スペンサー家の人々 5
シャルロット様とエルミーユ様の二人が文句も言えずに不機嫌そうな顔をしたままの気まずい食事が終わると、お茶とお酒の時間になった。
領主様が色が濃いビールみたいな見た目のお酒、領主夫人であるシャルロット様がワインなのかな?
レンヴィーゴ様と、エルミーユ様は不思議な甘い香りの果汁水で、わたしとマールも同じものをいただく事になった。
マールは向こうの世界にいた頃は、ほぼほぼ水しか飲んだことが無いから心配だけど、横目で見ている限りは、美味しそうにチビチビと飲んでいるから大丈夫かな?
「それでスタンとルミさんは、どういう関係なの? ただ、お客様ってだけじゃ私達もどう接していいか分からないでしょう?」
テーブルについている皆が、それぞれグラスやカップを傾けていると、シャルロット様が疑問を口にする。まだちょっとご機嫌斜めっぽい、問い詰めるような口調だ。
「ああ、ルミフィーナ嬢は俺が若い頃の友人の一人娘だな。ルミフィーナ嬢自身とは直接の面識はなかったし、その友人とも俺が傭兵団を立ち上げてからは、ほとんど連絡を取り合えてなかったが」
領主様が予め用意されていた答えを出すと、シャルロット様は上品に首を傾げた。
「そんな古いお友達が、どうして今頃一人娘を送って寄越したのかしら?」
「若い頃の約束に従ったんだ。どちらかに万が一があった場合、お互いの家族の面倒をみるって約束だ」
「まぁ、それじゃ……」
これも設定どおり。
実際に、領主様にはハムステッド領出身で行商をしている友人が居たらしいけど、かなり以前に故人になっていたらしいし、そんな約束をしたわけでもない。
つまり、わたしの素性を探られるのを防ぐために作られた設定の一つだ。
「まぁ、古い口約束でしか無いがな。ルミフィーナ嬢が俺の所に来たという事は、彼女は家族を失い、俺は古い友人をひとり失ったって事だ」
そういって、そっと目を伏せる領主様。スゴイ。まるで役者さんのようだ。
設定を知ってて、嘘だという事が分かっているわたしでさえも「触れちゃいけない話題なんだ」と思ってしまうくらいだ。
誰も言葉を発することがなく、部屋が暗い雰囲気に包まれた頃。
チラチラとわたしとマールの方を覗き込むように見ていたエルミーユ様が、我慢できなくなったとばかりに口を開く。
「ルミさんのお父様が亡くなってしまった事はお悔やみすべき事だけど、それよりも、これからの事よ。ルミさんは、これからどうするの?」
「ああ、しばらくは我が家で面倒を見て、落ち着いたら本人の希望次第だが領内に住んでもらうつもりだ」
「じゃぁ、ルミさんは落ち着くまではお客様、落ち着いたら領民の一人ってことね。……それで、マール君の扱いはどうするの?」
そっちが本命だったか!
「マールについては今のところ、ルミフィーナ嬢の従者という扱いだな」
「じゃぁ、いずれは領民として扱うってこと?」
「領内ではそうなる。対外的にはどうすべきか悩んでいるところだ」
「現在、我が国で人として認められているのは、メディロイド、エルフ、ドワーフ、プチロイドまでです。我が領と交流のある獣人でさえ、人とは認められていない為、市民権も得られず、王都などは立ち入ることさえ許されていません。なので領民として扱う事は国の法を軽んじていると判断される恐れがあります」
領主様の言葉をレンヴィーゴ様が引き継ぐと、それを聞いていたマールは中身が空になったカップをテーブルに戻しながら言った。
「マールはルミしゃまのペットにゃ」
数秒の間の後に、立ち上がり目を輝かせるシャルロット様とエルミーユ様。
「しゃ、しゃべれるの!?」
「なんて素敵! かわいいっ!」
そういえば、マールが喋れるって言ってなかったかも。挨拶の時もお辞儀しただけで、紹介したのはわたしだったかもしれない。
だけど猫の顔をしたマールが人の言葉を喋れる事を驚くって事は、この世界の一般的な獣人さんは喋れないのかな? それとも、この世界の獣人さんは、人と同じような姿でケモミミと尻尾が生えてるタイプなんだろうか。
「そう言えば、言ってませんでした。マール君はこの国の言葉を理解して喋ることが出来ます。なので母上も姉さまも油断しておかしな事を口走ると、恥ずかしい思いをするかもしれないので注意してくださいね」
これについては他人事じゃない……。
わたしが子供だった頃の事とかを言い触らしたりしない様に、厳重に口止めしておかないと……。
「それと、マール君はペットと言っていますが、ルミさんの従者である事も間違いありません。普通の犬や猫、ジャッカロープやハギスなんかとは違います。そのつもりで接するようにしてください。……特に姉上。可愛いからといって犬や猫のように撫でたり抱きしめたりなんてしようとするとマール君に嫌われますよ」
「ちょ、なんで私だけ……」
ちょっと悔しそうな、抗議めいた顔を向けるエルミーユ様。
「母上はあれでも一応は領主夫人で、何とか自制する心も残ってますから」
息子に褒められた事が嬉しいのか、ちょっと得意そうなドヤ顔をしている領主婦人のシャルロット様。それで良いのか。
あんまり褒めてるようには聞こえないけど。
「それより、ルミフィーナ嬢とマールの事だが、ルミフィーナ嬢は兎も角、マールをどう扱うべきかは……なぁ」
スタンリー様が困ったような表情でマールを見やる。
領主様とレンヴィーゴ様によると、わたしの設定である行商人の娘に市民権を与える事はそれほど問題が無いらしい。
一般的には、行商人とかのどこの領地にも属していない人でも、お金を出して幾つかの審査を通れば市民権を得られる。
ただ、問題はマール。
この国の法では市民権を得る事が出来るのは、メディロイド、エルフ、ドワーフ、プチロイドという四つの種族だけだという。
だけど、そのいずれでも無いマールに市民権を与えるのは、国の法を軽んじる行為として他の貴族に付け入る隙を与えてしまうかもしれないらしい。
領主というのは領地を治めるにあたって、その領地での税を徴収する権利とか、行政権や司法権みたいな物は持ってるけど、立法権は限定的なものっぽい。なのでメディロイドなど四種族以外の種族に勝手に市民権を与える事はできないっぽい。
なんだか、めんどくさいね。でも冷静に考えると、日本ではどうだったんだろう?
犬とか猫とかを家族同然とかいう人はいっぱい居たけど、日本国籍を持ってるペットっていうのは聞いたことが無い。
地方自治体レベルだったら動物とか架空のアニメキャラなんかに『特別住民票』なんてのを発行して話題作りに活用してたりはあったけど。
「ルミさんの飼い猫という扱いも不味いですしね。仮に、父上の庇護下に入れたとしても、まだ足りないでしょうね」
つまりは、スタンリー様以上の権力者に存在を知られてはマズイって事か。
もちろん、この国の法的にも、わたしの飼い猫であるなら誰も取り上げる権利なんて無いはずなんだけど、そんなのは上辺だけの建前でしかなくて、実際には、横暴な権力者が望めば、あらゆる手段を使って手に入れようとする可能性が高い。
マールって、それだけ貴重な存在って事。
そして、わたしは泣き寝入りするしか無くなってしまうって事でもある。
「ねぇ? マール君の仲間って他に居ないの?」
私が暗い未来を想像して心が沈み気味だったところに、興味津々といった顔のエルミーユ様が問いかけてくる。
「……マールの仲間、ですか?」
「うん、そう。マール君みたいな子が他にも居るなら、私も従者に……っていうか、友達になりたいじゃない?」
あー。なんか深い考えでもあるのかと思ったけど、違うみたいだ。
マールと同じような存在は、残念ながら存在していないと思う。
そもそも、マールは元々普通の猫でしかなかったわけだけど、普通の猫を連れてきて「マールの仲間です」とは言えないよねぇ。
「えっと、わたしもマールの住んでいた場所ってどこだか良く分からなくて、ほ、本人も道に迷って彷徨ってしまった結果、わたしの前に現れたみたいで……」
「あー、それで困ってた所を保護して、結果として従者としたってわけ?」
「はい、はい! そうなんです!」
わたしのしどろもどろな言い訳を素直に聞き入れてくれたエルミーユ様。
「それじゃ、やっぱりマール君に友達になってもらうしかないわね。なんだか、既に嫌われちゃってるみたいだけど……」
そう言ったエルミーユ様は、ちょっと寂しそうにマールを見ている。
わたしとしては、そんな悲しい顔なんかさせておきたくないけど、幾ら飼い主だからといって、こればっかりはしょうがない。
マールはマール自身の物であって、わたしの所有物ってわけじゃない。
立場的には飼い主と飼い猫って続柄になるのかもしれないけど、心情的には一番の友達って方が近いかな。
そういうわけなので、マールと仲良くなりたいなら、エルミーユ様自身で何とか頑張ってもらおう。
もちろん、多少の協力とかアドバイスくらいはするつもりだけれど。わたし個人としては、見た目だけじゃなくて中身も含めてマールの事を好きになってもらいたいからね。
マウスの調子がよろしくない……。
一回しか押してないつもりなのに、二回クリックしたことになる誤作動が……。
買い替え時かなぁ




