ぬいぐるみ作り 2
わたしたちがスペンサー家にお世話になり始めて七日目。
マールの衣服作りもポリーちゃんとエルミーユ様の二人に手伝ってもらう事で、なかなかに捗っている。
ポリーちゃんの母親であるレジーナさんや、領主夫人であるシャルロット様もお手すきの時に手伝いに来てくれたのも大きかった。
おかげさまで、下着関係とかシャツ関係はある程度の数を揃えることが出来て、わたしがエルミーユ様の服を貰った時と同じように、マールが着替えた姿もお披露目できた。
このあたりの平民が着るような、いわゆる普通の服に似せて作った服だから目新しさなんて感じないはずなんだけど、エルミーユ様、シャルロット様の二人はキャーキャーいって興奮してたし、少し内気な感じのポリーちゃんでさえ、興味津々でウズウズしている感じだった。
わたしの時より反応が……いや、何も言うまい。言ってしまったら何だか切なくなりそうだ。
マールの衣服については、靴とか冬服とかはまだまだ揃ってないけど、靴は今履いているのがすぐに駄目になるわけじゃないし、これから夏になるらしいから冬服なんて先の話。なので、それほど急ぎってわけじゃないから問題なしだ。
服作りが捗った理由は、もう一つある。
他にやる事が無いからだ。
何しろこの世界には、テレビも無ければラジオもゲームも漫画もない。
小説っぽい物語はあるけど、日本の小説に慣れたわたしからすると、話の筋がシンプル過ぎて今ひとつ興味が持てなかったんだよね。
そして、わたし達は魔法とか、この世界の事とかを学ばなくちゃならない立場だけど、そればかりをしている訳にはいかない。教育係のレンヴィーゴ様の都合もあるからだ。
レンヴィーゴ様はわたしと同じ十六歳だけど、次期領主候補という事もあって、既に領地経営のお手伝いをしているらしい。
本人は「貧乏領地で人手が足りていないからですよ」なんて笑ってたけど、いくら人手が足りなくても能力が足りなければお手伝いなんて出来ないと思うんだけどね。
そんなわけで、レンヴィーゴ様の手が空いている時だけしか勉強の時間にならないのだ。
娯楽が乏しく、勉強の時間さえ少ない、そして魔法やらこの世界の常識やらを覚えるまではお屋敷から出ないように言われているため、領都と言う名の村の中を散策することさえ出来ないのだから、今のわたしに出来る事は服作りくらいしか無い。
これで捗らないほうがオカシイというものだ。なにしろ食事の準備を手伝うような事さえ無いのだから。
そう言うわけで、マールの服作りが一段落した翌日、わたしは再びペンを手にとった。
今日もわたしが使わせてもらっている客間だ。部屋にいるのはわたしと専属メイドのポリーちゃんだけ。マールはお屋敷の中を探検すると言って出ていってしまった。きっと、居心地の良いお昼寝スポットでも探しに行ったんだと思う。
わたしとポリーちゃんの二人っきりの部屋で、何を描いているのかといえば、またもや服。
今回は、マールの服じゃなくて、女性用のドレスだ。
マールの服をデザインしている時にエルミーユ様とシャルロット様の二人から依頼された物なんだけど、今回はマールの時とは違って参考にする為のドレスは用意して貰わなかった。
なぜかといえば、先入観を無くすためだ。
マールの時には、周囲から浮かないようにこの世界の衣服を参考にする必要があったけど、この世界の住人であるエルミーユ様とかシャルロット様なら埋もれる必要はないし、これまでにない新しいデザインのドレスという依頼だったからね。
そんな訳で、わたしは自由にペンを走らせる。
わたしの頭の中には、日本で見た様々なドレスのデザインが入っている。もちろんぬいぐるみに着せるために勉強したんだけど、その元ネタは実在のドレスから、アニメや漫画、ラノベの挿絵で見たものまで様々だ。
それらを思い出しながら、次々とデザインを描きあげていく。
「こんな感じでどうかな?」
デザイン画をポリーちゃんに見てもらう。ポリーちゃんも貴族家に仕えているだけあって、ドレスを見た事はあるらしいからね。
わたしの為に紅茶のお代わりを淹れてくれていたポリーちゃんは、デザイン画を一枚一枚確認していく。
「見た事がないドレスばかりです……」
違う世界で作られたドレスだからねぇ。考えたのはわたしじゃないけど、こんな感じで良いならまだまだ描けるよ。
今回描いたのは、ぬいぐるみ作りの時に参考にしたウェディング・ドレスを基本にしてるから、次は女の子向けアニメの魔法少女たちが着ているようなポップなデザインにしてみようかな。
「とても可愛いと思います……」
言葉とは裏腹に、少し戸惑っている様子のポリーちゃん。
「あれ、どこかおかしな所ある?」
「あ、いえ、こんなにいろんなドレスを思いつくなんて、ルミ様は凄いです」
「今、考えたものって訳じゃないよ? 以前に作ったものを思い出しながら描いただけだし」
「服飾を扱う仕事をなさっていたのですか?」
「あー、うん。チョット違うかな? わたしはぬいぐるみ作りをしてて、そのぬいぐるみに着せる衣装としてドレスを作ったことがあるの。それを人間用に直したのがその絵ね」
「ぬいぐるみに、衣装……ですか?」
「うん。わたしが住んでた所だと、ぬいぐるみに服を着せる事も多かったからね」
服を着ているぬいぐるみって結構、数が多い。版権キャラには特に多いかな。服が脱げない仕様、つまり服がぬいぐるみ本体に縫い付けてあるような物も多いけどね。なんだかボディーペイントっぽくて、わたしはあんまり好きじゃない。
どうせぬいぐるみに服を着せるなら、着たきり雀じゃなくて着せ替えできるようにしたほうが楽しいと思うんだよね。
「それで、マール様の衣装もご自身で作られたのですか?」
「うん。マールはわたしが居た所でも、それまで交流がなかった種族で服なんか着てなかったからね。友達になった記念にわたしが作ってあげたんだ」
「それで、ルミ様は針仕事がお上手なんですね」
ポリーちゃんがそう褒めてくれる。素直に嬉しい。
どうやら、この世界でもわたしの裁縫の腕はそこそこのレベルにあるらしい。もちろんポリーちゃんも年齢の割には上手なんだけど、経験の差かな。
この世界では、平民は自分たちが着る服は自分達で縫うらしいんだけど、服を作るための布地も高い為に、そう何着も作れるわけじゃないらしい。
なので必然的に上の世代からのお下がりが多くなってしまうらしくて、破れたり擦り切れたりした所を補修したりする事が多くなるんだと思う。
ポリーちゃんも、お下がりの服を直したりして針仕事を覚えたんだそうな。
もっとも、スペンサー領はバロメッツという綿花に似た植物の栽培が盛んなので、他の領地に比べれば、まだ生地が手に入りやすいらしいし、ポリーちゃん自身は一応貴族家に仕えるメイドさん見習いという立場上、そこそこの服を着てるらしいけどね。
そんな話をしながら、わたしが何枚かのデザイン画を描きあげた頃、扉がノックされる。中にいる私達にしか聞こえないような小さなノック音。わたしはそれだけで、扉の向こうに居るのが誰だか分かってしまった。
ポリーちゃんは、相手が誰だか分かっていないようで、静かに扉の前まで移動すると、小声で返事をする。
「どちら様でしょうか?」
「ポリー? 私よ、エルミーユよ」
「エルミーユ様ですか?」
やっぱりエルミーユ様だった。ノックの仕方から、勉強に飽きて逃げ出してきたエルミーユ様だと思ったんだよね。
ポリーちゃんが困ったような顔をわたしに向けるので、わたしは小さく頷いて扉を開けるように促した。
小さく開いた扉をすり抜けるようにして入室してきたエルミーユ様は、警戒しながら、静かに扉を閉じる。
まるで警戒厳重な銀行に盗みにはいった怪盗のような動きだ。
「ポリーもルミのところに来てたんだね」
「はい。専属として付きっきりでお世話するよう言いつけられていますから」
ポリーちゃんの返事を聞きながら、エルミーユ様は部屋の中を見回して何かを探すような素振りを見せて、少しがっかりしたような表情を浮かべている。
探し物はマールかな? 残念ながらお屋敷の中を探検してる最中だと思うけど。
「そうだったわね。それで、今は何をしてるの?」
お転婆令嬢が部屋の隅に片付けられていた椅子をテーブル近くまで引き寄せながら尋ねてきた。やっぱりお嬢様っぽくない。
「えっと……。以前、エルミーユ様とシャルロット様からご依頼を受けたドレスを考えてました」
「見せてもらっても?」
「ええ。気に入ったものがあれば、教えてくださると助かります」
わたしがデザイン画を差し出すと、エルミーユ様は食い入るように見比べ始める。
「……やっぱり、見たこと無いドレスばかりね。これなんて今までのゴテゴテしてるだけのドレスよりも身体の線が出る感じでちょっと恥ずかしそうだけど、……でも素敵だわ」
どうやらマーメイドラインのドレスを見てるっぽい。
ちなみに、今回描いたデザイン画はどれもウェディングドレスを参考にしてるけど、スカート丈は長くても|くるぶし丈≪マキシ≫までにアレンジしてある。裾を引きずりながら歩くなんて、実用として考えるとちょっと使いづらいからね。
「こっちのスカートの裾が斜めになってるのは?」
「それは、わたしが居た所ではフィッシュテールって呼ばれる型ですね。女性らしさが出るのでオススメのデザインですよ」
お転婆令嬢のエルミーユ様だけど、見た目は可憐ま女の子っぽくて抜群に可愛らしいので、きっと似合うと思う。
エルミーユ様がペラペラとデザイン画を捲っていく様子を眺めていると、何枚目かを目にした途端、大きく目を見開き、なんだか赤面したような気がする。
「えっ、ちょっとこれは……。さすがに……」
なにか問題があったかな?
「ルミさんの住んでた所だと、こんなに足を出したスカートを履いてたの?」
「あぁ……」
どうやらミニスカ仕様にしたデザインに当たったらしい。自分では着ないので、ちょっと調子に乗って描いたやつだ。
正直いえば、このミニスカ仕様のデザインは、ちょっとした実験のつもりでもある。この世界の常識として、どの程度まで許容されるのか測りたくて描いたものなんだよね。
結果としては、お転婆令嬢のエルミーユ様でも躊躇するくらいには、常識はずれなデザインっぽいって事が分かった。
つまりはビキニアーマーも有り得ない世界みたい。
中世ヨーロッパ風の異世界を舞台にしたラノベとか漫画とかゲームとかは一杯あったけど、細かい部分は世界ごとに違ってたりするから、どの作品を参考にすれば良いのかイマイチ分からなかったんだよね。
「それは、実験的に描いた物ですね。エルミーユ様なら似合うかなぁって」
「こんな破廉恥なのが似合うなんて言われても嬉しくないわよ!」
どうやらお気に召さないようだ。残念。エルミーユ様なら、似合うと思うんだけどな。
「何を騒いでるの? 廊下まで声がもれてたわよ」
わたし達がワイワイやっていると、突然、扉が開く。登場したのは、領主夫人のシャルロット様だ。
「エルミーユ、あなたお昼までは勉強するって話だったわよね?」
「えっと、その~……、ちょっと息抜きに……」
やっぱり、エルミーユ様は勉強途中で逃げ出してきてたんだね。
背筋をまっすぐに伸ばして、まっすぐ前を見つめる様子のエルミーユ様を見て、シャルロット様は呆れたように大きなため息を付いた。
「エルミーユはそう言って、息抜きばっかりしてるじゃないの。課題が出てるんでしょ? 毎日少しずつでもやっておかないと、また、先月みたいに先生が来る前の日になって苦労する事になるのよ?」
「こ、今月は大丈夫だもん……」
エルミーユ様、なんだか冷や汗かいて、目が泳いでるような……。
これは、なんだかんだ言ってギリギリまでやらないタイプの人っぽいね。
結局、エルミーユ様はシャルロット様に強制連行されていった。なので、この日描いたドレスのデザインは、全部が保留という事に。
後でシャルロット様とエルミーユ様に候補を選んで貰って、あとは、わたし以外のお針子さんに仕立てる事が出来るかどうかを確認してもらいたいかな。
わたし自身は人間用のドレス作りに関しては素人なので、デザイン案は出せるけど、実際に仕立てるのは専門の人にやってもらいたい。っていうか、やってもらわないと困る。
ぬいぐるみ用のドレスなら、何度も作ったことあるんだけどね~。
人が着れるサイズのドレスなんて、文化祭の時にクラスの演劇の衣装を作った事があるだけだよ。
文化祭の衣装なら万が一があっても遠目にしか見えないし、衣装の下には体操服とか着てたりするから大して問題ない。だけど実際にパーティーとかに着ていく為のドレスとなると素人にはハードル高すぎ! プレッシャーで針を持つ手が震えちゃいそう!
だけど、レンヴィーゴ様とスタンリー様の方で、わたしが魔法を使えるようになるまではお屋敷に部外者を入れないようにしてるみたいだから、お針子さんを呼ぶのもしばらくは先になりそうなんだよね。
そういう意味でも、早く魔法を使えるようにならないと、あれもこれも足踏み状態になっちゃう。
でも、魔法を使えるようになる為には魔導書が無くてはならず、その魔導書が出来るのは、もうちょっと時間がかかる。
……なんとも、もどかしいね。
ビキニアーマーって実在したんですかね?
女性剣闘士とかが着ていたという話を聞いた事がある様な気がするんですけど。




