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異世界の森 2

 どのくらい歩いたかな?

 多分、一時間くらいは歩いたと思うんだけど、人や町や村なんかを見つけるよりも先に、わたしの体力が尽きた。

 わたしは元々インドア派で、時間があればぬいぐるみ作りのために机かミシンに向かってるようなタイプだったので、体力は平均的女子高生よりも低い。

 病弱とか貧弱って程ではないんだけど、運動部でバリバリ活動している人とは違うのだ。


 わたしは、張り出した大木の根っこに腰を下ろすと、小さくため息をつく。


 日本で一時間歩いても何も見つからないような大森林って、どこかにあるだろうか、なんて考えてみる。

 少なくとも、わたしが住んでいた北関東某市には、そんなビックリするほど大きな森なんて無かった。むしろ、一時間も歩いたら、市内を縦断できちゃうんじゃないかってくらい小さな町だったから。いや、実際には流石に縦断も横断も無理だけど。

 だけど日本は世界的に見ても森林の割合が多い国ってのを聞いたことがあるので、わたしの行動範囲の近くには無いだけで、人里を離れればそんな深い森も多いのかもしれない。

 問題はそんな大きな森まで行くのに、何時間掛かるかだ。多分、車でも二~三時間くらい必要だと思う。もっと掛かるのかな?

 わたしが意識を失ったのは、夕方の六時前だったはず。

 そして、今が正午前後という予想が合ってれば、十八時間前後は経ってる?

 その割には、お腹の空き具合はそれ程でもないんだよね。

 なんというか、いまから普通に食事の時間って感じで、十八時間も何も食べていない飢餓状態って感じじゃない。


 でも、今は大丈夫だけど、このままでは詰む事は確かだ。

 方角さえも不明確な森の中で、食べ物を入手する手段なんて、わたしには無いのだから。

 こんな事なら、ガール・スカウト的な物をやっておくべきだったかな……。たしか野外活動とかあるんだよね?


「はぁ~~、ここってどこなのよ……」


 この時のわたしには、まだ、この場所が異世界の森だという考えは無かった。

 異世界なんてあるはずがないと思ってた。仮に異世界と言うものがあるとしても、わたしなんかが異世界に転移したりするような事はあり得ないって気持ちだった。

 否。そう、思い込みたかった。

 わたしは、現役女子高生であること以外には、ぬいぐるみ作家見習いってくらいしか特徴がない。

 異世界転移するような人は、実は古武術の達人とか、天才的な料理人やお菓子職人とか、廃人的ゲーマーとか、異常なまでの本好きじゃないとダメなはず。


 だけどわたしには、そこまで大それた特技も特徴も無いんだよ。


 ぬいぐるみを作るのは好きだし、友達とかに比べれば裁縫は得意だと思うけど、残念ながら日本有数とかのレベルじゃない。小さなコンクールとかで、運が良ければ賞がもらえる程度だと思う。

 そんなわたしが世界の壁を飛び越えるような事になるはずがない。


 きっと、コレは夢……長い夢。そろそろ母さんかお姉ちゃんが起こしに来てくれるはず。


 そう自分に言い聞かせる。

 だけど、辺りを見回してみれば見た事も無いような植物。耳に届くのは、聞いた事も無いような動物の鳴き声。

 今のところ、生命の危険を感じるような事は無いけど、それが何時まで続くのかは分からない。


 木の根に腰を下ろしたまま、今度は大きくため息。

 これからどうしたら良いのか分からない。

 とりあえず早く家に帰りたい。帰ってぬいぐるみ作りたい。そのために、まずは無事に森を抜け出さなくちゃならないんだろうけど、その為にはどうすれば良いの?

 わたしにはサバイバル知識なんて無い。あるのは、夏休みとかに家族で何度か行ったキャンプの知識くらいで、それだって一泊二日の手ぶらキャンプでしかない。そのナンチャッテキャンプで記憶に残ってるのは、星空のもとで食べるカレーライスが美味しかったことくらいだ。


 漫画やラノベで得た知識がアリなら、まずは水の確保が大事だったはず。

 一週間くらいなら何も食べなくても死ぬことは無いって読んだことがある。だけど水の場合は、一日? 三日? 記憶が曖昧だけど、多分そのくらいで危険なレベルになってたはず。


「まずは、水……森の中で水ってどこに行けばいいの?」


 森の中に泉とか小川とかあれば、それで一応は水分を補給する事が出来る……はずだけど、飲んでも大丈夫なのかな? 海外とかだと、水道の水でもそのまま飲んじゃダメって聞くけど。

 生きるために飲んだ水でお腹壊したりしたら嫌だなぁ。

 そんな未来を考えて、また溜息をついてしまう。森から抜け出すためのアイディアは出てこないけど、溜息だけは出るんだよね。


「とりあえず、動くしか無い……よね。座ってても、何も変わらないし」


 そう言って自分に気合を入れるために、両手で頬を叩いてから、よっこいしょと立ち上がる。

 ──その瞬間。

 背後の茂みで、不自然に葉っぱがこすれる音が聞こえた。

 風で揺れたような音じゃなくて、人や動物が枝ごと揺らしたような音。もっとハッキリ具体的に言えば、何かが近づいてくるような音だ。


 一瞬で体中に緊張が走り、動きが止まる。全身の筋肉が固まって、冷たいものが背中を流れ落ちるのを感じた。

 どことも知れない森の中。

 仮に、ここが日本国内だとして、危険な動物って何が居るだろう? 熊とかイノシシとか野犬とか? 狼って国内だと絶滅してるんだよね?


 わたしは、わたしが物音に気が付いた事を相手に悟られないように、振り向かずに背後の気配を探ってみた。

 まだガサガサと枝葉のこすれるような音は続いている。わたしが気がついた事に、相手は気がついていないのか。それとも、わたしの存在その物に気がついていないのか。


 そこに何が居るのかを確かめたい気持ちを抑え、ゆっくりとその場を離れるように一歩踏み出す。

 必死の、「こちらは気がついてませんよ」アピール。

 たまたま近くを通りかかっただけの野生動物なら、わたしが興味を示さずにその場を離れれば、相手も何もしないでくれるかもしれない。

 神様にお祈りするような気持ちで、相手を刺激しないように、ゆっくり足を動かす。だけど、残念ながら私の祈りは誰にも届かなかったようで、三歩目を踏み出した時に、犬の唸り声のようなものが聞こえてきた。

 わたしはビクンッと身体を震わせ、そして、思わず振り返ってしまった。


 視線の先には、ガサガサと揺れる茂みをかき分けて姿を表した人型の生き物。でも、ひと目で人間じゃないことが分かる。

 なぜなら、頭の部分がまるで犬か狼かって感じだったから。

 背丈は、小学一、二年生くらい。顔は犬と狼の混血っぽい感じで、黒みがかったグレーの体毛。後ろの二本の足で立ち上がっており、歯をむき出しにしてわたしの事を睨んでいる。

 サイズの合ってないボロボロの服を着てて、その手には、ボロボロに錆びた剣が握られていた。


 それは恐らく、ファンタジー作品でおなじみの『コボルト』。作品によって扱いは色々だけど、多くは悪の尖兵などとして扱われることが多い種族のはず。

 ライトノベルなんかだと、序盤の主人公を引き立て役扱いをされる事が多いかもしれない。


 ……だけど。

 わたしはその血走った目に睨まれ、唸り声を耳にしただけで恐怖に足がすくんでしまった。


 同世代の平均的な女の子と比べて背が小さくて、体のつくりも華奢なわたしは、体力的なもので他人に自慢できるような要素が殆ど無い。

 反射神経とか運動神経とかも、ちょっと心許ない。

 これまで十六年間生きてきて、ケンカらしいケンカもした事がない。

 そんなわたしだから、敵意をむき出しにしている人ならざる者を前にして、恐怖で凍りついてしまっても仕方がないと思う。

 血走った双眸がわたしに向けられ、雷鳴のような獣の唸り声を響かせながら牙をむき出しにして、ヨダレを垂らしているその様子は、人型なのに飢えた野獣そのもののように見えた。


 わたしは犬の頭を持つ亜人、ファンタジー界隈でいうところのコボルトに似た生物から視線を外す事も、身動きする事も出来なかった。

 得体の知れない未知の存在。ハッキリとわたしに向けられた害意。節くれだった手に握られた錆びて刃毀れをおこした剣。

 どれ一つをとっても、恐怖の対象でしかない。

 わたしは、自分の身体がガクガクと震えている事も、歯がガチガチと音を鳴らしている事も、零れ落ちそうなほど涙が溢れている事さえも気が付かなかった。

 一歩、二歩とゆっくり近づいてくる亜人に対して、わたしは無意識のうちに、ぬいぐるみを抱えた両手に力を込める。

 

 逃げなきゃ……。

 

 頭ではそう考えてるんだけど、身体は見えないロープで縛られてるかのように動かない。動けない。

 目の前のコボルトは、どう見てもわたしより小さい。多分、身長は小学校低学年の子供と同じくらい。ボロボロの毛並みにやせ細った身体。

 いくらわたしが女子高生にしては小さいとはいっても、身長は148センチある。フィジカル面だけを比べれば、小学校一、二年生相手には流石に負けないつもりだ。

 それでも、わたしは動けなかった。

 これまでケンカさえもした事が無いわたしは、これだけ直接的に敵意を向けられたことが無かったから。

 

 そして相手が何を考えているのかが分からないというのも、より一層、恐怖心を膨らませたのかもしれない。

 コボルトは、わたしに剣を向けてどうするつもりなのか。

 この場所から追い払いたい? それともわたしを捕まえたい? 食料にしたい? それとも、生命を奪いたいだけ?


 コボルトはゆっくりと近づいてくる。

 あとちょっとで、手に持った剣が届きそうな距離だ。

 わたしは目を瞑ることも出来ないまま、コボルトの動きを見つめていた。知らず知らずのうちに、涙が溢れ頬を濡らす。


 コボルトの吠え声は、頭が犬型なせいか犬の声にそっくりだった。

 その吠え声とともに両手で振りかぶり、振り下ろされるボロボロの剣。

 わたしは必死の思いで、その剣戟をかわそうと体をひねる。でもわたしは格闘技の経験があるわけでもなければ、運動神経がいい訳でもない。

 後退ることも身を翻す事もできないまま、ようやく出来た行動が、咄嗟に空いている左手で頭をかばう事だけだった。

 その左の前腕に衝撃と火傷のような熱を感じて、呼吸が止まり、悲鳴さえも上げられない。

 一瞬の熱のあとに続いたのは、ジンジンと痺れるような痛み。コボルトの攻撃がわたしの左腕を掠めたのだと分かった。

 コボルトの持つ剣がコボルト自身の身体に対して大きすぎた為、狙った所に振り下ろせなかったのかもしれない。ちょっとかすっただけで、ものすごく痛いけど、幸いにも腕が切り落とされたり、骨が折れたりとかはしなかった。ただ、薄皮一枚とかの状態じゃないので、指先まで真っ赤な血が滴っている。

 わたしは叫び声を上げたくなるほどの痛みに堪えながら、血が流れ出るのを止めようと、右手で傷口を抑えつける。

 

 その間にもコボルトは二撃目を放とうと剣を構えなおしていた。

 その顔は、犬のような顔のはずなのに、絶対有利な立場を確信した歪な笑顔を浮かべてるように見えた。


「いや、いやぁ……たすけて、誰か……」


 もう、こぼれ落ちる涙を止めることは出来なかった。

 目の前に迫る恐怖と、左腕に走る鈍い痛みはわたしをパニック状態に落とし込む。


 わたしは少しでも距離を取りたくて、震える足を必死に動かし後退った。視線はコボルトとコボルトの持つ剣から離すことができなかった。

 だけど、足元も見ずに、均されてるわけでもない森の中を後ろ向きに歩こうとすれば、当然まともに距離を取ることなど出来るわけがない。

 張り出した大木の根に足を取られたわたしは、その場で派手に転んでしまう。


 それはコボルトにとっては決定的なチャンスに見えたはずだ。

 転倒したわたしを見て、一層口元を歪めたコボルトは、ゆっくりと間合いを詰めてきた。

 わたしは、振り上げられた刀剣が振り下ろされるのを、ただ震えて待つ事しかできなかった。


 コボルトが短い咆哮と共に再び剣を振り下ろそうとした、その瞬間──。


「誰かーーーーっ」


 わたしは無意識の内に叫んでいた。


 そして、その叫び声に応えるように、わたしの視界がまばゆい光で覆われる。

 正確には、わたしが抱きかかえていた”マール”のぬいぐるみが、直視出来ないほどの光を放っていた。


 この場にいるのは、わたしとコボルトだけ。

 わたしの助けを求める声が、他の誰かに届くことはない、はずだった。


 それ(・・)は突然の出来事。

 ぬいぐるみを包んでいた光は、ほんの一呼吸ほどの時間で消えていく。それと同時に人工毛皮(フェイクファー)と、中に詰められた手芸綿、あとはグラスアイなんかの小物がついてるだけで大した重さなんて無いはずのぬいぐるみが、まるで人間の赤ちゃんのようなずっしりとした重さに変わった。


 呆然とするわたしと、突然の光に驚いたのか一瞬にして距離を取ったコボルトが見つめる中、ぬいぐるみであるはずの”マール”が二度三度と、まばたき(・・・・)を繰り返した。


「ルミしゃまっ! おひさしぶりですにゃ! そして、はじめましてですにゃ!」


 生命の危機だったことも一瞬で頭から吹き飛び、目の前で起きた信じられない現象に目を見張ってしまうわたし。

 ”マール”は私の腕から抜け出すと、軽い身のこなしで地面に着地。満面の笑顔をわたしに向ける。


 なにこれ!? どうなってるの?? ぬいぐるみが喋った?? 動いてる!? これってマールなの!?


 考えがまとまらないまま、だけど何となく分かったことがある。

 それは、ぬいぐるみだったはずの”マール”が、すでにぬいぐるみではない何かに変わってしまったという事。


 ──これが、わたしとマールの二度目の出会いの場面だった。


土日で一生懸命書いて、月曜日に推敲して火曜日に投稿……っていうペースで続けられれば良いな。

毎日投稿してる人とか尊敬しちゃう。

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