魔導書の作り方 6
ペン先にインクを付けて、真新しい紙に猫の姿を描いていく。
色々考えたけど、結局は無難なデザインに決めた。「派手さはないけど飽きの来ないデザイン」って感じかな。
若い頃から色んな車に乗っていたという父さんが、よく言っていたのは「派手なデザインの車は、すぐに飽きる」というものだったし、「美人は三日で飽きる」なんて言葉もある。
結局は、無難なのが一番だよ、うん。
そういうわけで、わたしが描いたのは、猫が歩いている姿を横から見たもの。色々悩んだけど、シルエット・デザインにしておいた。特にモデルにした猫ってのは居ないんだけど、強いて言うなら、向こうの世界に居た頃のマールの体型に似せてあるかもってくらいだ。
猫の横には、一応わたしの名前も入れておく。それっぽく文字修飾とかしようかとも思ったんだけど、やっぱり無難な書体にしておいた。
具体的にはパソコンとかでよく使われるゴシック体フォントっぽいやつ。ほんの少しだけ横幅を狭くして、縦長な印象を受ける文字にしてみた。
マールの方はといえば、何回書いても納得が行かなかったらしく、結局わたしが代筆する事に。
マールは気付いていなかったみたいだけど、ちゃんとこちらの世界の文字でマールの名前を書いてあげたよ。
それで、名前だけじゃちょっと寂しかったので、前後にマールのデフォルメ似顔絵と肉球マークを付けておいた。
図案を見たマールは、嬉しそうな笑顔をみせてくれたので、気に入ってくれたんだと思う。
描き終わったデザイン案をレンヴィーゴ様に渡して、職人さんへの手配してもらえるようにお願いしておく。
レンヴィーゴ様によれば、文字だろうとイラストだろうと、そっくりそのまま本の表紙に写し付けるので、わたしの描いた猫や文字もそっくりそのまま再現されるらしい。
でも、これは魔法じゃなくて、職人による匠の技なんだそうな。
これってすごいよね。一度くらいは見てみたいし、自分でも体験してみたいね。
* * *
導魔樹に魔力を注ぎながら、待つこと二日。導魔樹はそこそこの大きさに育っていて、レンヴィーゴ様によればもう次の段階に進めるという事だった。
そして三日目の朝には、レンヴィーゴ様によって内密に手配してもらった表紙の加工が終わったという連絡を受けた。
正直言えば、予想よりかなり早い。こういう世界だから、もっと時間がかかるものだと思ってたんだけどね。
再びレンヴィーゴ様の部屋にお呼ばれして行ってみると、テーブルの上には既にわたし達が選んだ本が並べられていた。
わたしが描いたデザイン画がどのくらい再現されているのかを手に取って確認してみると、ホントに寸分違わずという位にそっくりに仕上がっていた。
これは実に興味深い。いったいどんな手法を使ってるんだろう? 現代日本だって、紙に描かれた絵を革製品上に再現するのは難しそうな気がするのに。
レンヴィーゴ様は、向こうの世界の事をだいぶ高く評価していたみたいだけど、実際には、こっちの世界にだって優れた技術や文化・文明があるんだろうね。
「さて、それではお二人が選んだ本に、魔力を注いでみて下さい」
レンヴィーゴ様によると、本に魔力を注ぐ事で栄養不足になった導魔樹が本から魔力を奪おうと根を伸ばすらしい。
わたしとマールは、レンヴィーゴ様に言われた通り、魔導書の元になる本にどんどんと魔力を注ぐ。
わたしの選んだ本も、マールの選んだ本も、少しずつぼんやりと光を放ち始める、
レンヴィーゴ様から制止の合図があるまで、魔力を注ぎながら、ぼんやり頭の片隅で考える。
これって魔導書だけなのかな?
「あの~」
「なんでしょう?」
「これって魔導書しか作れないんですか?」
「魔導書しか作れないというのは、どういう意味でしょう?」
レンヴィーゴ様が不思議なものを見るような目でわたしを見る。
「そのものズバリです。もし魔導書以外も作れるなら、色々使えそうだなって思って。例えば魔導書じゃなくて、剣が作れれば、いちいち持ち歩く必要がなくなりますよね? 他にも盾を作れるなら、いざという時に身を守ることも出来そうですし」
「……なるほど、そう言う意味ですか。それならば、可能か不可能かでいえば、可能だと思います。ただ、実践している人というのは聞いた事がありませんね」
「何故ですか? 便利そうなのに」
首を傾げるわたしに、レンヴィーゴ様は指を一本立てて見せる。
「いくつか思い当たる理由があります。まず一つは、剣や盾を使って戦う魔力持ちというのは大勢居ますが、その魔力は、自分の身体能力の強化に使う事が多いです。魔導書もそうですが、身体の中から取り出す時には、魔力を消耗します。ルミさんやマール君にとっては、些細な量かもしれませんが、大多数の魔力持ちにとっては、かなりの割合になってしまいます。ほとんどの魔力持ちの人たちは、剣や盾を出したら、他に回す魔力が足らなくなってしまうでしょうね」
二本目の指を立てるレンヴィーゴ様。
「二つ目は、作り出すまでにかなりの魔力が必要である事です。一般的な魔力量しか持たない者では、導魔樹を育てるだけで最低でも一年程は魔力を注ぎ続けなければならないはずです。しかも、先程説明した通り、剣を作るなら、同じ形の剣を用意しなくてはならないので……」
「同じ形の剣を用意できるなら、そのままその剣を使ったほうが早いという事ですか」
「ですが、利点もありますね。まずは、持ち運ぶ手間が必要なくなる事、武器を隠しておけるということ自体も相手を油断させるという意味においては有効です。暗殺などをする人物にとっては出来るならやりたいという人は多いでしょうね」
たったこれだけのやり取りで、欠点だけじゃなくて利点まで考えつくのはスゴイと思うけど、最初に出てくるのが暗殺って……。
優しそうな顔をしているけど、やっぱりお貴族様だけあって、そう言う事に警戒してるから暗殺者なんて発想がすぐに出てくるのかな。
「二つ目の利点は、復元力です」
「復元力? ですか?」
「ええ。僕が使っている魔導書ですが、もう何年も使っている物です。その割に綺麗だと思いませんか?」
言われてみれば、テーブルの上に並んでいる本と比べてみても、レンヴィーゴ様の持っている魔導書は、ほとんど劣化がないような気がする。
「魔導書は、ほぼ魔力で作られています。その魔力の塊を身体の中に取り込んでおくことで、常に僕の魔力に包まれた状態になります。そして魔力に包まれている事で、元の状態に戻ろうとする力が働くんです」
「それじゃ、例えば剣を作ったとして、身体の中に取り込んでおけば、刃こぼれとかが直っちゃうって事ですか?」
「魔導書ならば、仮にページが破れてしまったとしても、元に戻りますね。刀剣は……というより、魔導書以外の物は試した事がないですし、話も聞いた事がないですが、可能性は高いと思います」
もし、ホントに復元するならすごい便利だ。
服とかを作って、身体の中に取り込んでおいたら、いつのまにかキレイになったりしちゃうのかな?
あれ? でも、もし汚れが取れちゃうとしたら魔導書に何か書き込んでも、消えちゃうって事になる?
そのあたりを聞いてみたら魔導書に魔法陣を書き込む時には、専用のインクを使うから消える事はないらしい。
んー。
話を聞いた限りだと、無駄に魔力量が多いわたしとかマールなら魔導書以外のものを作ってみるのも面白いかも知れない。
一生モノで、常に身の回りにあると便利な物ってなんだろうね?
剣とか盾みたいな戦うための道具は、わたしが持ってても使えないし、あんまり意味がないかな。
どうせだったら、わたしが普段使うものが良いよね。
「……正直にいえば、種から作り出すのは魔導書だけだという思い込みがあったのは事実です。剣や盾などの武具だけではなく、他の物でも魔力として身体の中に取り込んでおいて便利な物を考えるというのも面白いですね」
何を作れば便利かな? なんて考えている内にレンヴィーゴ様から魔力の供給を止めるように指示がでる。
わたし達が魔力を注ぎ込んだ本は、ぼんやり光ってるとかのレベルじゃなく、光り輝いてるって感じにまでなっていた。
「それじゃ、その本を植木鉢の引き出しへ入れて、それから引き出しの上にちょっとだけはみ出てる網を引き抜いて下さい。それで引き出しの方に土が落ちて、導魔樹が根を張れるようになります」
引き出しの中には土が入っていない。ちょっとこぼれ落ちてるくらいだ。
これは上の部分が網状にでもなってて、土が引き出しの部分に落ちてこないようになってるのかな?
わたしは本を引き出しに入れて、押し閉じたあと、言われた通りに網を引っ張りぬく。
鉢の土が下がったから、無事に引き出しの方に土が落ちたみたいだ。
これは、サイズを考えると刀剣とか盾とかは入れられそうにないね。もし、そう言うものを作るなら、もっと大きな植木鉢が必要になりそうだ。
「あとは導魔樹が根を伸ばして魔力を吸い上げ、実を付けるのを待つだけです。三日もすれば、魔導書が収穫できますよ」
魔導書を”収穫”するという不思議な言葉。いつかはわたしも違和感なく使うようになるのかな。
11月3日は世間はお休みみたいですね。もちろん私は仕事ですが。
なろう的な中世ヨーロッパ風異世界だと、祝祭日ってどういう設定が多かったりするんですかね。
主人公は冒険の合間の好きな時に休んでるのに、宿屋とか食堂とかギルドとかはいつ行っても営業している印象があるような?




