牛頭の巨人 5
この世界は神々が作り上げた世界で、そこに住む住人達もまた神様たちが産みだした存在。
わたしが元居た世界でも、そんな感じの神話は聞いた事がある様な気がする。
だけどそれは、あくまでも神話伝承の話であって、少なくとも日本人でそれを信じている人は居ないはずだ。
でも、この世界ではそれは事実の一つでしかない。
単なる歴史上の出来事であり、特定の存在にとっては実体験でもある。
これだからファンタジーは……。
思わず頭を抱えそうになるわたし。
「神々によって生み出された生物達が二つの陣営に分かれて争う事になれば、お互いに相手の事を知ろうとします。相手がどういう生物で、どの程度の強さで、どこにどれだけ居るのか。そんな事を調べる訳です」
「まぁ、それはそうですよね」
レンヴィーゴ様の言葉に相槌をかえすわたし。
相手がどういう戦い方をするのかも分からないのに、ただ武器を振り回しながら突撃するだけでは勝てるはずがないもんね。
いや、最初はそんな感じだったのかもしれないけど、多少なりとも知能があるなら、負けてる方はどうやったら相手に勝てるのかを考える為にも、まずは相手を知ろうとするはずだ。
勝ってる方だって、より安全により効率的に勝つにはどうすべきかを考える為に相手の情報を欲しがっても不思議じゃない。
そんな事を繰り返していれば、いずれは相手の事にも詳しくなるはず。
「当然ながら、そうやって調べた情報は集められ、蓄積され、拡散、周知されていきます。ゴブリンは知能が低く戦闘力は低いが繁殖力が高い、オークはゴブリンの上位互換のような存在だが繁殖力はゴブリンよりも低く、大量の食糧が必要という欠点があるなんていう情報がそうですね」
「その情報の中に、あの牛頭の巨人に該当するものが無いという事ですか?」
「残念ながら僕は知らないですね。これでもそこそこ勉強しているつもりなんですが」
レンヴィーゴ様の部屋にはかなりの数の本が並んでいる。もちろん現代日本の書店とか図書館とかに比べれば全然少ないけど、製紙技術や印刷技術が発展していないこの世界だと、本って無茶苦茶高価だろうからね。
それでも、ざっと見ただけでも100冊は軽く超えるくらいの本が本棚に並んでいたんだから、本人が言う以上の勉強家なんだろうなとは思う。
そんなレンヴィーゴ様が知らないっていうんだから、少なくともメディロイド社会では知られていなかった魔物なんだろうね。
「レンヴィーゴ様が知らないという事は、これまで人と遭遇したことが無いって事ですよね?」
「僕だって全てを知っている訳ではないので何とも言えませんが、父上も知らなかったようですし、領民達も知っている者は居ないようでした。ウチの領地は元々が傭兵団だったために出身地があちこちに広がっているので、もしこれまでに人と遭遇していれば、噂くらいは知っててもおかしくないと思うんですが……」
そう言って困ったように苦笑するレンヴィーゴ様。
「これまでにあの魔物と遭遇した人達は、他の人に伝える前に犠牲になってしまった、とかですかね?」
「それはどうでしょう? 確かにゴブリンやオークなんかに比べれば強力な魔物ではありましたが、遭遇した全ての人が倒されてしまうような存在かと聞かれると、そんな事は無いって断言できるくらいでしか無かったですから」
遭遇したら、絶対に戦闘になって、必ず決着が付くって訳じゃないもんね。
そもそも戦闘ではなく逃走することを選ぶ人だって居るだろう。一対多の場合だったら、それぞれ別方向に逃げれば、一人二人は逃げきれる人だって居たはずだ。
それでも噂話レベルでも聞いたことが無いという事は、やっぱり今まで誰にも知られていなかった魔物という可能性が高い?
「稀な例ではあるんですが、可能性としては実はもう一つあります」
「どういったものでしょう?」
「魔獣化、と呼ばれるものです」
「魔獣化ですか?」
「はい。この世界の生き物はルミさんの世界とは違い、ヒトや動物や昆虫なども含めて全て多かれ少なかれ魔力を持って生まれてきます。そして、その魔力は個体ごとにすべて違います。ルミさんとマール君は非常によく似ていますが厳密に細かい部分までを調べれば、どこかしら違いがあるはずなんです。ですが、ヒトにはヒトの、エルフにはエルフの、ドワーフにはドワーフのといった感じの傾向の様なものがあります」
つまり、一口に魔力と言ってもメディロイドにはメディロイドの特徴の様なものがあるという事かな?
「メディロイドの魔力と、エルフやドワーフの魔力は明確に違いますし、もちろんゴブリンやオーク、ドラゴンなんかも違います。ですが、メディロイドの中には、ごく稀にエルフやドワーフに似た魔力を持つ者が産まれる事があります。これはメディロイドだけなんですけどね」
「それって、遠い祖先にエルフやドワーフの血が混ざってるって事ではないんですか?」
いわゆる先祖返りでは?
「その可能性は否定しきれませんが……、それだけでは説明できない場合もあるんです。例えば、犬や狼に似た魔力を持つメディロイドなんかがそうですね」
それは確かに先祖返りっていうのは考えづらいね。
わたしが居た世界だと、人と動物の間に生まれた子供なんて神話や伝承はいっぱいあったけど、実際に在った事じゃない。
ファンタジーの様なこの世界でも、人と動物の間に子供が産まれる事が無いっていうのは、確認したばっかりだ。
「犬や狼の様な魔力を持って生まれたメディロイドは、成長するにつれて、それぞれ犬や狼の特徴が身体に現れ始めます。体毛が濃くなったり牙が伸びてきたりという感じです」
それってワーウルフ? いわゆる狼男?
「それじゃ、あの牛頭の巨人は、牛に似た魔力を持っているという事ですか?」
「それが、そうとも言い切れないんです。仮に牛に似た魔力を持っているのなら、影響を受けるのは身体全体の筈なんです。影響の出やすい部位と影響の出にくい部位というのは有りますが、頭や下半身があれだけ強く影響を受けているのに、上半身や腕には何の影響も見られないというのは考えづらい事なんです」
牛頭の巨人は、頭部と腰から下は牛のような姿だったけど、胸のあたりと両手はヒトのような形を維持していた。
全身を巡る魔力の影響で姿が変わってしまったのだとしたら、確かに、ちょっとおかしい気がするね。
「まるで、ヒトの身体と牛の身体を切り刻み、入れ替えてから縫い付けたような……」
レンヴィーゴ様がつぶやく様に言った言葉を聞いて、ふと気が付いた。
ヒトと動物を合成した様な半人半獣のモンスターって他にも居るよね。例えば、ヒトと馬を合成した姿のケンタウロスとか、ヒトと蛇のラミアとか。
この世界には、ミノタウロスだけじゃなくてケンタウロスとかラミアも居ないって事になるのかな?
あれ? それだとみんな大好きマーメイドって居ないってこと?
この世界の人魚枠って、もしかして半魚人型だったりするの?
そんなの夢もロマンも無いじゃんか!
某悪魔を仲間にして使役したり、合体させたりするゲームに出てくるマーメイドちゃんは可愛いです (*>ω<)=3




