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スペンサー家の人々 3

「それについては、スペンサー家で援助する」


 わたしとレンヴィーゴ様の会話を黙って聞いていた領主様の言葉だ。

 それを聞いて、わたしは思わず、えっと声を上げてしまう。

 レンヴィーゴ様にしても領主様にしても、何故そこまでわたしを高く評価してくれるのか分からない。

 本当に異世界から来たのか定かではない相手に、何故ここまでしてくれるんだろう? わたしみたいな、何の力も無さそうな女の子に対してお金を出すって……。


 わたしに対して何かしらの期待とか思惑とかがあって、そういった諸々をしてくれるんだと思うけど、もし、その期待に応えられなかったら?

 投資として考えるなら、当然、失敗する可能性まで頭にはあるんだろうけど……。

 それにしても、リスクが高すぎじゃない? わたしが言うのも何だけど。


「あの、お話は大変有り難いんですが……、なぜそこまでして頂けるのか、わたしには分かりません。何か、理由があるんでしょうか?」


 投資なんて、お金持ちがお金を増やす為にやるものっていうイメージがある。この世界の投資は違うの!?


 わたしの質問に、レンヴィーゴ様はほんの少しだけ表情を強張らせたように見えた。


 領主様の方はといえば、わたしの事を探ろうとするような目で見つめてくる。

 その目は厳しい感じだけど、怖いって感じじゃない。ちょっと居心地が悪いけど。


「……そうだな。君らには聞いて貰ったほうが良いかもしれん」

「父上っ!? 良ろしいのですか!?」

「……ああ、構わん。彼女らには聞く権利がある」


 そういってから、領主様は両肘を付いて両手を組む。まるで何かに祈りを捧げるかのような姿だ。


「これから話す事は、この領地でも知る者は少ない話なんでな、他言無用だ」


 そう言ってから領主様の明かした話は、正直、頭を抱えたくなるような内容だった。


 領主様の話では、この領地は慢性的な問題を抱えているらしい。

 具体的には、他の貴族が領地拡大を狙っていて、その標的の一つになってしまっているという。

 スペンサー家はまだまだ新興の貴族で、困ったことに相手の貴族は建国当時からある大貴族なのだそうな。武力による直接的な侵略は今のところ無いものの、嫌がらせのような政治・経済的な攻撃は受けているらしい。

 そして、スペンサー家には、それを撥ね退けるだけの力が無いという事だった。

 

「幸いと言えるかどうかは分からんが、標的になっている領地は我がスペンサー領だけではなく、周辺の領地が隈なく狙われている状態だ。なので、スペンサー家が今すぐどうこうなってしまうという事は無い。それに相手も武力を用いて直接的な領土侵略などはそう簡単には出来るはずがない。我が家も零細とはいえ、貴族の末席に名を連ねる立場だからな。貴族同士が争えば、王宮だけでなく、他の派閥も乗り出してくる事が目に見えている。……だが、単純な領地の広さや領民の数ではとても太刀打ちできず、もし武力衝突となれば勝ち目がないのも事実だ」


 領主様はそう言って、組んだ手に力を込めた。レンヴィーゴ様の表情も、やっぱりどこか悔しげだ。


 領地の広さや領民の数というのは、そのまま治める貴族の力という事になるのかな。

 領地が広ければそれだけ多くの採取物や収穫物が見込めるって事だろうし、領民が多ければ、兵士の絶対数も多く出来るって考えれば、イコールでは無いにしても、かなり重要な要素ではありそうだ。


「スペンサー家としては、このまま表には現れない侵略行為を静観しているわけにはいかん。だが対抗策を取るにも、スペンサー領はやっと五百を超える程度の領民しかいない木っ端貴族だ。このままではいずれ、爵位も領地も多くの領民も失う事になってしまうだろう。……そんなところに、新たな”迷い人”が現れた……」


 領主様は、その琥珀色の瞳でまっすぐにわたしを見つめてくる。その目はレンヴィーゴさんとの瞳とそっくりだった。


「投資はさせてもらう。その代わり”迷い人”のルミ・サワノギ嬢は我々に力を貸して欲しい」


 領主様は、そう言って頭を下げる。


「父上!?」


 レンヴィーゴ様が驚きの声を上げた。

 わたしも領主様くらいの大人の男性が、自分の子供の様な世代のわたしに対して頭を下げたという事に戸惑ってしまう。

 領主様くらいの大人の男性って、他人に、しかも子供のような女の子に頭を下げるなんて出来ないってイメージだった。ましてや領主様はお貴族さまなのだから。


「あのっ、頭をあげて下さい! お話は分かりましたから!」


 頭を下げ続ける領主様に対して、わたしには冷や汗を流しながらそう言う事しか出来なかった。


「力を貸してくれるのか?」

「わたしに何が出来るのか、全く分かりませんけど、できるだけの事は……」


 この世界で生きていく為には、どうせ誰かの力を借りなければならないのだ。

 権力とか財力とか軍事力とかがあっても、何の理由もなく他の人の物に手を出そうする様な人よりは、わたしみたいな小娘相手にも頭を下げられる人の方が信頼できる気がする。


 もしかしたら、この領主様が嘘をついている可能性もあるけど、わたしにはそれを見抜く事はできないし、仮に見抜けたとしても、それからどうするのかって話になる。

 この領地から別の領地まで送り届けてくれるはずが無いので、自力での旅になると思うんだけど、正直どっちに向かえば良いのかも分からない。それでも無理矢理に飛び出そうとすれば、たぶん、旅の途中で力尽きるか、魔物に襲われて美味しく食べられちゃう。

 つまり、わたしが森の中で目を覚ましてレンヴィーゴ様に出会った時に、こうなる事は決まったも同然なんじゃないかな。


 それに、森の中でレンヴィーゴ様を信用すると決めてポーションを飲み干した時点で、恩があるのは間違いないし、受けた恩は返さなきゃならない。

 もし、レンヴィーゴ様からポーションを貰えなかったら。そして、この村へ連れてきてくれなかったら。

 わたしたちは、ケガをしたまま森の中をウロウロとさまよい歩いていたかもしれない。


 その事だけでも、十分に恩を受けたといえるよね。……どうすれば、その恩が返せるかは全く分かんないけど。


「それでは、とりあえず、大まかな方針だけでも決めましょうか。それがなければ、細かい所も決められません」

「そうだな……。ルミ・サワノギ嬢とマールはどうしたいんだ?」


 これは、わたしの答えは決まっている。


「元の世界に……、家に帰って、家族に会いたいです。もちろん、それまでの間はこちらの領地の仕事を出来る限りですが、お手伝いさせていただきます」

「マールは、ルミしゃまのお手伝いをするにゃ」

「戻る手段について、当てがあるのか?」


 首を横に振ることしか出来ない。そもそも、何故、わたしがこの世界に来てしまったのか分からないのだから。


「元の世界に戻る手段を探すために、まずは、この世界の事を知らなければならないと、そう考えています」

「道理だな。ルミ・サワノギ嬢のいた世界がどんな所なのかはサッパリ分からんが、こちらとは大分違うんだろう?」

「はい。わたしがいた世界では、魔法という物はありませんでしたし、魔物と呼ばれるものも居ませんでしたから……」


 領主様は「その辺はドロシー・オズボーンの話と一致するな」と小声でつぶやいた。

 あれ? さっきは、ドロシー・オズボーンの事は詳しくないって言ってなかったっけ?

 もしかして、わたしやレンヴィーゴ様を試した?

 レンヴィーゴ様も、領主様のつぶやきに気が付いたようで、呆れた顔をしている。


「フンッ。俺だってドロシー・オズボーンの事くらい分かってるさ。こう見えて一応、貴族家の三男坊でガキの頃には家庭教師も付いてたんだからな」


 わたし達の視線に気がついた領主さまは、ニヤリと笑う。


「そんな事よりも話を続けるぞ。魔法のない世界から来たはずのドロシー・オズボーンは、『言霊魔法の中興の祖』なんて呼ばれるほどの魔法使いだったわけだが、ルミ・サワノギ嬢には魔法は使えそうなのか? レンはさっき、親和性は高いと言ってたな?」

「親和性については、かなり高い事が予想出来ます。魔力容量や、放出量、回復力などは、調べてみなければ分かりませんが」

「マールだったか? そっちの猫の方はどうなんだ?」

「親和性については、ほぼほぼ同水準だと思います。ルミさんと同じ程度には言葉を使えるようになっているので。後日、ルミさんと一緒にマール君の魔力についても調べてみるつもりです」


 領主様とレンヴィーゴ様で、あれやこれやと会話が続く。

 なんとなく、魔法についての話をしているっぽいのは分かるんだけど、具体的にはチンプンカンプンで、わたし達の頭の上で会話のキャッチボールをされてる気分だ。

 魔力容量とか放出量とかの単語のイメージから、なんとなく意味は分かるんだけど、理解している人同士の会話に口を挟めるほどじゃないんだよね。


 しばらくの間、領主さまとレンヴィーゴ様の間だけで会話が続き、わたしがポカーンとしている事に気がついたレンヴィーゴ様が苦笑する。


「ルミさん、申し訳ありません。退屈させてしまいましたか?」

「あっ、いえ。大丈夫ですっ! ドウゾお話を続けてください」

「いや、とりあえず今は魔法に関してはこれくらいにしておこう。どれだけの力があるか分からん魔法の事を、今から考えても仕方がないしな。それに、他に決めておかねばならん事もある。あまり食堂に顔を出すのが遅くなると、エルミーユが怒り出すからな」


 部屋の中には時計とか無いから、どのくらいの時間が経ったのか分からないけど、結構長い間、話をしてたのかな。体感だとこの部屋に来てから三十分くらい経ってるはずだ。


「とりあえず、今の段階ではスペンサー家ではルミ・サワノギ嬢を客人として迎え、住む場所や金銭的な補助、それに身の回りの安全の確保を保証する。引き換えにルミ・サワノギ嬢には力を貸してもらう。ここまでは良いな?」

「はい。そんな感じでお願いします」


 わたしは、思わず頭を下げてしまう。

 正直、ここで放り出されるような事になっても困る。レンヴィーゴ様のおかげで怪我も治ったし、言葉は分かるようになったけど、それだけだ。

 この世界に関する知識もなければ、お金もない。身を守る術さえも無い。

 今の段階のわたし達は、誰かに縋って生きていくしか無いのだ。


「それで父上。ルミさんからの要望なんですが……素性を隠せて、他人の世話にならず金銭を稼げて、自衛手段を持ち、あと、帰るための手段を探す時間を確保したいそうなんですが」

「はぁ?」


 領主様が呆れたような声を上げ、レンヴィーゴ様は、そんな領主様を見て苦笑している。

 やっぱり、わたしの要望ってチョットわがままだった?


「ずいぶん難しい注文をするお嬢さんだな。……素性を隠すってのは『迷い人』であることを知られたくないって事か?」


 わたしが頷くと、領主様は不思議そうな顔を見せる。


「この辺の国では『迷い人』ならば、色々優遇されるかもしれんぞ? 特にこの国ならな。それでも『迷い人』である事を隠したいのか? なんでだ?」

「えっと、わたし達はこの世界の事を全く知らないので、わたし達が異世界の人間だとバレた時に、周りの人がどういう反応をするのか分かりません。……いきなり殺されたりするような事は無いようですけど、権力者に利用されるだけならまだしも、利用するために監禁とかされたら困るんです。なので……」

「なるほどな、知識を吸い上げるために監禁され、元の世界へ戻る手段を探す事ができなくなる事を恐れてるわけか。……こんな俺も一応少爵で、一応権力者なんだがなぁ……」


 あ。そう言えばそうだったね。わたしのイメージしてたお貴族様と違って、質は良さそうだけど普通の服着てるし、言葉遣いも普通だったりするから忘れてたよ。中小企業の管理職とか、零細企業の叩き上げの社長って感じなんだもん。 

 今の時点では誰かに縋るしか無いんだし、言っちゃったもんは、もう、しょうがないよね。「最初に出会った人物が善人だった」という幸運を祈るしか無い。


「領主様とレンヴィーゴ様のお二人だけの秘密にしていただきたいです」

「家族にも駄目なのか?」

「秘密を知る人は少ないほうが良いと思うんですけど……」


 さすがに、わたしのわがままで家族に秘密を作らせるのは気が引ける。だけど、秘密なんてどこから漏れるか分からないのだから、出来るだけ情報を持ってる人を少なくしておくべきだと思うんだよね。


「まぁ、確かに。それなら、ルミ・サワノギ嬢とマールの出自に関しては、当分の間、ここに居る者以外には秘匿するものとする。これで良いな?」

「ありがとうございます」

「それでは父上。お二人の仮の立場というか、身分というか。そういった物を決めておきましょう」

「そうだな。二人をここまで連れてくる間、誰かに会ったか?」

「はい。今日の訓練に参加してたメンバーの内の何人かと、まとめ役の何人か。あぁ、それとレジーナとポリーにも会ってます。ですが短い時間ですし、僕の客人としか伝えてません」

「それならいくらでも誤魔化せるな。さすがだ、レン」


 領主様はそう言ってから、わたしとマールを観察するように見る。


「とりあえず、二人はレンが王都の社交会で出会った遠い領地出身の令嬢と、その従者ということにするか。マールについてはルミ・サワノギ嬢が旅の途中であった未知の種族で、未だ他の領地には姿を現わした事がないとすれば誤魔化せるか?」

「父上、それではどこの領地の出身としても、横槍が入るかもしれません。それなら父上が若い頃の友人のご令嬢とした方が、これまで面識がなかった理由になり、都合が良いかもしれません。行商人の娘なんてどうでしょうか」

「あぁ、それもそうだな。俺が若い頃の友人なんざ、この領にいるやつは誰も知らんはずだしな。それでいこう」


 こうして、主に領主様とレンヴィーゴ様の間で話し合いが進み、わたしは領主様の友人である行商人の娘、マールはわたしの友人にして従者という立場を手に入れる事になった。

最近は予約投稿ばっかりだったので、たまには手動で投稿してみます。


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