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異世界人との遭遇 8

 プレッシャーに押しつぶされる前に、早めに独り立ちして、援助が無くても生きていけるようになりたい。

 その為には、やっぱり先立つものが必要だ。独り立ちして、受けた恩を返して、そして元の世界に戻る。

 よく、「人生で大事なものは、お金じゃない。お金で買えない何かだ」なんて言う人が居るけど、それはある程度、物質的に満ち足りた人が言えることだと思う。

 人間が社会の中で生きる以上、やっぱりお金は必要だ。

 お金がなければ、美味しいものも食べられないし、キレイな服を着ることも出来ない。暖かい布団で眠るのも、雨風を凌ぐのも、結局はお金がいる。

 そしてお金を手に入れるためには、働かなくちゃいけない。


 お金のなる木がニョッキリ生えてくるなら別だけどね。


「えっと、参考までにお聞きしたいんですが、レンヴィーゴ様の住んでいる所では、どんなお仕事をしている方が多いんですか?」

「そうですね。僕の住んでいる所は、幾つか柱となる仕事があります。まずは小麦などを作る農業、次が森や山から木材や鉱石などを採る林業や鉱業、動物や魔物から肉や皮などを取る狩猟業、それと他領から魔物の討伐依頼を受ける傭兵業。これらの業種に携わる人々を支える為の用役(ようえき)業ですね。もちろん、小麦を挽く職人や、綿花や木材を加工する職人、鉄を打つ職人なども居ますよ」


 フムフム。

 わたしにできそうな仕事ってあったかな?

 まずは、農業や林業、鉱業は無理。農業なんてやったこと無いし、林業とか鉱業なんてわたしが住んでいた小さな町には存在すらしていなかった。つまりは全く経験がない。


 それから狩猟業と傭兵と用役業? 用役ってあんま聞かない言葉だけど、話の流れから、サービス業とかのことなのかな?

 職人は、また別に触れてるわけだし。

 狩猟なんて、わたしにはもちろん経験がないし、傭兵なんてもっと無い。喧嘩だってした事ないんだから。


 そうなると、わたしに出来そうなのは、用役業って事かな。用役って良く分からないけど、飲食店のウェイトレスとかがそうなのかな?

 

 そして、ふと、時代によっては職業選択の自由なんて殆どなかったという話を思いだした。

 貴族の子供は貴族。商人の子供は商人。農民の子供は農民。

 そして、わたしはこの世界に親なんて居ない。つまり、何にもなれない?


「まずは、ルミさんに何が出来るのかって事から始めましょうか。何か得意な事はありますか?」


 レンヴィーゴ様の質問に、わたしはどう答えれば良いのか分からない。

 自称ぬいぐるみ作家だから多少の裁縫はできるけど、それがこの世界でどの程度のレベルなのかは全く分からないからだ。

 仮に、「裁縫が得意です!」なんて言ってしまってから、「この世界の人なら、そのくらい子供でも出来るよ」とか言われたら、きっと立ち直れなくなってしまう。

 わたしが身近な比較対象であるクラスメート達と比べて胸を張れるような特技なんて、裁縫くらいしか無いんだけど……。


 答えに困ってるわたしに、レンヴィーゴ様は少し困り顔。


「それじゃ、質問を変えましょうか。そうですね……ご家族のお仕事は?」

「父さん……じゃなかった、えっと、父はサラリーマン……だと通じないか。えっと、職人さんたちを纏める仕事かな?」

「職工の親方ってところですか? どんなものを作っていたのです?」

「んっと、馬車の代わりになるような物……ですかね?」


 正確には、自動車部品メーカーの工場勤務の管理職だ。でも、自動車って物は無いだろうから、ここはテキトーに誤魔化す。


「母は、商人に雇われています」

「商人に雇われてるってことは、女性なのに読み書き計算ができるという事ですか? やっぱり、貴族なんじゃ……」

「いえっ! 全然、貴族じゃないです! 普通の庶民です! 平民です! わたしが居た世界だと、簡単な読み書きくらいは誰でも出来ますし!」


 しまった。昔の社会だと、平民とか貧民とか呼ばれる層は、碌な教育を受けていない事が多いっていうのを忘れていた。

 地域や時代によっては識字率がすごく低くて、文字を読み書きできるのは、貴族と一部のエリートだけだったなんて話も聞いた事がある。

 ましてや女性で読み書き計算が必要な仕事をしているなんて言われたら、そりゃ、貴族だと勘違いしてもおかしくないよね。

 わたしも両親も貴族じゃないのに貴族扱いなんてされたら、嘘をついてるみたいで心苦しい。全力で否定させていただきたい。

 

「貴族じゃないってのは納得出来ないですが、まぁ、そういう事にしておきましょう……。それじゃ次の質問です。ルミさんは、ご両親のお仕事をお手伝いしていましたか?」

「いえ。わたしのいた世界だと、わたしの年齢ではまだ仕事をしないで就学するのが一般的でしたので」

「就学? 平民が教師を雇えるなんて……いえ、貴族じゃないのですよね。わかってます」


 呆れたように苦笑を浮かべるレンヴィーゴ様。この世界では、勉強をするためには学校に通うんじゃなく、家庭教師を雇うのが一般的なのかもしれない。


「ところで、ルミさんは年はおいくつですか?」

「十六です」

「えっ!?」


 慣れてるよ! その反応!

 どうせ十二~十三歳だと思ったんでしょ!


「てっきりまだ十歳位かと……」


 もっと低かった……。泣きたい。

 そういえば、欧米だと日本人は実年齢より若く見られるって聞いたことがある。

 日本人の中でも若く見られる事の方が多いわたしは、欧米人には更に若く見られちゃうのかもしれない。

 ”幼く”ではない。決して。


「でも、十六歳……もう大人なんですね。さて、どうしますか……」


 またも、わたしの頭にクエスチョン・マークが浮かぶ。大人であることに何か問題があるのだろうか。


「この辺りの国では、十六歳っていえば、もう大人として扱われるんです。早い子だと六~七歳から、遅くても十歳には見習い仕事を始めるから、十六だと覚えの早い子なら、一人前って言われるようになる年頃ですね」

「えっ! そんな早くからですか!?」

「ええ。早く一人前になれるように、仕事を覚えなきゃならないでしょう? だから、ある程度の年になったら、親と一緒に畑を耕したり、職人なら弟子入りしたりします。あぁ、貴族はまた別ですよ?」


 レンヴィーゴ様の言葉によれば、わたしは既に一人前の年齢らしい。

 もちろん、個人や職種によっては、十六歳の人が全員一人前の技術を持ってるってわけじゃないんだろうけど、世間的には、成人扱いなのだそうな。

 人によっては、職人や商人として独立したり、親元を離れて暮らし始めたり、結婚したりし始める年齢なのだと思う。


「それじゃわたしは……」


 コレは困ったことに……。

 十六歳で一人前ってのが当たり前の世の中で、すでに十六歳のわたし。

 それってつまり、今から新しい事を始めるのは難しいという事になる。もちろん不可能って言うわけじゃない。ただ、難しいだけだ。


 例えば、わたしがこの世界で料理人を志したとする。

 当然、この世界の食材を使って料理をしなくちゃならないんだけど、その食材が日本と同じ物かどうか分からない。

 コンロとかは、当然ガスや電気式じゃないはず。つまり、この世界では薪とかを使った(かまど)になるんだろうけども、残念ながら、わたしは竈を使って料理をした経験なんてない。

 竈そのものだって、資料館とかで見たことがあるだけで、実際に火が入ってるところさえ見たことがない。テレビで農家出身アイドルの人たちが手作り竈でご飯炊いてたのは見た事あるんだけどね。


 更にいえば、素材の入手ルートも無いし、仕入れ相場も分からない。

 この辺の人が好む味も分からないし、もちろん、料理方法も分からない。

 とにかく、分からない事だらけなのだ。


 この世界で料理人志望の人は、そういったことを十六歳まで(・・)に覚えるんだろうけど、わたしは十六歳から(・・)覚えなくちゃならない。

 識字率が高くないことが予想されるこの世界では、当然庶民向けの本なんて無いだろう。つまりは、本を読んで覚えるなんて事は出来ないんだから、当然、誰かに弟子入りする事になるけど、当然、弟子でいる間は一人前の給料なんて貰えないだろうし、一日の大半が仕事を覚えるために使われるはずだ。

 元の世界に戻る方法を探す暇なんて、ほぼ無くなると思って間違いないと思う。


 しかも、遅くとも十歳で働き始めるってことは、十歳の頃にはある程度の予備知識が有るって事だ。

 例えば、街の中のこと。他にも素材の名前、お金についてとか。

 いくら十歳程度に見えるからと言って、そういった予備知識が全く無いなんて不自然すぎる。

 その不自然さが悪い方に目立てば、追求され、迫害され、魔女狩りだ。


「とりあえず、今、思いつく道は大きく二つですね。ひとつ目の道は、どこかの貴族にパトロンになってもらう道。これなら当面、生活の心配は無くなると思います。もうひとつはそれ以外の道です」


 つまりは、貴族に囲われる道を選ぶか否か、と言う事らしい。

 貴族にパトロンになってもらう事のメリットは、安定した暮らしと身の安全かな? 他にも、貴族の人脈なんかを利用できるかもしれない。

 デメリットとして考えられるのは、自分で好きなように動けなくなっちゃうかもしれないって事かな?

 逆に、貴族の庇護下に入らなかった場合は、自由に動くことは出来るけど、全ての事を自力で賄わないといけないって事になる。それはお金を稼ぐって事だけじゃなくて、身体的な危険から身を守るとかも含まれるはず。


 この世界がどんな所か分からない以上、まずは生き残ることを最優先で考えるべき?


「理想を言えば、素性を隠せて、他の人のお世話にはならないでお金を稼げて、自分達の身を守れて、あと、帰るための方法を探す時間を確保できるのが良いんですけど……」


 都合良すぎかなぁ? 


「それは、難しいかもしれないですね……。平民で、となると色々面倒もあるでしょうし」

「なんとかなりませんか?」

「それぞれ全部難しいですが、素性を隠したいって云うのが一番難しいと思います」

「何処かから移住してきたから、このあたりのことに詳しくないとか……ダメですか?」

「んー。大都市やら王都なら兎も角、平民が身寄りもないような僻地に移住なんてするでしょうか? 戦時というわけでもありませんし……」


 平民はその人生において、生まれた町や村から離れた場所に移住するなんて殆どないらしい。つまり、土地に縛られた人。

 行商人とかは、領民としてさえ認められていなくて、一部の成功した行商人が稼いだお金で市民権を得て、やっと領民と認められるらしい。

 土地から土地へ、町や村を渡り歩くような人は領民じゃないって事だ。

 例外もあるんだろうけど、わたしが平民として生きて行くとなると、どうしても不自然さを隠すのは難しくなるらしい。


「どっちにしても、明日からすぐに働くなんて出来ないんですから、ゆっくり考えてみれば良いんじゃないでしょうか?」

「そう……ですね」

「ところで……、僕の方からも、質問させてもらって良いですか?」

「なんでしょう? わたしに答えられる事なら……」

「マール君について、です。ルミさんの住んでいた世界では、マール君みたいな子は一般的なのでしょうか?」


 思いもよらない質問に、わたしはポカーンとレンヴィーゴさんを見つめてしまった。

 わたしの胸の中で眠っているマールを見つめるレンヴィーゴさんの目が、ちょっと怖い。

 まさか解剖とかしないよね?


「ルミさんは、こちらの世界で『メディロイド』という種族、つまり僕達と酷似してて恐らくは同じ種族なのだと思いますけど、マール君と似た種族って見たことも聞いたこともないのです」


 メディロイドっていうのは、さっきチラッとだけ聞いた単語だ。元の世界でいうところのいわゆる普通の人間がメディロイドという種族になる。

 この世界では『人』とか『人間』っていう言葉は、メディロイドを含むエルフやドワーフなんかを引っ括めたもの指す言葉らしい。


「ワーキャットっていうマール君に似た種族がいますが、マール君とはやっぱり違うんですよね。ケット・シーとも違いますし……」


 ワーキャットっていうのはたまにラノベとかに出てくるワーウルフの猫バージョンかな? サブカル界隈ではメジャーな存在だけど、作品ごとに設定が微妙に違ったりするから、この世界のワーキャットがどんな姿なのかは分からない。


 もう一方のケット・シーっていうのは、猫の妖精の事で、普段は普通の猫の振りをしているけど、人語を解し、二本の足で歩くことも出来るとされる存在のはずだ。

 だけど、普段は普通の猫の振りをしているって事は、パッと見ただけでは普通の猫と見分けが付かないってことだと思う。

 ケット・シーとは違い、今のマールには普通の猫の振りは無理だ。

 わたしがぬいぐるみを作る時に擬人化しているからなのか、骨格からして猫じゃないんだよね。猫の頭と爪と尻尾と被毛を持った小人って感じだし。


「先程、ルミさんが居た世界には魔物は居ないって言ってましたが……、マール君はどういう存在なのですか?」

「……えっと、普通にわたしが飼っていた飼い猫、ですね」


 レンヴィーゴさんのマッド・サイエンティストのような目がちょっと怖くて、マールを守るために、思わずそう答えてしまった。

 嘘は吐いてないので許して欲しい。ただ、元の世界では既に命を亡くしてしまっていた事、この世界で再会した事、以前と姿が変わっているなんて事を言わなかっただけだ。


「飼い猫という事は、男性だとマール君みたいな姿っていう種族な訳じゃないのですね? ちょっと安心しました」


 ん? どういう事だろう?

 女性がわたしのような見た目で、男性がマールのような見た目の種族だと勘違いされた?

 確かに、雌雄で見た目が極端に違う動物とかは居るから、異世界から来たわたし達の事も、その可能性を疑ってたのかな。

 疑ってただけにしては、レンヴィーゴさんの目つきが怖かったけど……。


 いつの間にか、辺りが薄暗くなり、肌寒さを感じるようになってきた。思わずマールを抱きしめる腕に力が入る。

 電気が普及していないなら、そろそろ夕ご飯の準備を始める時間かもしれない。

 

 わたしがそんな事を考えていると、レンヴィーゴさんがついっと先の方を指差す。


「さあ、見えてきましたよ。あれが僕の住むスペンサー領領都、ギーンゲンです。」


 レンヴィーゴさんの指した先には、小さな家がいくつも建ち並び、煙突から煙を吐き出している様子が見えた。

 それは、竈を使って夕ご飯を作っているって事。

 そこまで連想した途端、わたしのお腹が「くぅー」と鳴いた。


 はずかしぃ……。コレじゃまるで私が食いしんぼみたいじゃないか。


この世界のワーキャットは、残念ながら可愛い女の子に猫耳と尻尾が生えてるだけっていうスタイルじゃありません。

人間サイズではありますが、全身毛むくじゃら、ケモ足の猫顔という設定で、満月を見ると変身するなんて事もありません。

ついでに登場予定もありません (*>ω<)=3

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