ちいいんだもん。


「そんな事よりさ……」


 わたしはサクッと話題を変える事にする。

 夜更かしを指摘されて後ろめたいからとか、気まずいからとかじゃないよ!


「マールは偶にお屋敷の中を探検してるみたいだけど、どこに行ってるの?」

「昼間の話にゃ? 色々にゃ。キッチン行って料理作ってる途中のレジーナしゃんに味見と称してオヤツ貰ったり、日向ぼっこに丁度良い場所でお昼寝してたり……。あ、あとは変なウサギと遊んだりしてるにゃ」


 む? 気になる単語があったよ?


「変なウサギってなに?」

「なんか、頭に角が生えてるウサギにゃ」


 むむむ? 頭に角?

 頭に角が生えてるウサギといえば、ラノベとかゲームでたまに見かける序盤に出てくる雑魚級モンスターだ。

 同じく序盤に出てくる雑魚級モンスターのゴブリンとかスライムとかに比べるとメジャーでは無いかもしれないけど、サブカル界隈に片足突っ込んだレベルの人なら、どこかで見かけた事があるって位には知名度がある存在。


 雑魚とはいえ、そんなモンスターがギーンゲンの村の中に居るの?

 もしかして、どこかから迷い込んで、人に知られないまま棲み付いちゃったとか? もしそうだったら、領主様とかレンヴィーゴ様に知らせておかないとまずくない?


「そのウサギって、どこに居たの? 庭に穴とか掘って巣にしてたとか?」

「にゃ? 普通にお屋敷の中にいたにゃ?」


 それってどういう事!? モンスターが家の中にいるって、モンスターパニック系の映画だったら、もう絶体絶命の大ピンチ、ラスト15分のクライマックスって感じじゃん!


「それってヤバいじゃん! 早く、スタンリー様とかレンヴィーゴ様に知らせないと!」

「ふにゃ? でも、あのウサギ、首輪付けてたにゃん?」


 マールはそう言って、自分の首にも装着されている首輪を指し示す。


「首輪……、それって誰かに飼われてるって事?」

「多分そうにゃん」


 雑魚とはいえモンスター。

 でもモンスターだからって強いとは限らないって事?


 まぁ、ちょっと冷静に考えてみれば、角が生えているとはいえウサギはウサギ。

 ウサギが『狩る』側か『狩られる』側かっていえば、ほぼほぼ『狩られる側』のはず。

 角が生えてるだけのウサギと、例えば日本最大の猛獣であるヒグマで、どっちが強そうかって聞かれたら、わたしなら間違いなくヒグマって答える。


 この世界では魔力とか魔法とかがあるから、また違うかもしれないけど、その角の生えたウサギが魔法を使えるかどうか、もし使えたとして、それが戦闘に使えるかどうかなんて分からないもんね。


 少なくともマールは、危険な相手とは考えていないみたい。


 そういえば、マールから話を聞くまですっかり忘れてたけど、ポリーちゃんが角の生えたウサギを飼ってるって話をしてたような記憶がある。

 たしか、この世界に来た最初の日の夜だったかな? 実際にそのウサギを見せて貰った訳じゃ無いから、あんまり印象に残らなかったのかも。

 名前とかは聞けなかったけど、たしかジャックだかジャッキーだかって言ってたような気がする。


 とりあえず、危険が無いならわたしも会ってみたい。そして一緒に遊んでモフモフ具合を確かめたいっ!

 そして、もしわたしの想像通り、その角の生えたウサギというのが可愛い見た目をしているのなら、そのままぬいぐるみの題材として色々調べてみたい。


「よし、明日の予定が決定っ」

「にゃ? 何するにゃ?」

「明日はその角の生えてるウサギっていうのをモフりに行くよ!」


 わたしがそう言って拳を振り上げると、マールはやれやれとでも言いたげに首を振っていた。


11月24日は、ダーウィンの『種の起源』が発表された日なんだとか。

ファンタジー世界では、「どういう進化をしたらこんな姿になっちゃうの?」っていうモンスターとかが出てきたりしますが……。

でも、よく考えたら現実世界の深海とかにも「どういう進化をしたらこんな姿になっちゃうの?」って見た目の動物が一杯居るような気がしてきました。

親の顔より見たゴブリンよりも、馴染みがない分だけ深海生物の方がモンスターに見えちゃうかもしれません。

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