神殿での生活 1
「それでは、まずは情報のすり合わせと、今後のルミさんとマール君について話し合いましょうか」
レンヴィーゴ様が宣言するように言って、わたし達はコクリと頷く。
そこは、わたし達の為に神殿に用意された一室だ。簡素なベッドと小さなテーブル、椅子が一脚、私物を入れておくための木箱が二つあるだけの質素な部屋だ。
二つだけある椅子にはレンヴィーゴ様とアリシアさんが座って、わたしは膝の上にマールを抱えて木箱の上に座る。
今の時点だと神殿に住んでいるのはアリシアさんだけなんだけど、今後、他の人が神殿に住む事もあるかもしれないって事で用意されてる部屋だそうだ。
つまりは、神官見習いとかの為に用意された部屋って事。なので、必要最低限の物しか用意されていないらしい。
「まずは、ルミさんとマール君の事ですが、アリシア師匠はお二人が迷い人であることは知っています」
これは、以前にちょっとだけ聞いていた事だ。
わたし達の秘蜜は、領地の重要人物たちは全員把握している。この世界に来て最初の頃に案内されて紹介された人たちが、この領地の重要人物で、その中にアリシアさんも含まれているという事だった。
今後、わたし達が領内をうろつく事になって何かしらのトラブルに遭遇してしまった際に速やかにフォローできるようにって事らしい。
わたしとしては、秘密を知る人は少ない方が安全な様な気がするんだけど、レンヴィーゴ様からすれば、異世界の住人であるため、この世界の子供でも知っているような基礎的な常識さえ怪しいわたし達の秘密を守るために時間と労力を使うくらいなら、さっさとある程度の人たちに秘密を打ち明けて、フォローさせた方がかえって安心だろうって事になったんだそうな。
それって、秘密を打ち明けた重要人物たちをある程度以上信頼しているって事だよね。
「次にですが、アリシア師匠はこの神殿を管理している神官になります」
「神殿組織の中では下っ端なのよ?」
レンヴィーゴ様の言葉に続けてアリシアさんが苦笑しながら補足する。
「確かにアリシア師匠の場合、神殿組織内での地位はそれ程では無いですが、教師として師匠として育てた弟子たちが国中で活躍しているでは無いですか……」
「私って反面教師として優秀だったって事かしらね?」
そういって笑うアリシアさん。レンヴィーゴ様の言葉通りなら、アリシアさんってスゴイ人なのかな?
「今現在は、スペンサー領で神殿の管理をしながら、週に一度の頻度で領内の子供達に読み書きや算術を教えたり、地理やら歴史やら薬草学やら魔術やらを教えています。ルミさんは読み書きや算術は出来て?」
日本でわたし位の人に、読み書き計算ができるかなんて質問する人は居ない。日本ではほとんどの子供が小学校中学校に入学し、そこで勉強をするからだ。
でも、アリシアさんがわざわざこういう事を聞くっていう事は、この世界では識字率がそれほど高く無いのかもしれない。
「えっと、計算は四則演算位なら普通にできます。読み書きについてはレンヴィーゴ様に魔法を使って貰ったら読んだり書いたりする事は出来るようになってましたね」
「あら、そうなの? ならルミさんは元の世界でも算術や読み書きができたって事なのね」
ん? どういう意味だろう?
わたしが首を傾げていると、アリシアさんが苦笑交じりに教えてくれた。
「レン様が『言の葉の蛇』という魔法を使ったのでしょう? あの魔法は元々の言語能力をこちらの言葉に置き換える魔法なの。だから、ルミさん自身が元々使っていた言葉の読み書きが出来なければ、あの魔法を掛けられても読み書きは出来ないはずなのよ」
つまり、わたしは普通に日本語を話したり読んだり書いたりできていたから、『言の葉の蛇』という魔法でこの世界の言葉も問題なく読み書きできるようになったって事らしい。
「あれ? それじゃマールは……?」
いつもの様に膝の上に座っているマールの顔を覗き込んでみると、マールも不思議そうな顔でわたしを見上げてきた。
「マールは文字は良く分かんないにゃ~」
思い返してみると、たしかにマールが文字を読んでいた様子はなかったかも。
でも、魔導書に名前を書こうとして、日本語のひらがなで書こうとしていた記憶はあるね。『ま』の文字が間違ってたけど。
「それじゃ、マール君はこの機会にアリシア師匠から読み書きや算術を教わるのはどうでしょう?」
「え? 良いんですか? あの授業料とか……」
「領民であれば、簡単な読み書きや算術は無料で教えているんです。文字も算術も使えれば本人だけではなく、周りにとっても便利ですからね」
教育に関しては、どうやらスペンサー領独自の事らしい。他の領地では、平民は自分の名前も書けない人が普通で、算術についても手の指で足りる分くらいしか計算できないそうな。
「マール? どうする? 読み書きとか計算とか教わっておく?」
「にゃ~勉強したほうが良いにゃ?」
「文字を読んだり書いたりできると便利だし、計算もできるに越した事は無いかなぁ~」
このままずっとわたしのペットとして生きていくだけなら、正直、必要は無いかもしれない。
だけど、もしわたしが病気やケガで命を落としたりしてしまったら、代わりに読み書き計算をしてあげる事は出来なくなっちゃう。
そう考えると、学ぶ機会があるなら学んでおいて欲しいなって思う。
「ルミしゃまがそう言うなら、覚えたいにゃ~」
マール、ニッコニコ。
勉強って物に忌避感が無いみたいだ。今まで勉強って物をしたことが無いからだろうね。
わたしも小さい頃は、勉強が楽しかったもんなぁ~。
いま? 学校は友達が一杯居たから楽しかったし好きだったけど、勉強は……まぁ、苦手ではないし、嫌いでもないかな。
当然、好きでも無いけどねっ!
勉強・・・したいですね。この年になると。
試験の為の勉強みたいなのじゃなくて、もっと趣味的な勉強がしたいです。
具体的にナニって言えないですけど。
あ。いつもの通り、サブタイはテキトーです (*>ω<)=3




