スペンサー家の人々 8
「だいたい、遠慮しすぎなのよ、ポリーは。こんな小さな田舎領地なんだから、貴族だの平民だのなんて気にしてもしょうがないし、私はたまたま領主の子供に生まれたってだけで、私自身が何かした訳でもないんだから」
エルミーユ様がまるで愚痴をこぼすように言った。
でも、それが身分制って物なんじゃないかな? ポリーちゃんも困っちゃってるよ……。
「でもエルミーユ様は貴族の務めとして、色々勉強やお稽古ごとをなさってるわけですし……」
「うぐっ」
ポリーちゃんの言葉に、息を詰まらせたような顔をするエルミーユ様。
そういえば、さっきシャルロット様に何か言われてたような? たしかダンスと楽器は兎も角、算術と宮廷作法はどうこうとか。
「コホンッ、とにかく! ポリーはまだ子供なんだから、もっと我儘になって良いの! 私の事なんて気にしないでマール君と遊んでて良いのよ!」
「流石にそれは……」
「私が私の身分なんて気にしなくて良いって言ってるんだから、問題なんて無いでしょ!? それとも、ポリーの飼ってる|ジャッカロープ≪角ウサギ≫に遠慮してるの?」
お? 角ウサギってさっきポリーちゃんが言ってたジャッカロープの事だよね?
正直、角の生えたウサギっていうのはスゴイ興味があるんだよね。
ゲームとかラノベとかでは見かけるけど、現実には見た事ないわけだし。もしできる事ならしっかり観察させていただきたい。もちろん、後々のぬいぐるみ作りの参考のために。
元の世界に帰れたら「世界初にして唯一の『本物の角ウサギ』を参考に作ったぬいぐるみ」として発表できるかも!
まぁ、実際にはそんな事を公表できるはずが無いけどね。可哀想な人だと思われるのがオチだし。
そんな事を考えていると、再び扉をノックする音。わたしとポリーちゃん、エルミーユ様の三人で顔を見合わせる。
「こんな時間にどなたでしょう?」
「さ、さぁ?」
「ポリー、とりあえず開けてみて?」
エルミーユ様に言われて、扉を開けるポリーちゃん。その向こうには、もう一人のメイドさんであるレジーナさん。にっこりと笑っているように見えて、氷交じりの吹雪を思わせる冷たい表情を浮かべている。
「お嬢様方、そろそろお喋りはおしまいにして、湯あみを済ませて頂きたいのですが?」
目が全く笑ってない。っていうか、絶対怒ってるよ!
「はい! すぐに入らせて頂きます!」
おぉ! 領主の令嬢であるエルミーユ様が、メイドのレジーナさんに向かって最敬礼をしたよ! さっき言ってた「貴族だの平民だの気にしてもしょうがない」っていうのを、ちゃんと実践してる!
腰を四十五度ほど曲げて微動だにしないエルミーユ様を見下ろしながら、レジーナさんは大きく呆れたようなため息をついた。
「お客様の前で、いつものノリで頭を下げないでください。ルミフィーナ様とマール様が本気にされたらどうするんですか」
「最初だけ取り繕ってもしょうがないじゃない、いずれバレちゃうんだからさ」
にへらって感じに笑うエルミーユ様。そんな表情でもやっぱり美人さんだ。むしろ、おすまし顔よりも魅力的に見える。
「それより、これ以上レジーナに怒られない内に、さっさとお風呂入っちゃいましょ。……ルミさん、一緒に入る?」
エルミーユ様が、こちらに振り返って言った。
言った本人の立ち姿を足の先から頭のてっぺんまで改めて観察してみる。
領主様と同じ栗色の髪に、領主夫人の面影がのぞく顔立ち。手足はほっそりと長くウエストは程よく引き締まっているのに、バストは形よく膨らんでいる。
思わず自分の胸の部分と見比べてしまう。……ぐぬぬ。
わたしの視線が向かう先に気が付いたのか、エルミーユ様は苦笑いを浮かべた。
「あー、えっと。とりあえず今日は別々にしよっか」
「……エエ。ソウデスネ」
とりあえず、お風呂の順番はお貴族様であるエルミーユ様が先で、わたしがその後に入るって事になった。
シャルロット様は既に入浴済み、ポリーちゃんやレジーナさんは立場的に最後に入るそうな。
「そうだ、マール君はどうする?」
「え?」
「ウチのお風呂は、一応、男と女で別れてるんだけど……」
あぁ、そういう事か。それなら答えは決まってる。
「わたしが連れて入ります。マールは一人だとお風呂に入りたがらないので」
わたしがそう答えると、今まで静かに抱っこされていたマールが急にわたしの腕から抜け出そうともがき始めた。
「マ、マールは今日はお風呂は遠慮しておくニャ!」
……む。さて、どうしよう。
正真正銘の猫だった頃のマールだったら、お風呂は基本的に月イチだった。
猫って基本的に体が濡れるのを好まないからね。もちろん水浴びとかが好きな子も居るらしいけど、マールはやっぱりお風呂は好きじゃなかった。それでも、猫は肉球以外の部分にはほとんど汗をかかないし、自分で毛繕いをして綺麗にしてるから、無理にお風呂に入れる必要は無かったんだよね。
でも、今のマールはどうだろう?
猫であって猫でないマールは、もしかしたら全身に汗をかくようになってるかもしれないし、毛繕いが下手になってるかもしれない。
もし、毛繕いが出来なくなっていれば、そこから病気になる可能性だってある。
だからと言って、お風呂に入れれば病気にならないかって言われれば、そうとも限らないのが難しい。
ドライヤーとかで濡れた被毛を急速乾燥させられるならまだ良いんだけど、タオルでゴシゴシ拭うだけだとなかなか乾かないし、やっぱり冷えて身体に悪い。最悪、風邪をひく事だってある。
とりあえず、今日はお風呂は無しでも良いかな。濡れたタオルで軽く拭いてあげるくらいにしよう。そんで、あとでコームとかブラシとかを手に入れたいね。
猫用コームとかブラシとかがあるとは思えないから、もしかしたら特注になっちゃうかも……。これについては、あとでレンヴィーゴ様かスタンリー様に確認してみよう。
わたしがそう考えている内に、マールはドンドンと服を脱いで、下着姿になるとベッドに潜り込んでしまった。
はやい。マールの逃げ足が速いのは相変わらずみたい。姿形は変わっちゃったけど、マールはやっぱりマールだ。
マールの逃げ足に呆れつつも、どこか安心した気持ちになったわたしは、知らず知らずの内に強張っていた肩の力がほんのちょっとだけ抜けた気がした。
そろそろ怖い話のシーズンですね。
私、ホラー映画とかのビックリさせる系は苦手だけど、小説とか漫画のやつは大好きなので
夏休みになると、某巨大匿名掲示板の怖い話をまとめた奴とか読んで1日が潰れちゃったりします。
『小説家になろう』でもホラー企画が行われるみたいなので、今年はそっちも読んでみようかな。




