牛頭の巨人 7
「大変申し訳ありませんでした」
わたし達が牛頭の巨人にまつわるあれこれを話し終えた頃、そう言って頭を下げたのは、両手でジャッカロープのノエル君を抱えたポリーちゃんだった。
偶発的な事故でポーションを飲む事になり体調を崩したポリーちゃんが、ようやくベッドから抜け出すことが出来たらしい。
ポーションを飲んですぐには、自分の足で歩けるくらいだったんだけど、時間の経過とともにドンドン具合が悪くなっていって、ついには倒れちゃったんだよね。
「体調は戻りましたか?」
「はい。おかげさまで、自分で歩けるようにはなりました」
レンヴィーゴ様の質問に、恐縮しながら答えるポリーちゃん。
「ポーションが合わないのは、ポリーのせいでは無いので、あまり気にしないように」
「……はい。ありがとうございます」
ポーションというのは、作った人と飲む人との間で合う合わないがあって、合わない人ほど体調を崩してしまうらしい。そして、基本的には合わない方が多いのだとか。
それでも、怪我を治す効果自体は変わらない為、ポーションが合わずに体調を崩すヒトでも怪我の程度やポーションの在庫状況などによっては普通に飲む事になるそうだ。
わたしがポーションを飲んだ時には、不味すぎて涙が出そうではあったけど、体調は全く変わらなかったので、ポーションを作ったアリシアさんとは相性が良いって事になる。
だからといって、あの不味いポーションを飲みたいわけじゃ無いけどね。
わたしがそんな事を考えていると、誰かが廊下を歩いている音が聞こえてきた。
すぐにノックの音がしてレンヴィーゴ様が返事をすると、開いた扉の向こうにはわたしと同じか、ちょっと若いくらいの男の子がいた。
男の子はわたしとポリーちゃんの方をチラッと見てから、レンヴィーゴ様だけに聞こえるくらいの小さい声で何かを報告しているようだ。
わたし達の方を気にしてたって事は、聞かれたくない話なのかな?
報告を受けたレンヴィーゴ様は、少し考えこむような仕草をした後、男の子に何やら指示を出している。
やっぱり、わたし達には聞こえないけどね。
指示を受けた男の子は小さく頷いて、部屋を出て行ってしまった。
何かがあったんだろうなとは思いつつも、何があったのかさっぱり分からないわたしの視線に気が付いたのか、レンヴィーゴ様が困ったような表情を浮かべた。
「どうやら、魔物の処理をしている間に確認しなければならない事があったようです。僕はそちらへ行きますので、ルミさん達は屋敷へと戻っていてもらえますか?」
「あ、はい。わかりました」
確認しなければならない事ってなんだろね?
ちょっと気になるけど、レンヴィーゴ様がはぐらかそうとしている事は何となく分かったので、わたしの方から深く突っ込んで聞くべきじゃない事なんだと思う。
レンヴィーゴ様が部屋を出ていくのを見送った後、わたしとポリーちゃん、いつの間にか目を覚まして大きくあくびをしているマールとノエル君の4人でお屋敷に戻る事になった。
すでに夕暮れ時。
あちこちの家の煙突から煙が上がっているのが見える。夕飯の準備が始まってるようだ。逆に煙突から煙が出ていない家っていうのは、夕飯の準備なんてしない独身男性の住まいなのかもしれない。
本人は回復したと言っていたけど、やっぱりポリーちゃんの体調が心配なので、念のために手をつないで歩く。もし本当に倒れちゃった時に支えられるかどうか自信無いけど。
まぁ、念のためだから。
わたしの手も同年代の中では小さい方だけど、ポリーちゃんの手はもっと小さい。その小さな手は、水仕事のせいか荒れている。
昨日今日の手荒れじゃないからなのか、ポーションを飲んでも治らなかったみたいだ。傷ついてから時間が経ちすぎると駄目っぽいんだよね。
「そういえば、エルミーユ様は?」
ポリーちゃんに付き添っていたはずのエルミーユ様はどうしたんだろう?
わたしが見た時には、ポリーちゃんを抱き枕にして寝ちゃってたけど。
「あれから少しして目を覚まされて、魔物の死体を確認に行くって言ってました」
牛頭の巨人の死体は、村の中央広場に置かれて居る。
なので、エルミーユ様が魔物の死体を確認しに行ったのなら、わたし達が神殿から領主邸に戻る途中で見かける事が出来るはずだ。
ギーンゲンの村は、どこからどこに行くのにも中央広場を突っ切る事が多いからだ。
「魔物の死体なんて確認してどうするの?」
「もし、また同じ魔物が出た時にどう対処するのかを考えるんじゃないですか?」
エルミーユ様はお強いですからと、苦笑しながら答えるポリーちゃん。
お転婆でじゃじゃ馬なエルミーユ様が、剣を片手に牛頭の巨人に突っ込んでいく姿をイメージしてみる。
正直、全く違和感が無い。
もし、日本の高校生だったら、剣道とか薙刀とか柔道とかやってて、全国大会とかにも出場できてたんじゃないかな。
そんで、美人アスリートとか騒がれてTVの取材とか受けてそう。
「そういえばエルミーユ様って毎朝、剣の稽古をしてるよね? どのくらい強いの?」
「村の女の人の中で、魔法無しという条件なら、一番か二番かってくらいには強いって聞いてますけど……私にはちょっと分からないです」
「魔法……そういえば、わたしも魔法使えるんだけど。もし次にまた魔物が出てきたら、わたしも戦わなくちゃいけないのかな?」
「どうでしょう? 他の村なら魔法が使えるってだけで戦闘に駆り出されると聞いた事があります。だけどギーンゲンだと……」
スペンサー領の領民は、もともとスタンリー様が貴族になる前に傭兵団長として率いていた団員たちだ。
当然、戦いを生業にしてきた人達が多くいるので、わたしの様な『魔法が使えるだけで戦闘経験なんてまるで無い女の子』の出番は無いんじゃないか、という事らしい。
口喧嘩でさえもほとんどした事が無いわたしとしては、他の人が戦ってくれるというのなら「どうぞどうぞ!」とお任せしたい気持ちでいっぱいだ。
「ルミしゃまのかわりに、マールが戦うにゃ~」
わたしの気持ちを察したのか、わたし達の後ろをテクテクと歩いていたマールが腰にさげたおもちゃの剣をシャキンと引き抜き、高らかに宣言した。
あー、うん。
マールがおもちゃの剣を振るって勝てる様な相手だったら、わたしでも何とかなるかも。
誤字報告というのを頂きました。
なんか、良く分からない内に反射的に『適用』ってボタンを押しちゃったので、実際どこが間違ってたのか分からなくなってしまったのですが……(;^ω^)
ありがとうございました! <(_ _)>




