異世界生活のはじまり 3
「さて。それでは始めましょうか」
わたしがこの世界に迷い込んで二日目。
午前中は、マールの服のデザインを決める事だけで終わり、昼食を挟んで午後となった。
わたし達が居るのは、レンヴィーゴ様の部屋。男の人の部屋なんて入ったの初めてだよ。
レンヴィーゴ様の部屋は、一言でいえば、狭い。
わたしが間借りしている部屋よりも広いはずなのに、いくつもの収納棚や本棚があって、むしろ狭く感じるってパターンだ。
棚の中とか本棚もよくよく見れば、キレイに整理整頓されてるのが分かるんだけど、それ以上に物が多いって感じになってしまっている。
この部屋を選んだのは、わたしが寝泊まりしている部屋へ男性であるレンヴィーゴ様が立ち入ることに、わたしが気にするといけないからという事だった。
たしかに、自分の部屋だったら恥ずかしいけど、お借りしている客間だから、そんなに気にしなくても良いのに。
もう一つの理由は、この部屋になら様々な魔法に関する書物や道具類があるからとの事。つまり、必要になった時にわざわざこの部屋まで取りに来なくて済むようにって考えらしい。
わたしとマールの目の前には、教師役であるレンヴィーゴ様。テーブルの上には、水晶玉やら、小瓶やら。
これから始まるのは、レンヴィーゴ様による魔法講座だ。
「まずは、この世界の魔法というものについて説明します」
レンヴィーゴ様によれば、この世界ではほとんどの人が、使える使えないに関わらず魔法について多少の知識は持ってるらしい。
なので、もしわたしやマールが魔法を使えなかったとしても、全く魔法に関する知識がないのは不自然なんだそうな。
つまり、魔法について基礎の基礎から話をしなければならない今回は、わたし達の素性を知らない人は同室させられない。
そうしないと「なんで、子供でも知ってるような事を今更教えてるの?」なんて思われちゃうかも知れないからね。
そして、わたしくらいの年齢で突然魔法を使えるようになるというのも、おかしな事らしい。
何故なら、この世界ではある程度以上の魔力があるとわかった時点で、魔法の勉強を始めるのが一般的だから。
この世界では、ほぼ全ての人が十歳になる時までに魔力の有無を確認して、魔法が使えるほどの魔力が有るようなら魔法の勉強を始める。
それが当たり前な世界で、もし、わたしやマールに魔力があったとしたら?
その時には「魔力があるのに、なぜ今まで魔法の勉強をしてこなかったのか?」という問いに対する答えが必要になる。
その答えが、万人が納得できるものなら良いけど、実際にはそんな都合のいい答えなんて用意できないし、不審に思う人も出てくるはずだ。
そのため、この魔法講座はわたし達の素性を知っている人以外には、秘密にしておかなくちゃいけないらしい。
そして、わたしやマールにもし魔力があるなら、出来るだけ早く魔法を使えるようにならなくちゃならないというわけだ。
一応、設定上の出身地が辺境の零細領地だった為、魔法を教えられるような人が居なかったっていう「答え」をレンヴィーゴ様が用意してくれた。
でも出来ることなら、この「答え」を使うこと無く秘密裏に魔法を習得してしまった方が良いよね。
レンヴィーゴ様曰く、ちょっと苦しい答えらしいし。
レンヴィーゴ様の魔法講座によると、この世界の人や動物、植物や魔物にいたるまで、生きている以上、皆が魔力を持っているらしい。
その中で魔法を使えるくらいの量の魔力を持つ人は、およそ一割から一割五分。更にその中で、魔法使いとして身を立てる事が出来るような人は一割位らしい。
つまり、およそ100人に1人が魔法使い。これは大雑把な統計ですらなく、一般的な人達から見た印象でしかないらしいけど。
わたしにも使えるのかな? なんとか1パーセントに滑り込めたら良いね。
「昨日の話ですが、ルミさんの要望である、素性を隠せて、他人の世話にならず、金銭を稼げて、自衛手段を持ち、あと、帰るための手段を探す時間を確保したい、というのは覚えていますか?」
もちろん覚えている。ぼんやりだけど。
むしろレンヴィーゴ様は、なんでそんなにきっちり覚えてるの?
レンヴィーゴ様の記憶力に感心しつつ、コクコクと頷く。
「魔法が使えれば、そのうちの幾つかはは実現可能かもしれません。魔力があるかどうかはまだ分かりませんし、もちろん、そう簡単に魔法が使えるようになるわけではありませんが、魔法を使えるようになれば、それだけで潰しが利くようになりますから」
いくつかは実現可能って、やっぱり自衛手段とお金を稼げるって部分かな。
「本当に、わたしに使えるんですか?」
「魔力があって使い方を学べば、ですけどね」
レンヴィーゴ様は、そう言って苦笑してみせるけど、わたしは不安でいっぱいだ。
「心配されてるようですから、早速、調べてみましょうか」
そう言うと、テーブルの上に置いてあった道具類を指し示す。
そこには占い師が持ってる透明な水晶玉みたいなやつとか、オレンジや緑の液体が入った小瓶と空容器とか。あと、小さな砂時計も用意されていた。
「これで、魔力を持っているかどうかが分かります。まぁ正確な数字とかは、専用の器具を使わなければ測定できませんが、大まかに測るだけならコレでも十分に分かりますから。……まずは、この水晶に触ってみていただけますか?」
言われたとおりに、右手を差し出す。
握りこぶし大の水晶玉に、恐る恐る伸ばした指先が軽く触れた瞬間。水晶玉はまるで電球みたいな輝きを放つ。思わず目を瞑ってしまうくらい眩しい、真っ白な光。
「……これは、スゴイ魔力放出量ですね。それに真っ白で、妙なクセもない。ルミさんの年なら、もう変なクセが付くこともないでしょうからね。これは貴重な事です」
そう言いながら、手帳のようなものに、なにやらメモをとるレンヴィーゴ様。だけど、わたしには何の事やら分からない。
クセがないと白くなるのかな? じゃぁ逆に、変なクセがあると有色って事で良いの?
「えっと……話が良く分からないんですけど、これってどうなんでしょう?」
「そうですね、まずはルミさんには魔力があるって事はハッキリしました。この水晶玉は、触れることで魔力を感知して光る仕組みになってるんです。ルミさんの魔力放出量はかなり大きいですね。きっと他の魔法使いが羨ましがります。おめでとう、ルミさん」
「ありがとう、ございます?」
まだよく分かっていないわたしをスルーして、次にレンヴィーゴ様が準備したのは、小瓶と空容器。
小瓶の蓋を外して、空容器へ青い液体を注ぐ。
「魔力のある人が、この青い試液に指を入れると、だんだん色が変わっていきます。試液の色が真っ赤になるまで指を入れたままにしてみてください」
わたしは訳が分からないまま、レンヴィーゴ様の指示に従って指を試液に突っ込む。
それと同時に、レンヴィーゴ様が砂時計をひっくり返す。
その途端に、サファイヤみたいに真っ青だったはずの試液の色が紫になって、ピンクになって、真っ赤に染まる。
砂時計には目盛が付いてるんだけど、最初の一目盛も必要ないくらいの短い時間で変色しきってしまった。
「むぅ。これもスゴイですね……。それじゃ次はこれをお願いします。これは色が無くなるまで指をそのまま入れておいてください」
レンヴィーゴ様が次に用意したのは、オレンジ色の試液。レンヴィーゴ様が砂時計の砂を元に戻してから合図を出す。
コレで何が分かるんだろう? なんて考えながら、わたしは言われたとおりに指をオレンジ色の液体に突っ込む。
それと同時に、レンヴィーゴ様は砂時計をひっくり返した。
わたしが指をポチャンと差し入れた瞬間、さっきまでオレンジ色だったのに、急に色が抜けて透明になっちゃったよ! どういうこと!?
一目盛分の砂も落ちていない砂時計を見て、どこか楽しそうなレンヴィーゴ様。
「迷い人ドロシーも、魔法に関してかなりの才能があったという記録が残ってますが……ルミさんも負けてないですね。コレはビシバシ鍛えて魔法を習得して頂かないと」
「……えっ」
「何を驚いてるんです? コレだけ才能豊かな魔法使い候補を放っておくわけ無いじゃないですか」
赤くなった試液と透明になった試液を見ながら、メモを取っているレンヴィーゴ様。
もしかして、観察日記をつけようとしていませんか?
メモを取る笑顔が、まるで新しいおもちゃに夢中になっている小学生男子みたいに見えるのは、わたしの気のせいですか?
「とりあえず説明しますね。水晶を使った試験は、ルミさんが一度にどれだけの魔力を使えるか試すものです。えっと、そうですね。……例えば水を生み出す魔法を使ったとして、一度の魔法でどれだけの量の水が生み出せるかを試したって事です。仮に一人前って言われる魔法使いがコップ一杯の水を出せるとしたら、ルミさんはジョッキ一杯くらいは出せるって位でしょうか」
おぉ! 具体的に言ってもらえると分かりやすい!
コップとジョッキがわたしの想像通りの大きさだとしたら、かなり優秀って事じゃない!?
「光が白かったのは気が付きましたか? 魔法には属性というものが有るのですが、白い光は全部の属性を持ってるって事です。逆に黒い光は属性が一つもないって事を表しています。そして、光が綺麗に広がっていたのがクセが無いということです。人によっては歪な形に光を放つんですが、そうなると自分の狙いとはズレて発動したりします。つまり、魔法が明後日の方向へ飛んだり、途中で曲がったりしてしまうと言うことです」
属性ってのは、ファンタジー作品でよく見る四大元素とかの事なのかな? 地・水・火・風だっけ。作品によっては、光属性とか闇属性とかも有ったけど。
クセの有無っていうのは、野球で言えば、直球を投げたつもりでもナチュラルに曲がるって感じ?
父さんのポンコツ野球解説であってる?
「次の青い試液を使った測定は、ルミさんがどのくらいの魔力を持ってるかを調べる為のものです」
ゲーム的に言えば、最大MP的なものかな?
「コレも、かなり優秀です。そうですね、暗闇を照らす灯りの魔法とかが分かりやすいでしょうか? 一人前の魔法使いが一時間分継続できるとしたら、ルミさんは半日くらいはいけるかも知れません。これは簡易的な試験ですから、もっと正確に測ればもっと多いかもしれないです。今は、”最低でもそのくらいはある”くらいに考えておいてください」
それってスゴくない!? わたし、元の世界にいる時は普通の女子高生でしかなかったけど、こっちの世界なら、スーパーエリート!?
「最後、オレンジ色の試薬に指を入れてもらったのは、ルミさんの魔力の回復力を調べました。つまり、使って無くなってしまった魔力がどのくらいの時間で再び溜まるのかを調べたって事です。これは……正直、呆れてしまう程です」
さすがに、全部の要素が優秀ってわけじゃなかったのかな? ちょっとがっかり。
「普通の魔法使いの回復力を例えるなら、スプーンを使ってコップに水を注ぎ入れるようなものですが、ルミさんの場合は、ジョッキに同じ大きさのジョッキを使って水を注ぐようなものですね」
……はい? ちょっと、レンヴィーゴ様の言ってる意味が分からないです。
空になったジョッキに同じ大きさのジョッキを使って水を注ぐ? それって一瞬で元に戻るってことじゃない? あれ? わたし解釈間違ってる?
「えっと、スゴイ事なんです……よね?」
不安になったわたしが聞いてみると、レンヴィーゴ様は困ったような、呆れたような表情を浮かべた。
「スゴイなんてもんじゃないです。事実上、無限の魔力を持ってるのと変わらないですから」
わたし、喜んで良いのかな?
ようやく魔法のお話が出てきました……が!これから何回かは魔法の説明が続くかも。
私、ちょっと古い世代なので「ファンタジーといえば魔法!」っていう感じなので
ある程度はしっかり描きたいと思ってしまうんですよね。
まぁ、他の方の作品と比べると、穴だらけのガバガバ設定になってしまうのが悲しいですが。




