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スペンサー家の人々 4

 「二人とも設定は覚えたな? そろそろ食堂へ行くとしよう。あんまり待たせると、ブツブツと文句を言うのも居るからな」


 わたしとマールの出自に関する大まかな設定が決まると、スタンリー様が椅子から立ち上がる。


 正直、それほど長い時間をかけて作った設定ではないので、不審がられて、少し突っ込まれたらすぐにボロが出ちゃいそうな位には穴だらけだと思う。

 それでも、あんまり細かい所まで突き詰めて決めてしまうと、わたし達には覚えきれない可能性が高い。

 あとは勢いとその場の雰囲気で押し通すしかない。


 先頭をスタンリー様、その後ろにわたしとマールが並んで歩いて、最後にレンヴィーゴ様という順番で廊下を進む。


 最初にレンヴィーゴ様に連れられて執務室へ向かった道を戻るように進み、玄関ホールのような場所を通って、別の廊下から一つの扉の前にたどり着く。

 先頭のスタンリー様がドアノブに手を伸ばしかけた所で、ピタリと動きを止めて、ゆっくりと振り返った。その視線は、マールに向かっているみたいだ。


「シャルロットとエルミーユがどんな反応をするかな……」


 その言葉を受けて、レンヴィーゴ様が苦笑を浮かべる。


「まぁ、大騒ぎはするでしょうね」

「……だよな」


 スタンリー様はドアノブを廻して扉を開くと、そこを通り抜けずに立ち止まったまま。部屋の方からわたしたちの姿が見えないように隠している感じで、当然、わたし達にも部屋の中の様子は見る事が出来ない。


「父様! おそーい!」


 部屋の中から聞こえるのは女の子の声。声の感じ的には、わたしとそう変わらない年齢かな?


「あなた、ずいぶん遅かったのね? レジーナからお客様が居るって聞いたけど?」


 続けてもう一つ、別の声。こちらは少し落ち着いた感じの大人の女性って感じ。


「あぁ。俺の古い友人の娘さんと、その従者だが……」

「古いご友人の……?」

「ここもかなり田舎ではあるが、その娘がいた土地も田舎領でな。ちょっと変わったところがあるかもしれんが、驚かないでやってくれ」


 そう言ったスタンリー様が扉を通り抜けて、わたしとマールを部屋の中へ促してくれる。


 部屋はリビングダイニングみたいな所だった。部屋の中央に大きめのテーブルがあって、

席についているのは二人の女性。

 領主様のご家族かな?

 二人の女性はわたしたちの方をじっと見つめてるけど、わたしの隣に立つマールの事が目に入ったのか、突然の大騒ぎ。


「キャー!? なにその子!? 猫!? ケット・シー!?」

「なんて可愛さなの!?」


 二人の女性は興奮して椅子を蹴飛ばすように立ち上がる。


 栗色の髪をポニーテールに纏めた十七、八歳くらいの美少女が、立ち上がった勢いそのままに、わたし達の方……というか、マールに向かって一直線に向かってくる。


「ヒィッ!?」


 わたしが小さく驚愕の声をあげる間に、女の子は私の脇を通り抜けて、マールの小さな身体を抱き上げて、モフモフ具合を堪能しはじめた。


「ニ゛ャ~~!?」


 屋敷中に響き渡るマールの叫び声。

 

 たぶん、この女の子はスタンリー様のご令嬢だよね? 着ているドレスとかも簡素な作りだけど上等な物に見えるし、髪とかお肌の手入れとかも綺麗にしてるように見える。つまりは貴族令嬢のはずなんだけど、椅子から立ち上がってマールの所まで駆けつける動きとかは、とてもそうは見えないし、思えない。

 美人さんであることは間違いないんだけど、なんというか「カジュアルな」とか「自然な」とか「気取らない感じ」の美しさって言えば良いのかな。

 お貴族様のご令嬢って、もっとお堅くてお澄まししてて、お上品でお淑やかなイメージなんだけど……。


 これは貴族令嬢って存在に対するわたしのイメージが間違っているのか、それとも、この世界の貴族令嬢はこういう物なのか。はたまた、この女の子個人が特別なのか。

 いずれにしても、スタンリー様に近い関係者であることは間違いないと思うし、マールもそれが分かっているのか、必死に拘束から逃れようとしているけど、最大の武器であるはずの爪を振るう事も出来ずにいるみたいだ。

 爪で女の子に怪我とかさせちゃったら、これからのわたし達に対する扱いが変わるかもしれないなんて考えているのかも。


「コラ、エルミーユ。止さないか。マールが嫌がっているだろう」


 スタンリー様は呆れたような顏でため息をつきながら、女の子に拘束されたマールの身体を引っこ抜くと、わたしに渡してくれる。

 すでにマールはグッタリしてるけど、幸いケガとかは無いみたいだ。


「この子、マールっていうの? 普通の猫じゃないし、ワー・キャットでもないわよね!?」

「あ、あぁ。彼はこのお嬢さんが旅の途中で出会った、未知の種族の一員らしい」


 そこまで言ってから、スタンリー様がわたしに視線を向ける。

 このタイミングで自己紹介をしろって事かな?


「わたしはルミフィーナ、この子は従者のマールです。しばらくの間、お世話にならせていただきます」


「ルミフィーナにマールね? わたしはエルミーユ。よろしくね! 早速だけど、もう一回マールを抱っこしても良い?」


 瞳をキラキラと輝かせた美少女が、わたしに詰め寄ってきた。

 同じ女の子のわたしから見ても、凄い破壊力だ。もし私が男の子だったら、絶対『ノー』なんて言えないね。


 だけど、当のマールはわたしの腕の中で嫌そうな表情を浮かべている。


 マールって日本に居た頃には、わたし以外の人には絶対抱っこさせなかったんだよね。わたしがマールを他の人に抱っこさせたくないって訳じゃなくて、マール本人が拒否してた感じだった。

 わたしの友達でも家族でも同じで、わたし以外の誰かが抱っこしようとすると、スルリと腕から抜け出してタタタッって走って逃げちゃう有様だった。

 わたしが先に抱っこしてて、他の人に渡すようにしても、他の誰かが抱きしめようとした瞬間には、やっぱり身体を捻るようにして逃げちゃってたんだよね。

 父さんは大の猫好きだったから、けっこうショックだったみたいで、何度も挑戦しては逃げられてたっけ。

 多分、マールは今の身体になっても、抱っこされるのは嫌なままなんだと思う。


 マールと困り顔のわたしに気が付いたレンヴィーゴ様が、助け船を出してくれた。


「姉上、マール君の事はひとまず置いておいて、とりあえず食事にしましょう」


 そう言って、エルミーユ様の背中を押して、席の方に向かわせるレンヴィーゴ様。

 その様子を見て、ちょっと安心。しばらく時間が稼げそうだ。この間に何とかお断りする為の言い訳を考えないと。


*      *      *


 カトラリーを使って器用にソーセージを口元まで運ぶマールを横目に見ながら、恐る恐るスプーンで掬ったスープに口をつける。

 正直に言えば、塩の味、かな。マズイわけじゃないけど、例えばレストランでお金を出して注文するかと聞かれたら『ノー』と即答するレベル。基本的な味覚は似てる気がするんだけど、まだまだ発展してないって感じだ。

 でも、マールは美味しそうに食べてるね。

 向こうの世界にいた時にも、身体が小さな割に食欲は旺盛な子だったけど、今はそれ以上にニコニコ笑顔で美味しそうに食べてる気がする。


 よく考えたら、マールが今の姿になってから、これが初めてのまともな食事だ。

 猫だった時には、食べさせちゃいけない物として、玉ねぎとかチョコレートとか気にして与えないようにしてたけど、今の身体だと、どうなんだろう?

 頭や顔、尻尾なんかは猫だけど、体幹や手足は猫には見えないんだよね。

 猫じゃないなら何なんだって話だけど、外から見て猫に見えないなら、中にある内臓だって猫じゃない可能性があるわけで、猫には危険な食べ物も今のマールなら大丈夫な可能性がある。

 むしろ、人間と同じような内臓になってるとしたら、お肉ばっかり食べてる方が身体に悪そうだ。


 落ち着いたら、ちょっとずつ色々な食材も試させないと。

 そんな事を考えながら、わたしも食事をすすめる。


 そこは、領主様のお屋敷の食堂で、わたしとマールはゲストとして領主様のご家族に紹介された。

 わたしの事は、もちろん嘘の立場で紹介されたんだけど、わたしの事なんかよりも注目を集めたのは、やっぱりマールだった。

 特に、長女のエルミーユ様の食い付きっぷりはすごかった。先に領主様から釘を刺されてなかったら、どうなっていた事やら。

 マールが畏まったお辞儀をしただけで、黄色い声を上げてた位だからね。


 マールは見た目とっても可愛いから、当然といえば当然だけど。


 領主様のご家族は、レンヴィーゴ様の他に、領主夫人のシャルロット様、長女のエルミーユ様の四人家族。エルミーユ様が年上で十七歳、レンヴィーゴ様がわたしと同じ十六歳という事だった。

 

 大きなテーブルの上座にあたる場所には領主様。その隣にビックリするほどの美人さん、領主夫人であるシャルロット様。

 レンヴィーゴ様の母親っていうのが信じられないくらい若く見える。こういう世界だと、結婚とか出産とかが日本よりも早いんだろうけど、それでも「何歳のときの子供なの!?」と聞きたくなるくらいだ。

 その領主夫人のシャルロット様が質問を投げかけてくる。


「それで、ルミフィーナさんはどちらのご出身なのかしら?」

「はい。ハムステッド領の田舎町です。どうぞ『ルミ』とお呼び下さい」


 事前に決めてあった設定を答える。『ルミフィーナ』というのは、わたしが名乗ることになった名前だ。

 ルミというような短い名前は愛称として使われるもので、『幸子』という人を『さっちゃん』って呼ぶからと言って、戸籍上まで『さっちゃん』にしないという感じ。

 サワノギというのも、この辺りではおかしな名前に聞こえるらしい。

 なので、この国でもおかしくない名前として、『ルミフィーナ』と名乗ることになった。

 だけど、それは(かしこ)まった場や、正式な書類などでの話で、普段は短縮名である『ルミ』という名前を使っても良いらしい。


 そして、ハムステッド領っていうのは、スペンサー領とは王都領を挟んだ反対側にある、影響力も知名度も低い山奥の小さな田舎領のことで、「そんな領地あったっけ?」というレベルの所だと教えられた。

 わたしが、ハムステッド領からスペンサー領へ旅する間に出会ったのがマールという設定だ。


 わたしの答えに、シャルロット様は小首をかしげる。


「ハムステッドって何処だったかしら? 貴方、ご存知?」

「マンシーニ領に隣接する小さな領だな。俺も一度しか行った事が無いが」

「そんな所から、反対側の田舎まで来たの? 大変だったでしょう?」


 わたしは曖昧に笑って見せる。ほんの数分前に決まった設定で、細かい所までは教えられてないから、あんまり突っ込まれると困るんだけど!

 そんな私の内心の焦りを察したのか、レンヴィーゴ様が話題を変えてくれる。


「それよりも今後の事ですが、ルミさんは事情により我が家で預かる事になりました。ですが、国の端と端の領地なため、色々違う文化や習慣もあり、不便なことも有るでしょう。なので、僕が主体となって補いたいと思います。ですが、何ぶんにもルミさんは女性ですから、男の僕だけでは補いきれない部分も出てくるはずです。その部分を女性陣にも手伝って頂きたいのですが……」

「どういう事情かは聞かせてくれないの?」

「それは父上から聞いて下さい。父上が当事者ですから、僕からは詳しいことは明かせません。申し訳ございません、母上」

「やっぱりそうなのね。それじゃ、スタン? あとで教えてちょうだいね?」


 シャルロット様の言葉に、領主様はチラリとわたしの方に視線を投げかけてから答える。


「ああ、あとでな」

「楽しみにしてるわ。それで私は彼女……ルミさんの面倒を見ればいいのね?」

「ハイハイハイ! 私がルミさんとマールの面倒見たい!」


 シャルロット様の言葉に被せるように声を上げたのは、長女のエルミーユ様だ。

 領主のスタンリー様と同じ栗色の髪と、シャルロット様に似た顔のつくりをした、こちらも美人さんだ。スペンサー家の長女で、シンプルだけど上品なドレスで身を包んでいるけど、お淑やかって言葉からはかなり距離を取ってるみたいだ。

 

 比べると、弟のはずのレンヴィーゴ様の方が落ち着いてる感じがするね。

 これはレンヴィーゴ様が次期領主として育てられたからなのか、それとも、お姉さんが落ち着きのないタイプだから、逆にレンヴィーゴ様が落ち着いたタイプに育っちゃったのか……。


「お母様より私の方が年が近いから、ルミさんも気兼ねなく色々質問したりできるでしょ!?」

「あら、エルミーユ、ダメよ? 貴方は自分の花嫁修業をなさいな。ダンスと楽器は兎も角、算術も歴史も宮廷作法も出来てないじゃないの」

「うぐっ……、で、でも! お母様だって色々忙しいでしょ!? この前だって社交が忙しいとか、手紙の返事が大変だって言ってたじゃない!」


 美人母娘による火花散る争いは、泥沼に向かうのかと思われたけど、あっさりと終戦を迎えることになる。

 その終戦のきっかけは領主様だ。


「あー、二人とも落ち着け。ルミフィーナ嬢の面倒は二人にじゃなく、ポリーに任せることにする」

「「えー」」

「「えー」じゃない。どうせ二人共、マールが目当てだろうに。さっきからマールの方ばかりチラチラ見ていた事が、バレていないと思ってるのか?」


 なるほど。マール目当てでわたしの世話係になりたかったのか。そう言われてみれば、食事のテーブルにつく時にも、建前上は従者であるはずのマールを同席させようと積極的だったのは、この二人だった気がする。


「マールの事ももちろん丁重に扱わなきゃならんが、二人に任せたらマールの事ばかりでルミフィーナ嬢が不便な思いをする事になるのが目に見えてる。それに、ルミフィーナ嬢はこの辺の習慣やら地理やらで全く分からない事もあるわけだからな。できるだけ長い時間、付き添える者でなくては務まらん。もちろん足りない部分は、二人が手を貸してやって欲しい」


 領主様がそういうと、シャルロット様とエルミーユ様は諦めたようにため息を付いた。


「ずるいわ、スタン。そんな事言われたら断れるはずがないじゃない」

「そうよ、お父様ズルい。これでワガママ言ったら、私が性悪令嬢みたいじゃない」


 エルミーユ様はここまでの印象だけでいえば、性悪令嬢っていうよりお転婆姫様って感じだね。


 シャルロット様とエルミーユ様が納得したところで、隣室に控えていたメイドさん達が呼び出される。領主邸を訪れた時に出迎えてくれた黒い髪を持つ母娘か姉妹かっていうくらいに似ている、二人のメイドさんだ。


「何か御用でしょうか?」

「ああ。レジーナとポリーに頼みたいことがあってな。今日から暫くの間、ポリーにはルミフィーナ嬢の専属として付きっ切りで身の回りの世話をして欲しい。レジーナはポリーが居ない分、手が足りなくなって大変だと思うが、足りない分はシャルロットとエルミーユが手を貸してくれるから、安心して頼ると良い」


「「「「え!?」」」」


 驚いた声が、何故か4つ。

 メイドさんの二人、シャルロット様、エルミーユ様だ。


「ん? なぜシャルロットやエルミーユまで驚いてるんだ? さっき手を貸すって事に納得していただろう?」


 領主様はニヤリと笑いながら言った。


 領主様のセリフを思い返してみれば、たしかに、専属になるというポリーちゃんや、わたし達に対するフォローとは言ってなかった気がする。

 これが、お貴族様か……。


 お貴族様、怖いよ!

宝くじで1等が当たっちゃうくらいの万が一で、この作品がアニメ化した時の為に

エルミーユの髪をピンクとか緑とか水色とかにしようかと1時間くらい悩んだのは内緒。

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