異世界生活のはじまり 8
ふと隣を見ると、マールが神妙な顔つきでじっと魔石を見つめている。呼吸を整え、目は半分伏せたようにして、心を落ち着かせているようにも見える。
ゆっくりと吸って、細く吐き出すという呼吸を何回か繰り返したマールは、カッと目を見開くと、迷う様子もなくテーブルの上の魔石に右手を伸ばした。
マールの指先が魔石にちょこんと触れた瞬間。レンヴィーゴ様の時と同じ様に、魔石の中に光が宿る。
「やった! できたにゃ!」
マールが得意気な笑顔を見せる。
「すごい! マール! どうやったの!?」
「にゃ? な、なんとなくにゃ?」
マールは小さく首を傾げて、まったく役に立たない答えを返してくる。全然参考にならないよ!
「マール君は、無事に魔石に魔力を注げたようですね。それじゃ、次は魔力を回収してみて下さい。ルミさんの方は、魔力を注ぐ練習ですね」
むぅー。
まさか、マールに先を越されるとは。やっぱり同じ状態からのスタートだと、野生の勘的なものがある分だけ、マールの方が有利なんじゃない?
わたしが鈍臭いわけじゃないよね?
わたしも負けじと魔石を握りこんでみるけど、全く変化がない。
無駄に魔石を握る拳に力を込めていると、隣ではマールが指先だけで軽く魔石に触り、魔力の回収にまで成功していた。
ますます得意気な顔のマール。
「えぇ!? なんでそんな簡単にできるの! なんかズルしてない!?」
「ズルにゃんかしてないにゃ~」
く、くやしい……。
グヌヌと唸っていると、わたしたちの様子を見ていたレンヴィーゴ様が苦笑しているのが分かった。
恥ずかしいところを見られてしまった。
わたしは何とか誤魔化そうと小さく咳払いをしてから、再度、魔石を握る手に力を込める。
「魔石を握る力は関係有りませんよ。それより、ちょっと手のひらに魔石を乗せてこちらに向けて下さい」
頭にクエスチョン・マークを浮かべながら、指示通り手のひらに魔石を乗せて、レンヴィーゴ様に差し出す。
レンヴィーゴ様は、下から包むように手を添えてきた。やっぱり男の人だけあって、手が大きい。
手が触れた瞬間に感じた温かさに急に恥ずかしさがこみ上げてきて、顔が熱くなるのを感じる。
「……大丈夫ですか?」
「あっ、はい。大丈夫です」
「これから、僕が魔力を流しますので、魔力の流れる様子を感じてみて下さい」
わたしがコクリと頷くと、レンヴィーゴ様は力を込めるような様子もないまま「分かりますか?」と確認してきた。
何も感じない。ただ、レンヴィーゴ様の手が大きくて、温かいなってくらい。むしろ、わたしのドキドキが、レンヴィーゴ様に伝わってしまうんじゃないかと心配しちゃうくらいだ。
魔石の中の光が、何度か灯ったり消えたりを繰り返している内に、ふと気がついた。
レンヴィーゴ様の手から温かいものが流れこんできて、そのままわたしの手を通りぬけ、魔石に流れていっている。
粘性が高く、目にも見えない温かい液体が流れている感じだ。
もしかして、これが魔力?
そして、つい昨日、森の中でレンヴィーゴ様に貰ったポーションを飲んだ時の事を思い出した。
あれも飲み込んだ後に、身体中を温かい何かが駆け巡った感覚があった。
「……これが?」
思わず口をついて出た言葉に、レンヴィーゴ様がニッコリと笑みを浮かべる。
「魔力というものが、どんな感じの物か分かりましたか?」
「はいっ! わかりました! なんか、あったかくて、ポワポワしてる感じの……、うまく言葉に出来ないですけど……」
わたしがそう言っている間に、レンヴィーゴ様は魔力を全て回収したのか、魔石の中には光の欠片も残っていなかった。
わたしは感覚を忘れないうちに、もう一度、挑戦することにする。
一度、認識すると身体中が『温かいなにか』で満ちていた事に気づく。
その『温かいなにか』を身体中から右手の方へかき集めて送り、手のひらから魔石へと流し込む。手のひらの上の魔石に意識を集中するのではなく、体の中の『温かいなにか』を右手から流し出すイメージだ。
魔石の中に光が灯った。
それは、レンヴィーゴ様やマールがやった時のような蝋燭の火みたいな光じゃなく、まるでカメラのフラッシュを焚いた時のような、眩しい一瞬の光だった。
──そう、一瞬の光。
魔石の中に一瞬だけ強い光が灯ったと思ったら、次の瞬間には、魔石がパキンッと言う音ともに粉々に割れてしまった。
……どういうことですか?
慌てて先生役のレンヴィーゴ様を見る。
「ま、まさか。いくらクズ魔石とはいえ、そう簡単に割れるはずは……」
レンヴィーゴ様も驚きを隠せていない。顔を引き攣らせて粉々になった魔石を凝視している。
「あの……、わたし、なにか失敗しちゃいましたか? 弁償とかしないと……」
「あ、いえ、ええっとですね。これはルミさんの魔力の放出量が大きい為に、魔石の許容量を超えてしまっただけですね。魔石自体は、その辺にいる雑魚のような魔物から取ったものなので、大した価値は無い物です。ご心配なく」
どうやら弁償とかはしなくても良いみたいだ。お金無いから、皿洗いとかしなくちゃいけないかと心配しちゃったよ。
まぁ皿洗いくらいなら、わたしにも出来るけどさ。
「それよりも、これでは魔力の出し過ぎですね。次は、魔力を少しずつ流す感じでやってみて下さい」
そう言いながらポケットから新しい魔石を取り出し、テーブルに置くレンヴィーゴ様。
わたしはコクリと頷いて、今度は手のひらの上ではなく、テーブルの上に置かれたままの魔石に指先だけで触れて、指から細い糸を出すイメージで魔力を流してみる。
一度、魔力の感覚が分かったからか、体の中にある魔力を操るのは問題なく出来るようになっていた。
魔石の中に、小さな光が灯る。
成功だ。
わたしは、思い通りに出来たことが嬉しくて、思わず小さくガッツポーズ。
「上手く出来たようですね。それじゃ、ルミさんも魔石から魔力を吸い取る練習をしてみて下さい」
「はい。がんばります!」
嬉しさのあまり、つい力んで答えたけど、魔力を吸い取る方は何の問題もなく出来た。
一度、魔力の感覚をつかんでしまえば簡単だった。力む必要なんて全く無かったね。
「これでルミしゃまも魔法使いにゃ?」
そう聞いてくるマールの手のひらの上では、魔石の中の光が点いたり消えたりしている。
マールはもう、魔石に意識を向けなくても、魔力を注いだり吸い取ったりが出来るっぽい。
なんでわたしの一歩先に行ってるの!? 飼い主としてのわたしの立場がないじゃん!
今週いっぱい頑張れば、いつもより長い連休!
カレンダーだと赤い日が4個並んでるのに、なぜか私は3連休ですが。
しかも、3連休を3連休として休むために、休みの前後に一生懸命頑張らないとですが。
「どうせ、出勤日に休みの日の分まで頑張らなきゃいけないなら、いっそ4連休にしちゃっても良いじゃん」とは言ってはいけないのでしょうね。真面目な社会人としては。
私は真面目な振りをしているだけですが。




