スペンサー家の人々 2
スタンリーと名乗った領主様に促されたわたしは、椅子に腰を下ろし膝の上にマールを抱える。
「さて、ルミ・サワノギにマール。君らは『迷い人』って事だが……ドロシー・オズボーンの関係者か?」
「えっと、その方の名前はレンヴィーゴ様に聞いたのが初めてです。名前の感じからも同じ国の人間では無いと思います。それにもしかしたら、この世界とも、私が住んでいた世界とも違う、また別の世界から来た方かも知れません」
これについては、ドロシー・オズボーンの存在を知ってから、ずっと頭の片隅で考えていた事だった。
この世界とわたしが居た世界とが何らかの原因で繋がって、その繋がった穴のようなモノのせいで異世界転移なんて事故が起こるとしたら、その繋がる先が常にわたしの住んでた世界って事が有るだろうか?
ひょっとしたら、他の世界と繋がってもおかしくないんじゃない?
そもそも、この世界とわたしが住んでいた世界があるなら、また別の世界があっても全然不思議じゃないはずだし。
ドロシー・オズボーンが、その別の世界の出身者って言う可能性も捨てきれないはず。
なので、ドロシー・オズボーンという人物が、わたしと同郷なのか否かは断言できない。
わたしがそう答えると、領主様は眉根を寄せて首をかしげる。
「同じ国の人間ではないというのはどういうことだ?」
「わたし達の住んでいた世界には二百近くの国があって、国や地域ごとに、使う言葉が違っていました。そして言葉が違うのと同じように、人の名前にも国や地域ごとにある程度の傾向があったんです」
わたしの答えに、領主様もレンヴィーゴ様も同じように右手で顎先を擦りながら考え込むような仕草を見せた。
見た目は全く違っても、やっぱり親子だ。変な所が似てるね。
「二百近くの国っていうのが、まず信じられんが……。まぁ、それは良い。ドロシー・オズボーンってのは、この辺りではそれ程おかしな名前じゃないが、マールは兎も角、ルミ・サワノギってのは聞いたこともない響きの名だ。つまりは、それだけ違う文化という事か?」
変な所に喰い付いた!?
「あー、えっとですね。わたしが住んでた国は、世界的に見ても珍しい言語と独自の文化を持つ国でした。ですけど、他の様々な国で産まれた技術や文化を自国に取り込むのが上手だったらしいです。なので、それ程異なった文化だったわけではないかもしれません」
「それじゃ、また別の世界というのは?」
「それは、この世界と、私が住んでいた世界があるなら、他にもまた別な世界があっても不思議では無いってくらいの意味で、深く考えた言葉じゃないです」
「それじゃ、直接の面識じゃなくても良いが、ドロシー・オズボーンのような人物に心当たりはあるか? もしくは、君ら二人とドロシー・オズボーンとの共通点のようなもので思い当たる事は?」
領主様の言葉に、ふむと考えてみる。
わたし自身がドロシー・オズボーンさんという人のことを知らないので、わたしとの共通点なんて「女性であること」くらいしか思いつかない。しかも、マールには当てはまらない。
その思い付いた唯一の共通点を言ってみたら、領主様もレンヴィーゴ様も、困ったように苦笑してしまった。
「男か女かなんてのは、二分の一でしか無いからな。落とした金貨が表を向いてるか、裏を向いてるか程度のもんでしか無いぞ。しかも三人中二人しか該当してないじゃないか」
領主様のいうことは、「ごもっとも」としか言いようがない。
でも、他に思いつくような共通点なんて無いんだよね。名前の感じから、多分、欧米の人で共通の祖先がいるとも思えないし。
わたしは最低でも三代前までは全員日本人って確定してるくらいの日本人だからね。
「あの、わたし達は先程も言ったように、ドロシー・オズボーンさんって人の事を全く知らないんですが、どういった方だったんですか?」
質問に答えてばかりというのは、なかなかに疲れるので、ちょっと落ち着く時間が欲しくて、逆にこっちから質問してみることにした。
わたしの質問に、領主様は表情を歪めて頬のあたりをポリポリと掻いている。
「俺は、ドロシー・オズボーンの事に関してはそれほど詳しくなくてな。この国の建国に大きく関わり貢献したってくらいの知識しかないんだ。……レン、話してやれ」
「父上……、一応、領主なのですから……」
「過去の偉人なんざ知らんでも、領地を治めることは出来るんだよ。領主なんてもんは、何でもかんでも一人で全部出来なきゃいけないなんて事は無いんだからな」
「はぁ。確かにその通りですが……。それでもドロシー・オズボーンの事くらいは少しは勉強しておいてください」
そう父親である領主様に釘を刺してから、レンヴィーゴ様が語ってくれた所によると、
ドロシー・オズボーンという人は、一〇〇年くらい前に現れた、最初の『迷い人』であるらしい。
このアルテジーナ王国の建国に携わり、建国後も国の発展に大きく貢献をしたそうな。
「このあたりは、森の中で少し話をした部分ですね。……ここからは、真偽の怪しい情報ですが……」
レンヴィーゴ様の話しによると、ドロシー・オズボーンは、元々は「カンザス」という所に住んでいて、この世界に来てすぐに建国王となる前のアルテジーナと知己を得て、その傍らで類まれなる魔法の技を用いて敵軍や魔物を撃破。
王となったアルテジーナは建国の助力をした見返りとして褒賞を出し、ドロシー・オズボーンは、その褒賞を元手に様々な発明をし、建国したばかりの王国の発展に貢献したという流れだったらしい。
あ、この世界では、国の名前や領地の名前は、建国した人の名前だったり、治める人の名前なんだって。
だから、この国の名前がアルテジーナ王国なら、建国王とその子孫はアルテジーナ家。スベンサー家が収める領地はスペンサー領になるらしい。
「ドロシー・オズボーンは、実は建国王ラトウィッジ・アルテジーナに片想いしていたという説や、恋仲だったという説も有るようです。後の時代の作家がでっち上げた作り話かもしれませんが」
あー、なるほど。
建国王と、建国に多大な貢献をした年頃の女性がいたら、何も無かったとしてもラブストーリーを想像したくなるよねぇ。わかるわかる。
幼馴染が書いてた異世界ファンタジー小説だったら、とりあえずハーレム要員になってただろうけどさ。
わたしがそんな事を考えていると、領主様はわざとらしく咳払いをし始めた、
「あー、過去の人間より今を生きる人間だ。ルミ・サワノギとマールを領の客人として迎えると決めた以上、色々考えなくちゃならんことも有る」
「そうですね、とりあえずマール君については早急に考えなくては」
自分の名前を呼ばれたことに気がついたのか、膝の上のマールの耳がピクッと動いた。
「そもそもなんだが……。マールはルミ・サワノギとどういう間柄なんだ?」
「マールは、わたしが元の世界で飼っていた飼い猫です」
「そっちの世界では、飼い猫も喋るのか……」
眉間にシワを寄せて、不思議なものを見るような表情になる領主様。
「ルミさんはこの世界の事をよくご存知無いから仕方がないですが……。僕の知る限り、マール君のような猫はこの世界には存在していません」
「はい。ですが、それが何か問題なのでしょうか? この世界にはケット・シーとかワー・キャットなんていう種族も居るんですよね?」
ケット・シーっていうのは見た目は猫そっくりの猫妖精の事。もうひとつのワー・キャットっていうのは獣人の一種でメディロイドとほぼ同じくらいの体格だって話だ。
「たしかに、ケット・シーやワー・キャットと呼ばれる種族は居ますが、マール君はそのどちらにも属さない存在です。しかも飼い猫という話……。失礼ですが、ルミさんはマール君を手放す気はありますか?」
レンヴィーゴ様の口から出た、わたしが思いもしなかった言葉に、呼吸が止まるような感覚を覚えた。
マールを手放すなんて、日本に居た頃も含めて考えた事さえ無い。それは正真正銘の猫だった頃も、ぬいぐるみとして作った時にも、そして、今の姿になっても変わらない。
「マールは、わたしの大事な友だちです。誰にも渡すつもりはありません」
思わず、膝の上のマールを強く抱きしめる。マールもわたしにしがみついて「にゃー」と不安そうに鳴き声をあげる。
「ルミさんとマール君の居たという世界がどういう所か分かりません。ですが、この国では誰かが……、例えば王族なり上位の貴族なりが所望すれば、力づくで取り上げられてしまうかもしれません」
「そんなっ……」
「残念ながら事実です。そして、迷い人であるルミさんを取り込みたいと考える人間が居るのと同じように、マール君を手元に置きたいと考える人間も居るはずです。マール君のように唯一無二の存在は、それだけで貴族としての力を周囲に示すことが出来ますから」
レンヴィーゴ様の言ってる事は何となく分かる。
日本でも、お金持ちの人とかが珍しい種類の犬とか猫とかを飼ってたりするらしいし。
その動物に対する愛情というのも確かにあるんだろうけど、心の何処かで”珍しい動物を飼ってる”という事自体に価値を見出してるんじゃないかと思うこともあるんだよね。
「ルミさんがマール君と離れ離れになりたくないのならば、ルミさんとマール君のお二人が力を持つしかありません」
レンヴィーゴ様のいう”力”という言葉を聞いて、無意識のうちに力が込もってしまったのか、腕の中のマールが苦し気な声を上げた。
「力というのは、べつに武力に限ったものじゃありません。もちろん、武力や魔法の力でも良いんですが、他にも金の力や、権力、知識、コネ。……他者からの理不尽に抗えるだけの力であれば何でも良いんです。……そして、ルミさんには、すでに”迷い人の知識”という力が有るはずです」
うひゃぁ。
やっぱり、そういう話になるのね。レンヴィーゴ様は、わたしが迷い人だからって何を期待してるのよぅ。
だけど、マールと一緒にいるためには力が必要っていう話は理解できる。
そして、今の時点で言えば元の世界の知識という”力”に頼るしか無いというのも。
魔法とかは、わたしに使えるのかどうか分からないしね。
「ですが、ルミさんに迷い人としての知識が有るとはいえ、資材も何も無ければ、無から有を生み出すことなど出来ないでしょう? 場合によっては人手が必要なことも有れば、道具や場所が必要になる場合もあるでしょう。そういった諸々を手に入れるには、金銭だって必要です」
たしかに、材料の一つでさえ、わたし自身で調達するのは難しいかもしれない。
わたしが作れるものって言えば、ぬいぐるみと、ぬいぐるみ作りで培った裁縫の技術を使った簡単な服くらいだけど、素材となる糸とか布とかは流石に作ったことなんて無い。糸も布も、手芸用品のお店で購入するだけだったからね。
糸とか布とかの作り方は、なんとなくは分かるけど、細かい部分は全く分からないし、糸車とか機織り機とか触ったことも無いよ。
つまり、わたしがこの世界でぬいぐるみを作ろうと考えたら、自分で糸や布を作れるようになるか、この世界の人たちが作る糸や布を手に入れるしかない。
その為には、やっぱりお金が必要だよね? でも、お金を手に入れるためには、何かを売らなくちゃならないけど、わたしは売れるようなものなんて持ってない。
最初の一歩で躓いてるよ……。
人の名前とか国の名前とか町の名前とか考えるのがめんどい……




