牛頭の巨人 2
目の前に仰向けに横たわっている牛頭の巨人。
デカイ。ムッチャデカイ。
元の世界では、父の実家の近くに酪農を営んでいるご家庭があって、長期連休に父の実家に連れて行ってもらった時などには、そこで飼っている乳牛を見せてもらった事があった。
その時に見た牛は、あの黒白斑で有名なホルスタイン種だったんだけど、目の前にある牛頭は、どうやら品種が違うっぽい。
どちらかというと、水牛の方が近いかも。
記憶の中にある乳牛の頭よりも確実に二回りは大きくて、当然の様に長くて太い一対の角が生えている。
その大きな牛頭を支える身体も、当然のように巨大だ。
上半身は人間のそれと似ているけど、ムッチャ骨太な感じがする。頭を支える首から肩にかけての部分は黒い剛毛に覆われているので良く分からないけど、全体的にガチムチだ。そして、そのガチムチ上半身を支える下半身は獣脚。こちらも太くてガッシリしている。
全身が切り傷や矢傷、火傷だらけで、あちこちに血が流れ落ちた跡がある。特に目立つのが右目に突き刺さった矢と、獣脚に無数に付けられた切り傷だ。
衣服の様なものは何も身に付けていないけど、何故か鼻環が付いており、手首には金属製の手枷がある。
こうして、その遺骸を間近で見ても抵抗感とか忌避感みたいなものはあんまり感じない。なんだか良く出来た等身大フィギュアを見ているような感覚になる。
わたしが魔物の死体を観察していると、レンヴィーゴ様が声をかけてくる。
「ルミさん、どうですか? ルミさんの知識にあるミノタウロスという魔物と比べて違いはありますか?」
この場にはわたし達以外にも領民の人たちが集まっていて、それぞれ議論を交わしてたんだけど、レンヴィーゴ様がわざわざ声を掛けてきた事で注目が集まってしまったみたいだ。
突然静まり返って、わたし達の方に視線が集まってきているのが分かる。
「えっと、わたしが知ってるミノタウロスは、架空の生き物で描く人によって多少の違いはあるんですけど……仮にわたしと同じ国の人がこの魔物を見たら、百人中百人がミノタウロスだっていうくらいには共通点が多いと思います」
これは偶然なのか、それとも何らかの必然なのか。
周囲の人の視線を感じて、ちょっとテンパりながら答える。
「それより気になったのが、これです」
わたしはそう言って、ミノタウロスの両手首に嵌められた手枷を指し示した。手枷は金属製で、それぞれに千切れた鎖が繋がっている。
普通に考えて、自分で自分に装着するものじゃないよね。
「人の手で作られた物ですよね?」
この世界、「人」という単語は日本語と違って「人間」、ホモサピエンスを指すものじゃない。人間とそっくりなメディロイドとかドワーフとかエルフとかをひっくるめて「ヒト」とか「人類」とか呼ぶことになっている。
なのでこの場合、メディロイドだけじゃなくドワーフやエルフが作ったものっていう可能性も含んでいるのだ。
「僕にもそう見えますね」
「この魔物って武器は持ってましたか? 倒木をそのまま振り回すとかじゃなくて、金属を加工した武器のことですけど」
「少なくとも僕は見ていません。僕が現場に着いたときにはすでに戦闘が始まっていたので早い段階で誰かが武器を奪い取るような事をしていた可能性や、そもそも僕らと遭遇する前にどこかで手放していた可能性はありますが」
そう言いながら、周囲に居た人たちに確認するように視線を飛ばすレンヴィーゴ様。
視線を向けられた人は、小さく首を横に振った。
「普通に考えて、この手枷とか鼻環とかを作る技術があるなら、それより先に武器を作ると思うんです。もし、この魔物がオシャレの為に自分で手枷とか鼻環を作ったという前提ならですけど」
「まぁ、そうでしょうね」
「つまり、この手枷とか鼻環は誰か他の人に付けられた物って事になります……よね?」
わたしがそう言うと、なんだか嬉しそうに満足げな笑みを浮かべて大きく頷くレンヴィーゴ様。
その表情を見て気が付いた。
レンヴィーゴ様、さては、自分でも既に同じように気付いたり考えついたりしてて、それでも敢えてわたしに喋らせたな~。
わたし達の様子を見て、なんだか周りの人も笑っているような気がする。周りの人も気が付いてたって事じゃないかな!? その表情はっ!
なんだか、手のひらの上で踊らされたような気がするっ! 悔しいぃ~!
「ルミさんの意見には概ね同意です。そして、おそらく正解だとも思います。そして手枷や鼻環は普通に考えれば対象を拘束し自由を奪うために装着させるものです。……それでは誰が作って装着したのかという疑問が浮かびますね」
それは、わたしには全く分からない。
何しろこの世界にどういう人や勢力が居て、どんな力をもってるのか、どんな目的や野望があるのかが全く分からないからだ。
「レン坊、こいつの左の手の甲なんだが……」
わたし達が話し合っている所へ中年のおじ様が割り込むように話を差し込んできた。
「ガトー、何か分かりましたか?」
ガトーと呼ばれたおじ様。実は以前にも会った事がある。
ギーンゲンで唯一の酒場を経営していて、レンヴィーゴ様に紹介して貰った事があるからだ。
スタンリー様とは方向性が違う感じに背の大きい人で、スタンリー様がプロレスラーや力士を連想させるのに対して、ガトーさんはラグビー選手を連想させるタイプだ。
まぁお二人とも年齢的に現役選手には見えないけどね。
「左手の甲が火傷で|爛≪ただ≫れてるんだが、こいつは昨日今日の火傷じゃないな」
「左手の甲ですか?」
「ああ。左手の甲に火傷の痕があるって事は……」
「奴隷であったことを隠すための処置でしょうね」
うわぁ……。やっぱりこの世界にも奴隷制とかあるんだね。
元の世界に居た頃は、奴隷制なんて教科書とかフィクション作品の中でしか見ることが無かった。
「あの、左手の甲で奴隷かどうか分かるんですか?」
「一般的には、奴隷は左手の甲に烙印をする事になっています。その奴隷が奴隷であること、そして奴隷の主が誰なのかを明確にするためですね」
レンヴィーゴ様によると、この世界の奴隷は合法なものらしい。
だけどキチンと法律が定まっていて、奴隷を所有できるのは基本的に王族か貴族だけで平民はどれだけお金があっても所有することが出来ないそうだ。
その為、全ての奴隷には貴族家や王家の独自の奴隷印と個体を識別する為の番号も入れられるらしい。
その烙印を入れる部位は近隣の国々で共通していて、左手の甲と定められているそうな。
そして、左手の甲の部分が火傷で爛れているという事は、奴隷の烙印から元の所有者を辿れないように処置したって事が予想できるらしい。
「つまり、どこかの貴族が捕まえて、奴隷として所有していた魔物が逃げ出したって事でしょうか? あ、それだと烙印が潰されてる理由にはならないかな?」
「そうですね、それだけだと、辻褄が合わないような気がしますね。この魔物が烙印の意味が分かっていて、自分でつぶしたというのなら別ですが……」
レンヴィーゴ様がそう言って、魔物の牛頭を見る。釣られてわたしも魔物の頭を見た。
その魔物の顔には、憎悪や怒り、恐怖や苦しみのようなネガティブめいた物が浮かんでいるように見えた。
夏休みが待ち遠しいです・・・(*'ω'*)




