異世界生活のはじまり 4
教師役のレンヴィーゴ様による解説に少しだけワクワクしていると、不意に服を引っ張られた。首をひねって引っ張られた部分に目をやると、マールの小さな手が袖を引っ張っていた。
「どうしたのマール?」
「ルミしゃま、マールも魔力があるか試してみたいにゃ」
「あ、そうだね。マールも魔法使えるかもしれないもんね。……レンヴィーゴ様、お願いできますか?」
何故か嬉しそうな笑みを浮かべたレンヴィーゴ様は「どうぞ」って答えて、わたしのときと同じように準備をしてくれる。
「触っていいにゃ?」
「ええ、どうぞ」
レンヴィーゴ様に促されたマールは、水晶球に恐る恐るといった感じに手を伸ばす。
その小さな手が水晶玉に触れると、わたしの時と同じような白い光が溢れ出した。
レンヴィーゴ様は次々と試薬を用意して、マールも次々と試薬に指を突っ込んでいく。
一つ終わる度に、レンヴィーゴ様が一生懸命メモを取る。まるで、夏休みに朝顔の観察日記を付ける小学生のようだ。
「ん~、これは……」
マールの魔力に関する試験を終えると、レンヴィーゴ様は考え込むような素振りをしながら、わたしとマールを見比べた。
何かおかしな所が有ったのかな?
「えっと、ルミさんの世界の人は、全員が魔力を持ってるのでしょうか?」
「そんな事は……無いと思います?」
「でも、ルミさんとマール君、それに100年以上前のドロシー・オズボーンの三人共、魔力を持っている……。この世界で魔法使いとして身を立てる事が出来るほどの魔力を持つのは、100人とか200人に1人くらいでしかないんですよ?」
それってやっぱり、異世界の壁を超える時に、知らず知らずの内にチート能力を貰ってたって事なのかな?
もしかしたら、神様か女神さまかに会ってるけど、記憶を消されてる系な展開!?
「そんにゃことより、マールの魔力はどうだったにゃ? マールも魔法使えるにゃ?」
水晶玉が光ったし、試液の色も変わってたから魔法の勉強とか修行を頑張れば使えるって事なんだと思うけど、それは、マール自身も一緒に聞いてたから分かってるはず。
きっと、誰かに確かめないと不安なんだね。可愛い奴め。
「マール君も、一般的に魔法使いと呼ばれる人に比べて、かなり優秀ですね。先程の例でいえば、一度にジョッキ一杯くらいの放出量、すべての属性に対応しており、更にクセもありません。魔力量に関しては、ルミさんほどではありませんが、それでも一般的な魔法使いよりは遥かに多いでしょうね。最後に、魔力回復量ですが、これは、残念ながらルミさんほどの非常識さはありませんでした。それでも、一般的な魔法使いと同等といったところでしょうか。これなら、勉強すれば魔法も使えるようになる……かもしれないですね」
レンヴィーゴ様、にっこり笑って予防線張ってるよ!
まぁ、獣人やケット・シーに似てるけど違う、未知の種族が魔法を使えるかどうかなんて分からないからしょうがないよね。
だけど、マールはそんな予防線に気がついた様子もなく、「マールも魔法使いにゃ!」なんて喜んでたりする。
「それより、ルミさんとマール君なら特異魔法もあるかもしれません」
レンヴィーゴさんがちょっと興奮気味に言い出した。
とくいまほう? どういう意味だろう?
「特異魔法というのは……、あー、その前に魔法の系統の説明からした方が良いですね」
それなら知ってるよ!
攻撃魔法とか回復魔法とかだよね!? ゲームとかで見たことあるもん!
「まず、魔法には幾つか分類方法があります。例えば、魔法を使うときには魔法陣や呪文の詠唱などが必要なんですが、その発動方法の違いによる分類です。他には、戦闘魔法と日常魔法なんて分類方法もありますし、もっと細かく、言霊魔法とか精霊魔法とかの分類の仕方もあります」
……んっと、レンヴィーゴ様が何を言ってるのか良く分かんない。
魔法の分類方法なんて、普通は一種類じゃないの? 白魔法と黒魔法とか、攻撃魔法と回復魔法と補助魔法とか。
何で、分類方法が何種類もあるの? わたしを混乱させるため?
「なんで分類方法が幾つもあるんですか? 覚えるのが面倒じゃないですか」
「何でって言われても……、魔法学者たちのせいですかね?」
レンヴィーゴ様は「分類方法を考えるくらいなら、新しい魔法の一つでも考えてくれれば良いんですが」なんて苦笑してる。
ごもっともです。その際には、是非、甘くて美味しいスイーツが出てくる魔法とかでよろしくです。
「それで、さっきの話は、特異または固有魔法と呼ばれる特定個人しか使えない魔法と、普遍魔法、共有魔法などと呼ばれる、条件を満たせば誰でも使える魔法という分類方法があって、お二人は、特定個人しか使えないといわれる特異魔法が使えるかもしれないって話です。特異魔法って、珍しいんですよ?」
わたしは、「はぁ」って感じの間の抜けた返事しか出来ない。
逆にレンヴィーゴ様は何かのスイッチが入ったのか、活き活きと語り始めた。
「特異魔法は珍しいだけじゃなくて、普遍魔法に比べて強力だったり、複雑だったりするものが多いですね。だけど、使える人はホントに少ないです。記録に残っている限りでは、これまで世界に二十人も居ないはずです」
それって、世間一般で言われている”ユニークスキル”とか”チート”とかってやつなんじゃ……。
もしかして、わたしにも”チート能力”があるの? 異世界モノといえば、チートとハーレムってくらい切っても切れない物だから、チート能力があるとスゴイ有り難いんだけど。
逆ハーレムなんて贅沢言わないから、せめてチートくらいは欲しい。神様おねがいっ!
「以前お話しした、ルミさんより以前にこの世界を訪れた迷い人、ドロシー・オズボーンは、特異魔法を使えたと言う記録が残っていますね」
「それってどんな魔法だったんだか分かりますか?」
もしかしたら、特異魔法というやつの傾向が掴めるかも。
「たしか、竜巻を操る魔法だったはずです」
「竜巻、ですか?」
「はい、竜巻です。記録に残ってる限りでは、かなり強力な魔法だったみたいですね。まぁ、100年も前の事なので、話がどこまで大きくなっているか分かりませんが」
竜巻の魔法、つまりは風の魔法という事か。何だかカッコイイ。なんていうか、コレでこそチート!って感じ。
そうなると、同じ迷い人のわたしも期待しちゃって良いのかな? クールな氷系とか熱血の炎系、意外とセクシーな雷系とかも良いかも。
夢が膨らむね!
わたしが妄想していると、レンヴィーゴ様は小さく苦笑していた。
「ルミさん、まだ特異魔法どころか、普通の魔法だって使えるか分からないのですから、そんなに悩んでも仕方ないですよ」
からかうような笑い声が、わたしのグラスハートをクリティカルヒット……。
言われてみれば、その通り。
わたしはまだ、魔力が有るってことが分かっただけで、魔法が使えるわけじゃない。
「さて、それじゃ……どうしましょうか?」
「どうする……っていうのは?」
「ルミさんとマール君の事です。僕としては是非、魔力の使い方を学んで欲しいところですが。そして迷い人の、僕達とは違う発想で、新しい魔法を作り出したりして欲しいです。もちろん、スペンサー領で」
うへぇ……、なんかスゴイ期待されてるぅ。普通の女子高生のわたしに何を期待してるんだろう……。
暑くて倒れそうです。
あと2週間くらいは夏休みでも良いと思うの。




